第十話・真相

 

 

 

 

「え? え?」

 急に響いた声に、梅流が驚いている間に、

「あっ……」

 蔵馬もまた驚いていた。
 梅流は二度目だが、蔵馬にしてみれば、初めて見る割れる滝=c…。

 

 二人の驚愕がおさまらない中、

「あっ!! 父ちゃん!!」
「おねえちゃんっ!!」

 割れた滝の奥から飛び出してきたのは、三人の妖怪。
 梅流と同世代の少年少女と、それより幼い子供。

 全員が、獣の耳と尾を持つ……。

 

 しかし、銀髪の青年とは違い、皆茶髪に黒い瞳。
 精悍な美貌を持つ彼とは違い、皆よくいるような平凡な顔立ち。

 そう、唖然としている梅流と蔵馬の目の前にやってきた二人の妖怪たちと同じに……。

 

 そして、その二人に、梅流と蔵馬は見覚えがあった。

 

 

「あ、ひょっとして前の村で会った人?? あの時は、耳もしっぽもなかったけど……」
「ウエイトレスと客……だったな。化けていたんだろう」

 呆然と梅流が、落ち着きを取り戻し、淡々と蔵馬が呟いたことに、妖怪たちははっとした顔で、こちらを見た。
 丁度、青年の陰になっていて、見えていなかったらしい。

 抱きついてきた子供たちを背中に隠し、きっと睨み付けてくる。

 敵意というよりは、強い警戒心。
 梅流は初めて向けられるソレに戸惑ったが、蔵馬は予想していたのか、

「…………」

 黙って立っていた。

 

「……そっちの娘は、分からないが……お前は人間だな」

 男の妖怪が問いかけても、黙っていた。
 年は、三十過ぎ。
 子供たちから父ちゃん≠ニ呼ばれている以上、三人兄弟の父親だろう。
 若干若い気はするが、顔立ちも似ているのだし、義理の親子ということもなさそうだった。

 子供を守る姿としては理想的だったが、襲ってこられては面倒……。

 さて、どうしたものかと思っていると、

「ふう……」

 銀髪の青年が、小さく溜息をついた。
 やや疲れたような、しかし緊張感の欠片もない。

 

 

「……大丈夫、なのか?」

 父親妖怪の問いかけは、青年に向けられたもの。

「問題ない。あったら、オレが暢気に突っ立っていると思うか?」
「……そりゃそうか」

 青年の言葉と、やや納得した父親妖怪の言葉に、重ねるように、蔵馬は言った。

 

「気にしなくていいですよ。俺はただの通行人……この山は『何もせずに通り過ぎる分には、何ら問題ない』と知っただけですから」
「……そうかい」

 蔵馬の言葉に、男はようやく緊張感を解いた。
 そのことで、

「…………」

 男の横で同じく緊張していた、元・ウエイトレスの女妖怪も、

「? どうしたの?」
「父ちゃん? おねえちゃん?」
「おねえちゃんってば。……ねー、叔母ちゃん!」

「叔母ちゃんと言うな!! おねえちゃんとお呼びっ!!」

 と、少年の言葉に反応して、その頭をパコンっと叩く余裕も戻ったのだった。

 

 

 

 

「あの〜?? 蔵馬? 何の話??」

 話についていけず、呆気にとられていた梅流。
 蔵馬は特に声を小さくすることもなく、言った。

 

「……つまり、この間寄った村でされていた噂話は、彼らが安全に暮らすための作戦だったってこと」
「作戦??」

「悪い噂が行き交っていれば、あまり来ようとは思わないだろう? 隣街へ行く人たちは仕方がないにしても、それ以外で山へ登ろうとする人はいなくなる」
「うん。蔵馬も此処は通るだけって言ってたもんね」

「ああ。――世間で妖怪は危険視されている≠チていうのは、妖怪にとっても危険な状況≠ニいうこと。特に子育ての最中では……子供が大人になるまで、この山で安全に暮らすために、彼らはあえて悪い噂を流したってことさ。実際には、禄に盗賊活動もしていなかっただろう。ましてや殺しなんて、ね」

「じゃあ……あの人たちは?」

 指さしも、視線を送りもしない。
 だが、何であるかなど、聞き返す必要もない。

 

 

「興味本位で山に滞在するような人間を殺しても、自分たちが危険になるだけだ。身を隠すか、適当に脅して追い出すだろう。――連中は、噂の真実を見抜き、妖怪を捕らえに来た密猟者ってところかな」

「みつりょうしゃ……って?」
「一言で言えば、悪い人。目当ては毛並み、か」
「毛並み……」

 言われて、梅流は妖怪たちを見る。
 梅流たちをヨソに、銀髪の青年を含めた六人の妖怪たちは、家族団らんで語り合っていた。

 

 聞こえてくる会話は、本当に家族≠フもので。
 例え、どんなに外見が違っていようとも、銀髪の青年もその輪の中の一人であった。

 梅流と蔵馬の前だけでは、無表情でしかなかったのに。
 彼らの前では、少しだが表情が動いていた。
 楽しそう、だった。

 よくよく見ていなければ、分からないくらい、ほんの僅かだったけれど。

 

 

 

「背の高い彼の髪も綺麗だけど……他の人のも、綺麗な茶色だろう?」
「うん。綺麗な色だね。――でも、それが何で目当てになるの?」

「高く売れるんだ。お金が好きな奴もいるってこと。俺は興味ないけど」
「…………」

 梅流にはよく分からなかった。
 ただ、それが……とても不愉快なものであることだけは、何となく分かった。

 

 

 

 

「で、噂はどの程度?」
「かなりばらまけたと思うが……そっちは?」
「主立った密猟者は、全員始末した。新手が現れても、噂を信じてくれれば、お前たちが狙われる心配はない」

「そうか。じゃあ、これでもう……」
「…………」

 二人の男たちの間に、何か重いものが流れた。
 決して、険悪ではないけれど、重いものが。

 蔵馬も、女性も、子供たちも。
 それを感じていた。

 もちろん、梅流も。

 

 

 

「なあ……何度も言って、しつこいことは分かってんだけど。……考えてくれないか?」
「…………」

「その……こいつとの縁談」
「…………」

 黙っていたのは、言われた青年だけではなかった。
 三人の妖怪の子供たち、こいつ≠ニ言われて、赤くなった女性……それに、蔵馬も。

 

「えっと……??」

 一人わけの分からない梅流は、キョロキョロと蔵馬と家族を交互に見ていた。
 そんな梅流への説明ではないのだろうが、男は青年へ語りかける。

 

 

「二十年近く前……親父がお前を拾ってきてから、俺たち三人は兄妹だ。俺がお前のことを弟だと思っているのと同じに、お前が俺のことを兄で……こいつを妹だと思ってるのも分かってる。だが、それ以上にやるべきことがあるってこともな……しかし、こいつを任せられそうなのは、お前しかいないんだ。今は、妹だと思っててもいい。危険なのは、どこでもいっしょだ。だから、こいつも連れていって……」

「悪いが」

 男の言葉を遮り、青年は言った。
 感情のこもっていない言の葉は、感情を無理矢理殺しているのが、はっきりと伝わるほどに……痛々しいものだった。

 

 

「……悪いが、俺はもう行く。迎えが来たからな」

 そう言うと、青年は蔵馬たちを見た。
 何気なく、さりげなく。

 突如、視線を向けられ、梅流は戸惑う。

「え? あの……」
「梅流。しばらく、黙ってて」

 妖怪たちに聞こえないように蔵馬に言われて梅流は、きゅっと口をつぐんだ。

 男の妖怪だけではなく、女の妖怪も子供達も。
 驚いたように、こちらを見ている。

 

 

「……ひょっとして……」
「……そういうことだ。全部じゃないが」

 言って、青年は蔵馬たちの方へ歩み寄ってくる。
 そしてその脇をすり抜けた。
 いつの間にか小さくなっていたシロを、拾い上げ、肩に載せて。

「あっ……」
「行くよ、梅流」

 すっと蔵馬に肩を抱かれ、方向転換される。
 そのまま、青年の後をついていく形で、滝壺から離れていく。

 

「そうか……そうだったんだな……」

 梅流の遠く後ろで、男の妖怪は、ぽつりぽつりと呟いていた。
 自分自身を無理矢理に納得させていた。

 その横で、後ろで、足元で。
 同じように、妖怪たちは感情を殺していた。

 

 

 

「……じゃあ、な」

 男の絞り出したような言葉に、

「……世話になった」

 振り返らず、青年は言った。

 

 

 

 

「……兄ちゃんに、いっぱいお世話になったのは、あたしたちの方だよ……」
「気をつけてね、兄ちゃん……」
「元気で……いてくれるよね……?」
「当たり前だろ。あいつは俺の弟だ……」

 青年も、梅流も、蔵馬も見えなくなってから、妖怪たちは言っていた。
 涙を隠すことなく、嗚咽を隠すことなく。

 

 中でも一番泣いていたのは……、

「……私……好きだったんだ」
「知ってる」

「兄としてでなく……好きだったんだ……」
「知ってた」

 血の繋がった兄に抱きしめられながら、血の繋がらぬ兄に恋をしていた妹は、

「連れて行ってくれるとは……本当は、思ってなかったけど……でも、好きだったんだ……蔵馬のこと」