第九話・防衛

 

 

 

 

「え〜っと……」

「梅流っ!!」

 突如響いた声に、梅流の瞳が輝く。

 

「蔵馬っ!!」

 ぱっとシロに手を掛けたまま、声のした方を振り返った。
 と、その視界が真っ赤なものに覆われる。

 蔵馬の長い髪だった。

 

「見てみて! シロちゃん大きくなったんだよ!」

 嬉しさに叫ぶ梅流だったが、走ってきた蔵馬は、梅流に背を向けたまま……正確に言えば、梅流を背に庇ったまま、眼前を睨み付けていた。

 

 

「誰だ……」
「…………」

「え、蔵馬? ど、どうしたの?」

 蔵馬と白い妖怪が睨み合う緊張感に、梅流は戸惑いを隠せない。
 何より、蔵馬の背から伝わってくる感情が、はじめてのもので……。

 

「ね、ねえ蔵馬。どうしちゃったの? 何があったの?」

 シロから手を離し、蔵馬の肩を両手でぎゅっと掴む。
 知らず、手に力が入っていたが、それが逆に蔵馬を落ちつかせていた。

 力が入るということは、元気だということだから。
 それでも、聞かずにはいられなかったのだが。

 

 

「梅流……何かされた?」
「え? 何を?」

 首をかしげる梅流に、蔵馬はようやく肩の力を抜いた。
 そして、睨んでいた青年に問いかける。

 

「……血。梅流のものではない、か……助けてくれたのか?」
「???」

「……そんなところだ」

 突っ慳貪に青年がこたえると、蔵馬はすっと頭を下げた。

 

「ありがとう。そして、すまなかった」
「……別にいい」

 

 

 

「?? ……あ! そうだ、蔵馬! シロちゃん、おっきくなっちゃったの!! すっごいでしょ!!」

 改めて梅流が言うと、蔵馬は今度こそこちらを向いて。
 今更だが、大きくなったシロにとてもとても驚いていた。

 

「……ますます、ワケが分からないな、シロは」
「ミ〜」

 呆れられたことに、少なからずショックを受けているようだったが、梅流に再び抱きつかれ、「可愛いのもいいけど、かっこいいよね、シロちゃん!!」と言われたからか、その瞳にはすぐに笑みが戻っていた。

 その様子を眺め、肩をすくめてから、蔵馬は青年を振り返る。

 

 

 

 

「その血……そっちの誰かさんだけのものではないのか……」
「…………」

 蔵馬がちらりと見やった先は、梅流が棒が刺さっていると不思議がっていた辺り。

 

「あっ……」

 さっきの梅流からは見えていなかったけれど、そこには。

 死体があった。
 中年の男の。

 

 

「……蔵馬、あれ……」
「あまり見ない方がいいよ、梅流」
「……うん」

 梅流は言葉につまり、青くこそなったが、極端に怯えたりはしなかった。

 おそらくはじめて≠ナはない。
 例え、忘れていても。

 本人は気づいていないようだが、蔵馬にはそれが少し切なかった。

 

 

「……どうして?」
「正当防衛」

 青年はあっさり言った。
 梅流が咎めるように言ったからではないだろう、特に不機嫌にもならずに。

 そして、青年の言ったことは真実だと、蔵馬も気づいていた。

 

 死体の男は、格好からして狩人。
 それも妖怪狩り専門の。

 ここしばらく、妖怪が人を襲うようになってから、人間には重宝されていたが、人を襲わずに頑張っている妖怪たちにとっては、あまりにも迷惑かつ恐怖の連中。

 この山の噂からして、食人鬼の類はおそらくいない。
 にも関わらず、ここで仕事≠しているということは……正義感からではなく、目当ては、金

 目の前の美しい青年と、村で聞いた噂を思い返せば、おのずと分かること。
 この山の妖怪は、それだけ高値で取引されるのだ。

 

 彼は、そんな連中から……身を、仲間を、護ったのだ。

 

 あの草陰で倒れている男からだけでなく。
 また、滝壺周辺に転がる真新しい死体からだけでなく。
 もっと、たくさんの悪しきモノたちから。

 山頂へ近づいた時から、気づいていた。
 死んだ魂の気配が多いことに……それが全て、欲にまみれていたことに。
 死後も欲にすがりつき、自我を失った故か、二人にも近寄ってこようとするのを、蔵馬は眼力だけで退けていたのだけれど。

 

 

 

「……お前が噂の盗賊妖怪か。真相は色々違ったようだが」
「東の村の連中に言うか?」

「興味がないな。――ああ、一つだけ聞きたい」
「何だ」

 

「あの噂……わざと広めたものだろう? なるべく、人間が山に入らないように。狩人連中には効果がなかったようだが、その他の行商人や豪族は、立ち止まらず、すぐに通り過ぎるように。距離を置くのが、一番安全策だから、それは分かるんだが」
「…………」

「何故白い妖怪≠ニ限定させたんだ? お前たちの一族だと限定されれば、危険性が……」

 

 

「遅くなった!」
「今帰ったわよ!」

 蔵馬の発言は、突如響いた声にかき消された。