第九話・防衛
「え〜っと……」 「梅流っ!!」 突如響いた声に、梅流の瞳が輝く。
「蔵馬っ!!」 ぱっとシロに手を掛けたまま、声のした方を振り返った。 蔵馬の長い髪だった。
「見てみて! シロちゃん大きくなったんだよ!」 嬉しさに叫ぶ梅流だったが、走ってきた蔵馬は、梅流に背を向けたまま……正確に言えば、梅流を背に庇ったまま、眼前を睨み付けていた。
「誰だ……」 「え、蔵馬? ど、どうしたの?」 蔵馬と白い妖怪が睨み合う緊張感に、梅流は戸惑いを隠せない。
「ね、ねえ蔵馬。どうしちゃったの? 何があったの?」 シロから手を離し、蔵馬の肩を両手でぎゅっと掴む。 力が入るということは、元気だということだから。
「梅流……何かされた?」 首をかしげる梅流に、蔵馬はようやく肩の力を抜いた。
「……血。梅流のものではない、か……助けてくれたのか?」 「……そんなところだ」 突っ慳貪に青年がこたえると、蔵馬はすっと頭を下げた。
「ありがとう。そして、すまなかった」
「?? ……あ! そうだ、蔵馬! シロちゃん、おっきくなっちゃったの!! すっごいでしょ!!」 改めて梅流が言うと、蔵馬は今度こそこちらを向いて。
「……ますます、ワケが分からないな、シロは」 呆れられたことに、少なからずショックを受けているようだったが、梅流に再び抱きつかれ、「可愛いのもいいけど、かっこいいよね、シロちゃん!!」と言われたからか、その瞳にはすぐに笑みが戻っていた。 その様子を眺め、肩をすくめてから、蔵馬は青年を振り返る。
「その血……そっちの誰かさんだけのものではないのか……」 蔵馬がちらりと見やった先は、梅流が棒が刺さっていると不思議がっていた辺り。
「あっ……」 さっきの梅流からは見えていなかったけれど、そこには。 死体があった。
「……蔵馬、あれ……」 梅流は言葉につまり、青くこそなったが、極端に怯えたりはしなかった。 おそらくはじめて≠ナはない。 本人は気づいていないようだが、蔵馬にはそれが少し切なかった。
「……どうして?」 青年はあっさり言った。 そして、青年の言ったことは真実だと、蔵馬も気づいていた。
死体の男は、格好からして狩人。 ここしばらく、妖怪が人を襲うようになってから、人間には重宝されていたが、人を襲わずに頑張っている妖怪たちにとっては、あまりにも迷惑かつ恐怖の連中。 この山の噂からして、食人鬼の類はおそらくいない。 目の前の美しい青年と、村で聞いた噂を思い返せば、おのずと分かること。
彼は、そんな連中から……身を、仲間を、護ったのだ。
あの草陰で倒れている男からだけでなく。 山頂へ近づいた時から、気づいていた。
「……お前が噂の盗賊妖怪か。真相は色々違ったようだが」 「興味がないな。――ああ、一つだけ聞きたい」
「あの噂……わざと広めたものだろう? なるべく、人間が山に入らないように。狩人連中には効果がなかったようだが、その他の行商人や豪族は、立ち止まらず、すぐに通り過ぎるように。距離を置くのが、一番安全策だから、それは分かるんだが」 「何故白い妖怪≠ニ限定させたんだ? お前たちの一族だと限定されれば、危険性が……」
「遅くなった!」 蔵馬の発言は、突如響いた声にかき消された。
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