第六話・出発

 

 

 

 

 その後、村で一番安い宿に入った。
 幸い、オークションは昼までに終わったようで、オークショニアや買い手はほとんどおらず、空きが多く残っており、すんなり泊まることが出来た。

 ツインの部屋も空いていたが、今後を考えると、あまり予算をかけられない。
 店主は渋ったが、シングルを借り、床に寝袋をひくことにした。

 

 

「さてと」

 蔵馬が部屋の鍵をしっかりとかけている間に、梅流ははじめてのベッドで飛び跳ねていた。

 

「梅流、ちょっといい。明日の予定だけどね」
「え? あ、うん」

 シロを抱いて、ベッドに座り直す梅流。

 

「西の山にも街にも、あまりいい噂はないけど、向かうことになると思う。いい?」
「うん」

 もしかしたら、嫌かも……と、少し思っていただけに、即答されて、蔵馬は拍子抜けした。

 

 

「……噂の内容とか、聞かなくていいの?」
「よく分かんない。けど、梅流は蔵馬と一緒にいきたいから。一緒にいたいから」

 梅流にとって、他に選択肢はなかった。
 蔵馬が外の世界へ出してくれたとか、そういう理由ではない。

 ただ、蔵馬と一緒にいきたい、一緒にいたいのだ。

 

 何故かは分からない。

 ずっと一人で居て。

 それが当たり前だったのに。

 

 今思い出すと、何故かぞっとする。

 

 蔵馬がいない。

 そう思っただけで。

 

 

 

「め、梅流?」
「え?」

「いや……何でもないよ」

 とても辛そうな顔をしていることを……本人は気づいていない。
 だから、蔵馬は言えなかった。

 かわりに、椅子を動かして、少し梅流に近づく。
 梅流はそれだけで顔を綻ばせた。

 その様子にほっとしながら……蔵馬は、自分の行為に驚いていた。

 さしさわりない人付き合いならば、ともかく。
 あまり人に近づくのは、得意ではないのに。

 

 

 

「それじゃ、行くのは決定として。いちおう、教えておこうか。俺も詳しいことは知らないけどね」
「うん!」

「まず、西の森のことだけど。森といっても、山かな。三つほど超えることになるんだが、その中に白い妖怪がいるらしい」

「白い妖怪?」
「ああ。種類ははっきりしないが、盗賊らしい」

「盗賊? えっと……」

 初めて聞く言葉に、梅流はきょとんっとする。

 

「ああ、盗賊っていうのは、人の物を盗むこと」
「それって……よくないことだよね?」

 古着屋で、商品を手に取る前に、梅流は蔵馬からそう教わっていた。
 お金を払わず、物をとるのは、盗むということで、よくないことなのだと。

 

「大半はそうかな」
「じゃあ、違うこともあるの?」

「考え方次第。例えば、盗みを働いた人から、盗み返したとして、それを悪いことだって言い切れる?」
「えっと、元々その人のものだったんだから……う〜ん、どうなんだろう??」

 梅流にはよく分からなかった。
 よくないことをするのは、何があっても悪いことな気がする反面……自分の大事なものを取り返す方法が、それしかないのだったら、と。

 

 

「まあ、深く考えなくてもいいよ。そのうち、分かるかもしれないから」
「うん」

「それで、その盗賊だけどね。基本的には、金を持っていそうな人しか襲わないらしいから。多分、俺たちが関わることはないと思う」
「そうなんだ。――えっと、街の方は?」

 梅流は何処か少しだけ残念そうに見えたが、あえてつっこまず、蔵馬は言う。

 

「こちらも、おそらく俺たちには関係ないな。ただ、水が手に入りにくいかもしれない。幸い、超える三つ目の山は雪山で、後は下りだ。直線だと崖になるから、若干迂回しないといけないけどね。大きい水筒を買っておいたから、給水していこう。少し重いものを持ってもらうことにはなると思うけど」

「うん! 大丈夫っ!!」

 

 生け贄について話そうかと思って……蔵馬はやめた。

 隣の街も、この村同様、ただ通り過ぎるだけの予定なのだから。

 生け贄はもう決まっていると言っていた以上、巻き込まれる心配は低い。
 儀式が何時なのか分からないけれど、『今年』と言っていた以上は、おそらく年に一度。
 偶然かち合う可能性が低いからには、黙って通り過ぎた方がいいだろう。

 蔵馬の推測だけれど、梅流はそういうことが……きっと、嫌いだ。

 

 

 

 

 そして、翌朝。

 梅流と蔵馬は村を出た。
 もちろん、シロも一緒に。

 村を出て、完全に見えなくなり、人通りが少なくなった頃に、鞄の蓋を開けた。

 

「シロちゃん、よく頑張ったね! えらいよーっ!!」

 鞄から飛び出したシロを、梅流がしっかりと受け止める。

 昨日もベッドで一人と一匹、一緒に眠ったこともあるのだろう。
 シロはもう梅流を全く警戒していなかった。

 

 

「じゃあ、梅流。数日かけて、山をこえるから。その間、食事は少なめに、ね」
「うん!」

 これは昨日告げていたことだ。

 何せ、二人で持っていける荷物には限りがありすぎる。
 馬にでも乗っていれば別だろうが、都を出る時、予算の関係上、都合がつかなかったのだ。

 シロも馬なのだろうけど、問題外。
 やはり、徒歩で行くに支障がない程度の食糧しか持ちようがない。

 

 そのためか、梅流は、昨日の夕食と今朝の朝食は食べれるだけ食べたらしく、就寝前と寝起きすぐだというのに、昨日と同等以上の分を食べていたから凄まじい……。

 

 

 

「疲れたら、言って」
「平気平気!」

 ずっと牢にいたのだから、もしかしたら足腰があまり強くないかも……と危惧していた蔵馬だったが、それは杞憂に終わった。
 昨日も全く問題なかったけれど、あの時は手ぶら。

 今日は新しく買った鞄に、食糧やら何やらも詰め込んで、時折シロを抱いている。
 靴はいちおう雪道を歩くかもしれないことを踏まえ、丈夫なものにしてあるが、それでも疲れる時には疲れる。

 しかし、梅流は蔵馬も驚く、健脚だった。

 

「元気だね、梅流」
「そっかな? でも、シロちゃんも元気だよ?」

「いや、シロは手ぶらだし、たまに抱いてるし……まあ、いいか。その方がいいし」
「?」

 

 都にいた頃、共に修行した同士たちは、蔵馬の知能もそうだが、身体能力にもついてこられなかったものだ。
 化け物呼ばわりされたことも、さして珍しくはない。

 いちいち、対応していたキリがないので、作り笑顔でかわしてきたけれど。

 梅流の種族は分からないけれど、ずっと運動をしていなかったことに変わりはない。
 にも関わらず、彼女は蔵馬の運動神経に充分ついてきている……いや、蔵馬より上だった。

 

「とにかく助かるよ、俺のペースでも大丈夫で」
「???」

「この調子なら、あまり時間をかけなくても、山を越えられそうだな。一つ目の山頂で、お昼にしようか」
「! うん!!!」

 ぱっと顔を輝かせ、梅流は地面を蹴った。
 シロも慌てて後を追う。

 

「蔵馬ーっ!! はやくーっ!!」

 坂を上がった先で、元気に手を振る梅流に、蔵馬は苦笑しながらも、後を追った。