第六話・出発
その後、村で一番安い宿に入った。 ツインの部屋も空いていたが、今後を考えると、あまり予算をかけられない。
「さてと」 蔵馬が部屋の鍵をしっかりとかけている間に、梅流ははじめてのベッドで飛び跳ねていた。
「梅流、ちょっといい。明日の予定だけどね」 シロを抱いて、ベッドに座り直す梅流。
「西の山にも街にも、あまりいい噂はないけど、向かうことになると思う。いい?」 もしかしたら、嫌かも……と、少し思っていただけに、即答されて、蔵馬は拍子抜けした。
「……噂の内容とか、聞かなくていいの?」 梅流にとって、他に選択肢はなかった。 ただ、蔵馬と一緒にいきたい、一緒にいたいのだ。
何故かは分からない。 ずっと一人で居て。 それが当たり前だったのに。
今思い出すと、何故かぞっとする。
蔵馬がいない。 そう思っただけで。
「め、梅流?」 「いや……何でもないよ」 とても辛そうな顔をしていることを……本人は気づいていない。 かわりに、椅子を動かして、少し梅流に近づく。 その様子にほっとしながら……蔵馬は、自分の行為に驚いていた。 さしさわりない人付き合いならば、ともかく。
「それじゃ、行くのは決定として。いちおう、教えておこうか。俺も詳しいことは知らないけどね」 「まず、西の森のことだけど。森といっても、山かな。三つほど超えることになるんだが、その中に白い妖怪がいるらしい」 「白い妖怪?」 「盗賊? えっと……」 初めて聞く言葉に、梅流はきょとんっとする。
「ああ、盗賊っていうのは、人の物を盗むこと」 古着屋で、商品を手に取る前に、梅流は蔵馬からそう教わっていた。
「大半はそうかな」 「考え方次第。例えば、盗みを働いた人から、盗み返したとして、それを悪いことだって言い切れる?」 梅流にはよく分からなかった。
「まあ、深く考えなくてもいいよ。そのうち、分かるかもしれないから」 「それで、その盗賊だけどね。基本的には、金を持っていそうな人しか襲わないらしいから。多分、俺たちが関わることはないと思う」 梅流は何処か少しだけ残念そうに見えたが、あえてつっこまず、蔵馬は言う。
「こちらも、おそらく俺たちには関係ないな。ただ、水が手に入りにくいかもしれない。幸い、超える三つ目の山は雪山で、後は下りだ。直線だと崖になるから、若干迂回しないといけないけどね。大きい水筒を買っておいたから、給水していこう。少し重いものを持ってもらうことにはなると思うけど」 「うん! 大丈夫っ!!」
生け贄について話そうかと思って……蔵馬はやめた。 隣の街も、この村同様、ただ通り過ぎるだけの予定なのだから。 生け贄はもう決まっていると言っていた以上、巻き込まれる心配は低い。 蔵馬の推測だけれど、梅流はそういうことが……きっと、嫌いだ。
そして、翌朝。 梅流と蔵馬は村を出た。 村を出て、完全に見えなくなり、人通りが少なくなった頃に、鞄の蓋を開けた。
「シロちゃん、よく頑張ったね! えらいよーっ!!」 鞄から飛び出したシロを、梅流がしっかりと受け止める。 昨日もベッドで一人と一匹、一緒に眠ったこともあるのだろう。
「じゃあ、梅流。数日かけて、山をこえるから。その間、食事は少なめに、ね」 これは昨日告げていたことだ。 何せ、二人で持っていける荷物には限りがありすぎる。 シロも馬なのだろうけど、問題外。
そのためか、梅流は、昨日の夕食と今朝の朝食は食べれるだけ食べたらしく、就寝前と寝起きすぐだというのに、昨日と同等以上の分を食べていたから凄まじい……。
「疲れたら、言って」 ずっと牢にいたのだから、もしかしたら足腰があまり強くないかも……と危惧していた蔵馬だったが、それは杞憂に終わった。 今日は新しく買った鞄に、食糧やら何やらも詰め込んで、時折シロを抱いている。 しかし、梅流は蔵馬も驚く、健脚だった。
「元気だね、梅流」 「いや、シロは手ぶらだし、たまに抱いてるし……まあ、いいか。その方がいいし」
都にいた頃、共に修行した同士たちは、蔵馬の知能もそうだが、身体能力にもついてこられなかったものだ。 いちいち、対応していたキリがないので、作り笑顔でかわしてきたけれど。 梅流の種族は分からないけれど、ずっと運動をしていなかったことに変わりはない。
「とにかく助かるよ、俺のペースでも大丈夫で」 「この調子なら、あまり時間をかけなくても、山を越えられそうだな。一つ目の山頂で、お昼にしようか」 ぱっと顔を輝かせ、梅流は地面を蹴った。
「蔵馬ーっ!! はやくーっ!!」 坂を上がった先で、元気に手を振る梅流に、蔵馬は苦笑しながらも、後を追った。
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