第五話・小馬

 

 

 

 

 その後、今夜泊まる宿を探していた時だった。

「あ??」

 宿がどんなものか、詳しく分からない梅流は、蔵馬に着いて歩いていただけだったのが。
 ふと、前方の大きな茂みが不思議に揺れていることに気づいた。

 風ではない。
 山の中で、ずっと風に触れていた。
 目に見えない風を、肌で感じてきたのだ。

 

「何だろう??」

 食欲だけでなく、好奇心も旺盛な梅流。
 迷わず、トコトコと近づいてゆき、買ったばかりの服や素肌に、枝を引っかけ傷を作ることも気にせず、茂みを奥に進んでいった。

 そこは大きな公園の端で。
 梅流が足を踏み入れたのは、一番草木が生い茂った一角だった。

 あまり手入れされておらず、時折棘にも引っかかる。
 それでも、梅流の好奇心には、どんなものも勝てなかった。

 

 そして、

「! みーつけた!!」

 茂みを揺らしていたモノの正体を、ぎゅっと抱きしめた。

 突然のことに、ソレはとても慌てていた。
 が、梅流は気づかず、ソレをしっかりと持って、茂みを後ろ向きに戻っていく。

 ソレはじたばたと暴れるも……梅流はその細腕に似合わず、そこそこに力があった。
 ようは、無駄に終わったのだった。

 

 

 

「梅流……何しているんだ? そんなところで」

「あっ! 蔵馬!」

 茂みから、後は頭を出すだけ……というところで、上から声が降ってきた。

 呆れたような声の蔵馬は、特別焦っていない。
 彼女の好奇心は、食堂や古着屋でも分かっていたことだったからだった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってね! すぐに出るから!」
「まあ、焦らなくていいよ。急がないからさ」

 言いながら、蔵馬は梅流が向かっていたと思われる茂みの……更に、その奥を見ていた。

 

 梅流は気がついていなかったが、向こう側は大きな広間になっている。
 そこには、遊具や植木などはなく、だだっ広い砂場が続くだけ。
 イベント会場のようだった。

 今は何も行われていないが、今朝か昨日に何かあったのだろう。
 複数の大きな檻を引きずった跡が残っているところを見ると、あまりいいモノでなかったのは明白だった。

 

 

(そういえば……)

 思い出した。
 村の掲示板に貼られていたポスター……確か、妖怪売買のものだった。
 しっかり読んでいなかったが、おそらく此処で行われていたのだろう。

 

 妖怪が人間を喰うようになって以来、妖怪への敵視が差別≠ニして扱われなくなり。
 結果、人間が妖怪を蔑む行為が、公に行われるようになっているのだ。

 強制労働を中心に、稀に愛玩用にも、取り扱われている@d怪たち。

 幼い頃から不思議と、あまり妖怪と人間の違いを感じていない蔵馬には、気分のいいものではない。
 蔵馬が言葉をはっきり示せる頃には、妖怪と人間の確執はかなり大きくなっており、そのことを察していた彼は、滅多に人にそう告げたことはないけれど。

 

 

 

「ねえ、蔵馬蔵馬! 見て見て!!」

 そんな暗い思考の渦に沈みかけた蔵馬に、梅流は手の中に抱えていたものを、ずいっと差し出した。

 

「あ、ああ。何?」
「何って……もう! よく見てよ! ね、可愛いでしょ!!」

「…………」

 

 ニコニコと言う梅流に。
 蔵馬はソレを見て……何と言ったものかと、一瞬かたまってしまった。

 

 

 梅流が抱えていたのは……白い生き物だった。

 それこそ、全身が真っ白。
 触らなくても、その毛並みのふわふわ感はよくよく伝わってくる。
 ただ、首輪とくりくりと丸い眼だけが、キラキラと輝くルビーのように紅かった。

 しかし、アルピナとか、色素が薄い突然変異のものなら、そういう動物がいてもおかしくない。
 ウサギなんかは、常からそういうものもいるだろう。

 

 しかし……。

 

 

「この子、馬っていうんでしょ? さっき荷車ひいてたのと、同じだもんね!」
「……まあ、そう、だけど……」

 馬だった。
 それは多分間違いない。

 ……大きさが子犬くらいでなければ。

 

 

 

 

 

 

(品種改良か? いや、それにしたって、いくら何でも小さすぎる。仔馬だとしても、この大きさでは大人になっても犬くらい……それは無理があるな。――もしくは、妖怪か? ……にしては、妖気を全く感じないが……)

 あれこれ考える蔵馬。

 その間に、梅流は段々、お腹が空いてきた。
 さっき食べたばかり……ではあるはずなのだが。

 よく見ると、この小馬は真っ白のわたあめのようにも見える。

 

「おいしそう……」

 その一言に。

 

「め、梅流?」

 蔵馬はとても嫌な予感がした。

 

 その予感は見事に的中。

 次の瞬間。
 梅流は小馬に喰らいついていた。

「め、梅流!!」
「ふわふわしてて食べにく〜い」

「こ、こら、梅流! それは、食べ物じゃないの!! ……多分だけど」

 慌てて小馬を引っ手繰る蔵馬。

 幸い、軽くかんだだけだったので、後も残っていなかった。
 何をされたのか、本人(本馬?)も分かっていないらしく、きょとんっとしている。

 しかし、蔵馬はやっぱり梅流の『常識』について、改めて教えようと誓ったのだった……。

 

 

 

 

「ミーミーミー」
「変わった鳴き声だな」

 蔵馬は歩きながら、腕の中で鳴いている小馬を見下ろして言った。

 

「さっきの馬車を引いてた馬さんとは、違うもんね。あっちは、ヒヒーンって言ってたもん」

 そう言いながら、梅流は小馬の頭を優しく撫でた。

 さっきまで、食べようとしていたにも関わらず、梅流は小馬がいたく気に入り、ずっと頭や背中、鬣を撫でている。
 小馬の方も、最初は怯えたような眼をしていたが、今のところ落ちついている。

 

 結局、蔵馬は不思議な小馬を拾って持ってきたのだ。

 どうせ、オークションで売れ残ったか、はたまたオークショニアの魔の手から幸運にも逃げ出したのか……いずれにせよ、行く当てなどないだろうし、今後の旅に着いてこられるかどうかは分からないが、とにかく今、置いていくわけにはいかない以上、仕方がない。

 

 何より、梅流がいたく気に入っているのだ。
 無碍にも出来ない。

 

「本当にふわふわだね、シロちゃん」
「シロちゃん?」

「うん! 名前付けてあげたの! 蔵馬が梅流に付けてくれたように、梅流も小馬さんに付けてあげたの! 白いから、シロちゃん!!」
「……確かにぴったりではあるか」

 ぴったりというか、安易というか……。

 しかし、小馬はそれが気に入ったらしく、『シロちゃん』と呼んだ梅流に、

「ミーミー!」

 と、ちゃんと返事を返していた。

 

 

 

「……人の言葉が分かるのか。ということは、やはり妖怪……だが、妖気がしないのは……」
「蔵馬? どうかしたの??」

「いや……まあ、気にしても仕方がないか。邪気はないんだし」
「??」

「それより梅流。少し、シロ抱いてて」
「うん」

 言われて、梅流はシロを受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
 ふわほわの感覚は、何度抱きしめても、飽きないものだった。

 

「ふわふわ〜」
「あはは。食べないようにね」

「分かってる!」

 その間に蔵馬は、背負っていた鞄を地面に下ろした。
 荷物を適当に移動させると、一番上に小さくスペースを空ける。

 

「それじゃ、シロを此処に置いて」
「入れちゃうの?」
「宿に入るにはね。動物禁止の宿の方が多いし」

 何より、宿にシロを売ろうとしていたオークショニアがいては、厄介極まりない。
 危険の種は摘んでおくにこしたことはないのだから。

 

 

「よく分かんないけど。シロちゃん、ちょっと我慢しててね」

 梅流の言葉に返事をしたシロを、鞄に入れ、空気穴の分だけ隙間をあけて、蓋を閉じた。

 それをゆっくり背負うと、蔵馬は表通りへ向かった。
 梅流は時折、鞄を気にしながらも、蔵馬の横を歩く。

 

 

 

 あまりない予算を考え、二人は安い店を探しては必要なものを買う。

 最初こそ、蔵馬が中心になっていたが、横で見ていただけで、特に教わったわけではないのに、梅流は少しずつ買い物の仕組みも理解していった。
 物品とお金の関係、おつりの仕組み、ものの相場……。

 

「後は、水筒かな」
「どれくらいの?」

「これくらいのを三つかな。革製で漏らない、軽いものがいいんだけど」
「分かった! 梅流、買ってくるね!」

 言って、梅流は駆けだしていき、しばらくして、戻ってきた。
 毛布を購入した時に受け取っていたおつりで、蔵馬が望んだものをそのまま形にしたように、理想的なサイズの水筒を買って。

 

「買ってきたよっ!」
「ありがとう。丁度いいサイズだよ」

「やったー!!」

 ぴょんぴょんっとはね回り、大喜びする梅流。
 自分にも、出来ることがある。

 何故だか分からないが、そのことがこの上なく嬉しかったのだ。