第五話・小馬
その後、今夜泊まる宿を探していた時だった。 「あ??」 宿がどんなものか、詳しく分からない梅流は、蔵馬に着いて歩いていただけだったのが。 風ではない。
「何だろう??」 食欲だけでなく、好奇心も旺盛な梅流。 そこは大きな公園の端で。 あまり手入れされておらず、時折棘にも引っかかる。
そして、 「! みーつけた!!」 茂みを揺らしていたモノの正体を、ぎゅっと抱きしめた。 突然のことに、ソレはとても慌てていた。 ソレはじたばたと暴れるも……梅流はその細腕に似合わず、そこそこに力があった。
「梅流……何しているんだ? そんなところで」 「あっ! 蔵馬!」 茂みから、後は頭を出すだけ……というところで、上から声が降ってきた。 呆れたような声の蔵馬は、特別焦っていない。
「ちょ、ちょっと待ってね! すぐに出るから!」 言いながら、蔵馬は梅流が向かっていたと思われる茂みの……更に、その奥を見ていた。
梅流は気がついていなかったが、向こう側は大きな広間になっている。 今は何も行われていないが、今朝か昨日に何かあったのだろう。
(そういえば……) 思い出した。
妖怪が人間を喰うようになって以来、妖怪への敵視が差別≠ニして扱われなくなり。 強制労働を中心に、稀に愛玩用にも、取り扱われている@d怪たち。 幼い頃から不思議と、あまり妖怪と人間の違いを感じていない蔵馬には、気分のいいものではない。
「ねえ、蔵馬蔵馬! 見て見て!!」 そんな暗い思考の渦に沈みかけた蔵馬に、梅流は手の中に抱えていたものを、ずいっと差し出した。
「あ、ああ。何?」 「…………」
ニコニコと言う梅流に。
梅流が抱えていたのは……白い生き物だった。 それこそ、全身が真っ白。 しかし、アルピナとか、色素が薄い突然変異のものなら、そういう動物がいてもおかしくない。
しかし……。
「この子、馬っていうんでしょ? さっき荷車ひいてたのと、同じだもんね!」 馬だった。 ……大きさが子犬くらいでなければ。
(品種改良か? いや、それにしたって、いくら何でも小さすぎる。仔馬だとしても、この大きさでは大人になっても犬くらい……それは無理があるな。――もしくは、妖怪か? ……にしては、妖気を全く感じないが……) あれこれ考える蔵馬。 その間に、梅流は段々、お腹が空いてきた。 よく見ると、この小馬は真っ白のわたあめのようにも見える。
「おいしそう……」 その一言に。
「め、梅流?」 蔵馬はとても嫌な予感がした。
その予感は見事に的中。 次の瞬間。 「め、梅流!!」 「こ、こら、梅流! それは、食べ物じゃないの!! ……多分だけど」 慌てて小馬を引っ手繰る蔵馬。 幸い、軽くかんだだけだったので、後も残っていなかった。 しかし、蔵馬はやっぱり梅流の『常識』について、改めて教えようと誓ったのだった……。
「ミーミーミー」 蔵馬は歩きながら、腕の中で鳴いている小馬を見下ろして言った。
「さっきの馬車を引いてた馬さんとは、違うもんね。あっちは、ヒヒーンって言ってたもん」 そう言いながら、梅流は小馬の頭を優しく撫でた。 さっきまで、食べようとしていたにも関わらず、梅流は小馬がいたく気に入り、ずっと頭や背中、鬣を撫でている。
結局、蔵馬は不思議な小馬を拾って持ってきたのだ。 どうせ、オークションで売れ残ったか、はたまたオークショニアの魔の手から幸運にも逃げ出したのか……いずれにせよ、行く当てなどないだろうし、今後の旅に着いてこられるかどうかは分からないが、とにかく今、置いていくわけにはいかない以上、仕方がない。
何より、梅流がいたく気に入っているのだ。
「本当にふわふわだね、シロちゃん」 「うん! 名前付けてあげたの! 蔵馬が梅流に付けてくれたように、梅流も小馬さんに付けてあげたの! 白いから、シロちゃん!!」 ぴったりというか、安易というか……。 しかし、小馬はそれが気に入ったらしく、『シロちゃん』と呼んだ梅流に、 「ミーミー!」 と、ちゃんと返事を返していた。
「……人の言葉が分かるのか。ということは、やはり妖怪……だが、妖気がしないのは……」 「いや……まあ、気にしても仕方がないか。邪気はないんだし」 「それより梅流。少し、シロ抱いてて」 言われて、梅流はシロを受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
「ふわふわ〜」 「分かってる!」 その間に蔵馬は、背負っていた鞄を地面に下ろした。
「それじゃ、シロを此処に置いて」 何より、宿にシロを売ろうとしていたオークショニアがいては、厄介極まりない。
「よく分かんないけど。シロちゃん、ちょっと我慢しててね」 梅流の言葉に返事をしたシロを、鞄に入れ、空気穴の分だけ隙間をあけて、蓋を閉じた。 それをゆっくり背負うと、蔵馬は表通りへ向かった。
あまりない予算を考え、二人は安い店を探しては必要なものを買う。 最初こそ、蔵馬が中心になっていたが、横で見ていただけで、特に教わったわけではないのに、梅流は少しずつ買い物の仕組みも理解していった。
「後は、水筒かな」 「これくらいのを三つかな。革製で漏らない、軽いものがいいんだけど」 言って、梅流は駆けだしていき、しばらくして、戻ってきた。
「買ってきたよっ!」 「やったー!!」 ぴょんぴょんっとはね回り、大喜びする梅流。 何故だか分からないが、そのことがこの上なく嬉しかったのだ。
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