第四話・噂話
そして、数十分後。 流石にそれくらいになると、店員も他の客たちも、梅流の行為に慣れてきたらしい。
「なあなあ、知ってるか? こっから西へ行ったトコの妖怪の話なんだけどさ」 「ああ、知ってる知ってる!」
その中の一組。 どうやら、二人組の男に、一人で飲んでいた男が声をかけたらしい。 蔵馬は何気なく聞き耳を立てていた。
「その妖怪。ただの妖怪じゃねえんだよ。盗賊なんだよ! 盗賊!」 「いや、ただの盗賊じゃねえ。無茶苦茶、頭がいいって評判なんだぜ。でかい行商人やらなんやらを狙ってて、全滅させられた連中もいるって噂だ」 「知ってる、知ってる」 アルバイトのウェイトレスたちまで混ざって、その妖怪の話に花を咲かせた。
「これ、噂だけど、その妖怪、雪男らしいな」 「変だな。おれはシッポが生えてたって聞いたぞ」 「何で、雪女に獣耳やシッポが生えてるよっ!」 「でも、どれもこれも、あんまり友好的な妖怪じゃないわね〜」 ウェイトレスの一人が、くすくす笑いながら言った。
「俺たちの聞いた話とは、違うようだな」 カウンターで飲んでいた行商人らしい男たちも話に乱入し、いよいよ、話は盛り上がってきた。
「俺たちは見かけの噂は聞いたことねえが、その冷酷ぶりなら、知ってる」 「何でも、その妖怪は毎年生け贄を要求してるらしいぜ」 「ナニソレ、時代錯誤じゃない? 今時、生け贄って」
「いや、だが、本当にそうらしいぜ。それは噂じゃねえ。俺らの仕事仲間が隣の街に行って、その時はっきり聞いたんだからな。そういうことで嘘をつく連中じゃねえ。駆け引きも大事だが、信用がねえとやっていけねえ商売だからな」 「うっそー。じゃあホントにそんなことが、すぐ隣の街で? いつから?」 「結構前かららしいな。――つっても、隣の街までは山を三つ超えねえといけねえわけだが。もう今年の贄は決まってるらしいがな。ま、そうじゃなくたって、若い女らしいから、俺らには関係ねえが」
「……ん? 街?? おいおい、じゃあおれたちのとは違うぜ?」 「ああ。おれたちが言ってたのは、その超えねえとならねえ山の中だぜ。一番標高が上のやつ。この村から見りゃあ、三つ目だな。――そうじゃねえと、雪男だの雪女だのにならねえだろ? 三つ目の山頂は、かなり高いから、今の時期にも雪が残ってるはずだしな」 「あ〜、その山の高さのせいで、隣の街には雨が降りにくいらしいな。雨雲が向こうに行かねえとかで。山頂の雪解け水も、ほとんど東側に流れていっちまうし」 「え? でも、隣街って、おっきな河なかった? 対岸が霞んで見えないって、聞いたことあるけど」 「だ〜か〜ら! その大河に妖怪が住み着いてんだよ! 雨も降らねえ、他に河もねえんじゃ、その大河が街人全員の生命線だ。妖怪は水を操るタイプだとかで、それを完全に支配されちまってるんだとよ。生け贄出せっつーのも、のむしかねえだろ」 「ええ〜。じゃあ、水のかわりに生け贄ってこと?」
「…………」 コーヒーに砂糖を入れながら、蔵馬は怪訝そうな顔で聞いていた。 どうも、噂話や聞いた話ばかりで、はっきりしないことばかり。
(用心するにこしたことはないな。梅流も一緒なんだから) そんなことを考えていると、 「蔵馬、これ入れるの?」 「だったら、梅流が入れてあげるね!!」 蔵馬が止めようとした時には、もう遅すぎた。 蔵馬は改めて、梅流に『常識』を教えようと思うのだった……。
「あ〜、おいしかった〜。お腹いっぱいだ〜」 あれからも梅流は食べ続け、ざっと30人分の食事をたいらげてしまったのだ。 最終的な会計の金額に、店の人も他の客もかなり驚いていたが、一番びっくりしたのは、もちろん蔵馬である。
古着屋でも、可愛い女の子向きの衣装など買えるわけもなく。 オレンジ色に染めた生地に、黄色の襟がついたタンクトップと、紅茶色の地味なズボン。
元々着ていた衣装は、出所がよく分からないものなので、売るわけにもいかず、畳んだ荷物の中にしまっておいた。 その畳んだ際の大きさからして、予想外に小さく、やはり普通の服でないことは確かだった。 それはつまり、梅流が普通≠ゥらは遙か遠い存在であるということ。
最もまあ、すぐに全てを知りたいとは思わないけれど。
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