第四話・噂話

 

 

 

 

 そして、数十分後。
 梅流はまだ食べ続けていた。

 流石にそれくらいになると、店員も他の客たちも、梅流の行為に慣れてきたらしい。
 注文する度に、振り返る人はいるものの、ほとんどの客は自分たちの食事や会話へ戻っていた。

 

 

「なあなあ、知ってるか? こっから西へ行ったトコの妖怪の話なんだけどさ」

「ああ、知ってる知ってる!」
「最近話題に上りやすいよな、それ!」

 

 その中の一組。
 すぐ後ろの席で数人の男たちが何やら話している。

 どうやら、二人組の男に、一人で飲んでいた男が声をかけたらしい。

 蔵馬は何気なく聞き耳を立てていた。
 旅において、何より大切なのは情報収集。
 それも、これから行く先の、しかも妖怪のものとあっては、聞こえなければこっちから訊ねなければならない情報だ。

 

 

「その妖怪。ただの妖怪じゃねえんだよ。盗賊なんだよ! 盗賊!」
「盗賊〜? 何だ、珍しくもねえ。盗賊妖怪なら、結構いるじゃねえか」

「いや、ただの盗賊じゃねえ。無茶苦茶、頭がいいって評判なんだぜ。でかい行商人やらなんやらを狙ってて、全滅させられた連中もいるって噂だ」

「知ってる、知ってる」
「私も!」

 アルバイトのウェイトレスたちまで混ざって、その妖怪の話に花を咲かせた。

 

「これ、噂だけど、その妖怪、雪男らしいな」
「違げーよ。雪みたいに白い妖怪らしいぜ」
「ええ? あたし、雪女だって聞いたわよ」

「変だな。おれはシッポが生えてたって聞いたぞ」
「おれは獣耳が生えてるって」

「何で、雪女に獣耳やシッポが生えてるよっ!」
「だから、雪女なんじゃねえのか?」

「でも、どれもこれも、あんまり友好的な妖怪じゃないわね〜」

 ウェイトレスの一人が、くすくす笑いながら言った。

 

 

「俺たちの聞いた話とは、違うようだな」

 カウンターで飲んでいた行商人らしい男たちも話に乱入し、いよいよ、話は盛り上がってきた。

 

「俺たちは見かけの噂は聞いたことねえが、その冷酷ぶりなら、知ってる」
「え? どんなどんな?」

「何でも、その妖怪は毎年生け贄を要求してるらしいぜ」
「生け贄?」

「ナニソレ、時代錯誤じゃない? 今時、生け贄って」

 

「いや、だが、本当にそうらしいぜ。それは噂じゃねえ。俺らの仕事仲間が隣の街に行って、その時はっきり聞いたんだからな。そういうことで嘘をつく連中じゃねえ。駆け引きも大事だが、信用がねえとやっていけねえ商売だからな」

「うっそー。じゃあホントにそんなことが、すぐ隣の街で? いつから?」

「結構前かららしいな。――つっても、隣の街までは山を三つ超えねえといけねえわけだが。もう今年の贄は決まってるらしいがな。ま、そうじゃなくたって、若い女らしいから、俺らには関係ねえが」

 

「……ん? 街?? おいおい、じゃあおれたちのとは違うぜ?」
「あ? そうなのか?」

「ああ。おれたちが言ってたのは、その超えねえとならねえ山の中だぜ。一番標高が上のやつ。この村から見りゃあ、三つ目だな。――そうじゃねえと、雪男だの雪女だのにならねえだろ? 三つ目の山頂は、かなり高いから、今の時期にも雪が残ってるはずだしな」

「あ〜、その山の高さのせいで、隣の街には雨が降りにくいらしいな。雨雲が向こうに行かねえとかで。山頂の雪解け水も、ほとんど東側に流れていっちまうし」

「え? でも、隣街って、おっきな河なかった? 対岸が霞んで見えないって、聞いたことあるけど」

「だ〜か〜ら! その大河に妖怪が住み着いてんだよ! 雨も降らねえ、他に河もねえんじゃ、その大河が街人全員の生命線だ。妖怪は水を操るタイプだとかで、それを完全に支配されちまってるんだとよ。生け贄出せっつーのも、のむしかねえだろ」

「ええ〜。じゃあ、水のかわりに生け贄ってこと?」
「や〜〜、残酷〜〜」

 

 

 

「…………」

 コーヒーに砂糖を入れながら、蔵馬は怪訝そうな顔で聞いていた。

 どうも、噂話や聞いた話ばかりで、はっきりしないことばかり。
 しかし、山中も隣の街も油断できない場所であることだけは、よく分かった。

 

(用心するにこしたことはないな。梅流も一緒なんだから)

 そんなことを考えていると、

「蔵馬、これ入れるの?」
「ん? あ、ああ」

「だったら、梅流が入れてあげるね!!」
「え、ちょっと、梅流! タンマ!!」

 蔵馬が止めようとした時には、もう遅すぎた。
 梅流はコーヒーカップに、砂糖ツボごと押し込んでいた。

 蔵馬は改めて、梅流に『常識』を教えようと思うのだった……。

 

 

 

 

「あ〜、おいしかった〜。お腹いっぱいだ〜」
「あれだけ食べればね……」

 あれからも梅流は食べ続け、ざっと30人分の食事をたいらげてしまったのだ。

 最終的な会計の金額に、店の人も他の客もかなり驚いていたが、一番びっくりしたのは、もちろん蔵馬である。
 手元のお金が足りたのが、せめてもの救いだったが、本人はコーヒー以外、ほとんど食べていないのだった。

 

 古着屋でも、可愛い女の子向きの衣装など買えるわけもなく。

 オレンジ色に染めた生地に、黄色の襟がついたタンクトップと、紅茶色の地味なズボン。
 可愛いものといえば、ピンクの帯紐くらいしか購入できなかったのだった。

 

 元々着ていた衣装は、出所がよく分からないものなので、売るわけにもいかず、畳んだ荷物の中にしまっておいた。

 その畳んだ際の大きさからして、予想外に小さく、やはり普通の服でないことは確かだった。
 また、頭にすっぽりとハマっている金色の輪っかも、どうやら抜けないらしい。
 軽く触れただけで、蔵馬にもそこに大きな力が込められていると、分かるくらいに。

 それはつまり、梅流が普通≠ゥらは遙か遠い存在であるということ。

 

 最もまあ、すぐに全てを知りたいとは思わないけれど。