第三話・昼食
「じゃあ、蔵馬は西に向かって旅をしてるの?」 山を下り、街道を歩きながら。 長い話ではあったが、要約すると、そういうことになる。
「ああ。都の占い師に、『手がかりは西にある』と言われたからね。まあ、何とかしたいというよりは、知りたいという気持ちでなんだけれど。俺一人にどうにか出来るとも思っていないし」 蔵馬の知識欲と身の弁えが、今ひとつ分からない梅流。 「でも、変なの! お腹がすいてるわけじゃないのに、食べないと生きていけないなんて」 蔵馬は梅流に、自分の旅の目的だけでなく、今、世界の置かれている現状も分かりやすく語ってくれていた。 梅流は、つい昨日までたった一人で牢の中にいたとは思えないくらい、飲み込みが早かった。
知っていることは、本当に少ない。 だが、理解力は、都一の知能だと言われた蔵馬でさえ、驚く面があった。 更に、単語と単語の関係性も理解し、砂が水を吸うが如く、知識を得ていく。 今はまだ、その一端が見え隠れしているだけ。
しかし、牢に入れられる前のことを全く覚えていないという梅流に、それを尋ねる蔵馬ではなかった。
「おそらく、世界全土に何か異変が起こっているんだろう。原因が何なのかは、全く分からないけれど」 「そうだね。今は妖怪だけだけど、人間に異常が発生するのも、時間の問題。現に、霊気の強い人間の一部は、コントロールに苦労しているようだから」 「……蔵馬は? 蔵馬は大丈夫なの?」 見上げる梅流の瞳は、心配に揺れていた。
そこには、牢から出してくれた人だからだとか、彼がいないと自分はどうすればいいのか分からないとか、そんな打算的な感情は、一切ない。 ただ、心配していた。
そのことに、内心驚きながらも、蔵馬は応える。
「俺は大丈夫。霊力はそこそこあるけれど、影響を受けるほどじゃないから」 心底ほっとした様子に、また蔵馬は少しだけ驚いた。 生まれてまだ20年にもならないけれど。 色んなタイプがいたのは確かだけれど。
(……初めてだな。梅流ほど純粋な子は……そういえば、梅流も陰陽が安定しているのか。種族がよく分からないから、何とも言えないけど。妖気とも霊気とも判別ができないのは、初めてだな)
「あ、蔵馬! 見てみて! あっち、人がいっぱい!!」 梅流が指さした先を、自分の考えに没頭していた蔵馬も見た。
「思ったよりも、早く着いたかな。次の村までは遠いから、今夜はここで泊まろうか。まずは昼食……いや、その前に買い物、か」 蔵馬が見下ろした先で、梅流はきょとんっと首をかしげた。 梅流は気づいていないようだが、彼女のしている格好は、この辺りではあまり見かけるものではない。 風がふく度、サラサラと音をたてる様は、とても綺麗なのだが……あまりにも目立ちすぎるだろう。
「村に入る前に、俺の上着を着てもらうとして……古着屋があればいいけど。持ち合わせもあまりないし……」 「ああ。昼に食べるご飯のこと」 言って、梅流はいきなり倒れた。
「め、梅流!?」 すぐ横にしゃがんだ蔵馬に、梅流はぽそりと呟いた。
「変だなぁ。山の中にいた頃は、全然お腹なんか減らなかったのに……」 「そういうことって、よくあることなの?」 頷く梅流の肩を覆うものがあった。 蔵馬が鞄から出した上着を、かけてくれていた。
「とにかく行こう。買い物は後回しかな。先に食べに行こう」
「……梅流。あのさ」 「もう少し、ゆっくり食べたら?」 何百年も牢に封じられていて。 まさかここまでとは思わなかった。
「ん? ゆっくり食べてふひょ?」 一方の梅流は、本当にゆっくりと味わって食べているつもりだったもので。 答えながら、とても美味しいと感激していた特大桃饅頭を、ぱくりと食べてしまう。
(この小さな体の何処に、それだけ入る胃袋があるんだろう……スピードも量も、計算外だったな……) 蔵馬が溜息をつきたくなるのも、無理はなかった。
ここは、訪れた村の入り口近くにある小料理屋。 席数は6組分ほどと、カウンター。 何処か店主の生活感もあるその店で。
一番隅っこの席に、美しい青年の正面に座る少女は。 咽を詰めそうな勢いだが、その様子は一向に見られない。 好き嫌いはあまりないらしく、何がきても子どものように喜んで食べている。
アルバイトらしき女性も、厨房にいる男性も、他のテーブルで食事中の若者たちも、お菓子をねだっていた幼い子供も。 まるで、田舎から出てきたばかりの若者が、都会の喧噪に呆気にとられる時のように。 無論その最たる者は、他ならぬ蔵馬なわけだが。
「!? ふはは(蔵馬)! ほれ、ほいひいひょ(これ、おいしいよ)!! ふははほ、はへはほ(蔵馬も、食べなよ)!」 「いいよ、俺は。梅流が全部食べなよ」 「ふぁ―――い(は―――い)!!」
時折、すごく美味しいと思うものに関して、梅流は蔵馬に勧めてくるのだが。 見ているだけで、お腹いっぱいになる。
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