2.梅流

 

 

 

 

 いつもは夜が明けてから、その強い光で目覚める少女。
 しかし、この日は薄暗い雲の中から、輝く光がゆっくりと昇るのを、しっかと見た。

 

「すごい、綺麗……」

 思わず見とれた。
 が、それ以上に見とれたものがある。

 金色の太陽を背に、少女の目前に座る、かの人間。
 まるで後光を背負っているかのような彼は、太陽の光すら色あせるほどに美しかった……。

 

 

 

「ねえ」
「え、なに?」

「君……一緒に来てくれる?」

 人間の行った言葉に少女はすぐには反応出来なかった。
 言っている意味を、即座に理解できなかったのだ。

 

「え、と……一緒に、行く? それってどういうこと?」

 問いかけると、人間は少し考え込むそぶりを見せた。

 

「う〜ん。この場所を離れて、全く別の場所へ行くってこと。俺と一緒に」
「一緒……それって、どんなの?」

「それは分からない。けど、此処にいても、楽しくないよね?」
「うん」

 それははっきりと分かる。

 確かに、空は大きくてすごい。
 風は気持ちいい。
 太陽も月も綺麗だ。

 

 だけど……楽しいと思ったことは、ない。

 そう、今のような感情は……。

 

 そこまで考えて、気づいた。

 

 

「えっと……今、楽しいのかな?」

 こんな気持ち、今まで無かった。

 けれど、決して不快ではなく。
 むしろずっと続けば……そう思っていた。

 

「さあね? けど、少なくとも。君は今、笑ってるよ」
「笑ってる……それってやっぱり楽しいから?」

「どうだろう?」
「もう! ちゃんと教えてよ!」

 少女の言葉に、人間はふっと真面目な顔になった。

 

 

「だったら……それを確かめてみる?」
「確かめる……どうやって?」

「ここから出て。俺と一緒に来て。それで楽しいか楽しくないか。確かめてみる? ここは楽しくないよね? でも外は楽しいかも知れない。確かめてみないか?」

「うん!」

 この気持ちがなんなのか知りたい。

 その、楽しいという気持ちなのかもしれない。
 だったら、彼と一緒にいるのは、楽しいことなのだ。

 確信はないけれど、そんな気がする。
 それを確かめる。

 彼と一緒にいって……。

 

 

 

「よかった。俺は蔵馬」
「くら…ま?」

「そう。俺のことを呼ぶ時には、そう呼んでくれればいい。――君は?」

「えっ……と……。…………」

 少女は黙り込んでしまった。

 蔵馬というのが、彼を指し示すものなのだとは、分かった。
 何故か、すぐに。

 

 けれど……じゃあ、自分を指す言葉は、何なのだろうと思って。

 分からなかった。

 

 

 

 

「……梅流」
「え?」

「これから君は、梅流だ」
「め……る……?」

「梅の流れで、梅流。梅っていうのは……そうだな、君みたいなもののこと」
「……梅、流?」

 

 ドクン

 

 胸が一際強く鳴った。
 熱い日差しを一気に受けたような……そんな強い鼓動。

 不快も愉快もなかった。
 ただひたすらに、熱かった。

 

 

 

「行こう。梅流」

 蔵馬の差し伸べた手。

 白くて華奢でそれで何処か逞しくて……。

 

 梅流は迷わず手を伸ばした。