<壺の悪魔>

 

 

 

 ……張り切って、塔をかけのぼっていって。
 最上階へ辿り着いた、まさにその時!!

 

 北の地平線が真っ赤に光った。
 それはぐうんっと空に向かって、真っ赤な大きな柱に見えた。
 空のつっかえ棒みたい。

 同時に、空気が重くなって。
 赤黒い空に、不気味な風。
 いつもは梢を揺らす柔らかなソレが、今は木々も嫌がっているのがよく分かる。

 

 

「「…………」」

 ごくり。

 生唾を飲み込んで、赤い光を睨み付けた。
 近づいてくる地響きが、嫌でも現実を認識させてくる。

 

 最初は豆粒みたいだった。

 それが握り拳大になって。
 それからわたしたちくらいに。
 お父さんよりも大きくなって、ついにはお屋敷よりも……。

 見晴らしの塔に着く頃には、この高い塔の頂上からでも、見上げないといけないくらいの大きさになっちゃった。
 ……踏み台とか、なかったよね?

 

 

 

 ブオーンは、寝ぼけているのか本気なのか、わたしたちの知らない人の名前を呼んだ。
 誰のこと? と聞く前に、後ろからお父さんがぼそっと、

「……先祖の名だろう」

 と、言った。

 その言葉には、全然緊張感は見られない。
 至って、いつも通り。

 

 正直、わたしはちょっと怖いんだけど……。

 

 

「……狐鈴、怖くない?」

 ブオーンに聞こえないように、そっと問いかけた。

「……ちょっとだけ」

 わたしと同じなんだ、狐鈴も。

 

 

 

 ……あれ?
 ちょっと待って。

 わたし……そんなに怖がってない?

 狐鈴だって、『ちょっとだけ』って……。

 

 普通に考えたら、こんなおっきなモンスター、ものすごく怖いものなんじゃないのかな?
 ちょっとは怖い。

 でも……無茶苦茶怖くはない。

 此処へ上ってくるまでの方が、緊張してずっと怖かった。

 

 どうしてなんだろう……。

 

 

 

 

 そんなことを考えている間に、ブオーンは「肩慣らし」なんて言って、わたしたちへ向かってきた。
 肩慣らしなんかで、人を傷つけるのは、許せない!!

 

 お父さんに教えて貰った通り、炎と雷撃、それに呪文が2通り。

 フバーハはもう唱えてあるから、炎のダメージはほとんどないし、ルカナンと唱えられたら、こっちは狐鈴のスクルトで対抗!
 向こうもスカラを唱えてくるけれど、わたしだってルカナンとバイキルトが使えるんだ!

 狐鈴の攻撃力を上げて、ブオーンの防御力を下げて、ひたすら打撃!
 でもわたしは元々打撃が強くないから、マヒャドなどの攻撃呪文も繰り出した。

 時々、狐鈴がベホマを唱えてくれてたみたいで、疲れはほとんど感じない。

 

 

 HPは4500くらいだって言っていたけれど、どれくらいダメージを与えたのか、正直よく分からない。

 とにかく封印出来るまで、ひたすら攻撃し続けた。

 

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

「「やった……」」

 ぐらりと傾いた巨体が、ものすごい音と土埃を巻き上げて、地面に沈み込んだ。
 何かもごもご言っていたような気がしたけど、よく聞こえないまま、その巨体が赤く光った。

 そして……消えた。

 

「消えちゃった……」

 ふと見ると、遙か北の空の赤い色が、地面に沈み込んでいった。
 多分、力がなくなったことで、壺に吸収されたんだね。

 これでもう……安心なんだね。

 

 

 

 

「よく頑張ったね。狐白、狐鈴」

 ぎゅっと後ろから抱きしめられた。
 お母さん、震えてるの?

 

「お母さん! わたしたち平気だよ! ほら!」
「ね! もう旅に出てもへっちゃらでしょ!」

 ニコニコ笑って言うと、お母さんはちょっとだけ困った顔になった。
 どうしたんだろうと思ったけど、

「……まあいいだろう」

 お父さんがそう言ってくれたから、

 

「「やったーっ!!」」

 嬉しさにはしゃいじゃって、すっかり忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 ……その日の晩に、お父さんとお母さんがこっそり喋ってるのを聞いたんだけど。

 寝たふりしてたけど、聞こえちゃったんだけど。

 

 

「言わなくていいの? 後ろからずっと呪文唱えていたって」
「必要ないだろう。あれほどのモンスターは、なかなかいない。『光の教団』でさえ、手に負えないと封印を解かなかったモンスターだ」

「そうだけど……力を過信していないといいんだけれど」
「心配いらないさ。旅に出れば、自然と力もつくしな。俺たちの加勢を差っ引いても、あのくらい戦えれば、旅に出るには充分だ。それに……」

「……蔵馬?」

「無意識とはいえ、2人とも気づいていただろう。後ろに俺たちがいるから、差ほどの恐怖を感じなかったことにな」

 

 

「「…………」」

 そうだったんだ。
 わたしたちの力だけで倒したんじゃなかったんだ。

 でも……それについては、あんまり落胆しなかった。

 

 お父さんの言うとおり、何処かで分かっていたのかも知れない。

 後ろにお父さんとお母さんがいてくれるから、怖くなかったんだって。

 

 だから、加勢してもらっていたことを知っても、気にならなかった。

 

 それよりも……

 

 

 

「ね、狐鈴」
「なあに? 狐白」

「お父さんもお母さんも大好きだね」
「うん」