<壺の悪魔>
……張り切って、塔をかけのぼっていって。
北の地平線が真っ赤に光った。 同時に、空気が重くなって。
「「…………」」 ごくり。 生唾を飲み込んで、赤い光を睨み付けた。
最初は豆粒みたいだった。 それが握り拳大になって。 見晴らしの塔に着く頃には、この高い塔の頂上からでも、見上げないといけないくらいの大きさになっちゃった。
ブオーンは、寝ぼけているのか本気なのか、わたしたちの知らない人の名前を呼んだ。 「……先祖の名だろう」 と、言った。 その言葉には、全然緊張感は見られない。
正直、わたしはちょっと怖いんだけど……。
「……狐鈴、怖くない?」 ブオーンに聞こえないように、そっと問いかけた。 「……ちょっとだけ」 わたしと同じなんだ、狐鈴も。
……あれ? わたし……そんなに怖がってない? 狐鈴だって、『ちょっとだけ』って……。
普通に考えたら、こんなおっきなモンスター、ものすごく怖いものなんじゃないのかな? でも……無茶苦茶怖くはない。 此処へ上ってくるまでの方が、緊張してずっと怖かった。
どうしてなんだろう……。
そんなことを考えている間に、ブオーンは「肩慣らし」なんて言って、わたしたちへ向かってきた。
お父さんに教えて貰った通り、炎と雷撃、それに呪文が2通り。 フバーハはもう唱えてあるから、炎のダメージはほとんどないし、ルカナンと唱えられたら、こっちは狐鈴のスクルトで対抗! 狐鈴の攻撃力を上げて、ブオーンの防御力を下げて、ひたすら打撃! 時々、狐鈴がベホマを唱えてくれてたみたいで、疲れはほとんど感じない。
HPは4500くらいだって言っていたけれど、どれくらいダメージを与えたのか、正直よく分からない。 とにかく封印出来るまで、ひたすら攻撃し続けた。
そして……
「「やった……」」 ぐらりと傾いた巨体が、ものすごい音と土埃を巻き上げて、地面に沈み込んだ。 そして……消えた。
「消えちゃった……」 ふと見ると、遙か北の空の赤い色が、地面に沈み込んでいった。 これでもう……安心なんだね。
「よく頑張ったね。狐白、狐鈴」 ぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「お母さん! わたしたち平気だよ! ほら!」 ニコニコ笑って言うと、お母さんはちょっとだけ困った顔になった。 「……まあいいだろう」 お父さんがそう言ってくれたから、
「「やったーっ!!」」 嬉しさにはしゃいじゃって、すっかり忘れてしまった。
……その日の晩に、お父さんとお母さんがこっそり喋ってるのを聞いたんだけど。 寝たふりしてたけど、聞こえちゃったんだけど。
「言わなくていいの? 後ろからずっと呪文唱えていたって」 「そうだけど……力を過信していないといいんだけれど」 「……蔵馬?」 「無意識とはいえ、2人とも気づいていただろう。後ろに俺たちがいるから、差ほどの恐怖を感じなかったことにな」
「「…………」」 そうだったんだ。 でも……それについては、あんまり落胆しなかった。
お父さんの言うとおり、何処かで分かっていたのかも知れない。 後ろにお父さんとお母さんがいてくれるから、怖くなかったんだって。
だから、加勢してもらっていたことを知っても、気にならなかった。
それよりも……
「ね、狐鈴」 「お父さんもお母さんも大好きだね」
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