<壺の悪魔>

 

 

 

 それから、一階に下りて、玄関へ。
 途中、廊下の突き当たりの部屋に曾御爺様が険しい顔をして入っていくのが見えて、少し気になったけど、「着替えたらすぐに」って言われてたから、そのまま通り過ぎちゃった。

 

 

「着替えたな」
「うん」

「じゃあ、行きましょう」
「? 何処に?」

 

 お母さんもよく見ると、いつもの室内着じゃない。
 かといって、出かける時の服でもない。

 見たら、分かる。
 お母さんのも、強力な魔力が編み込まれた衣装だ。
 手にしている杖も、わたしとの練習用じゃなくって……とても強い力を秘めているのがよく分かる。

 しかも2本も持ってて……と思ったら、

「こっちは、狐白のね」
「?」

「狐鈴はこれを使え」
「あ、僕の剣……」

 杖と剣を手にして、わたしたちはますます訳が分からなくなってしまった。

 

 

 

「ねえ、何処に行くの?」

 外は未だに雨が降っていて、視界がよくない。
 濡れるの嫌だな……と思ったら、

「お父さん、フバーハ使ってもいい?」
「……好きにしろ」

  狐鈴の言葉に、お父さんは少し考えてから、返事をした。

 

「フバーハ」

 狐鈴の詠唱に、周囲の景色が一瞬にして変わった。
 相変わらず雨は降っているのに、視界がぐっとよくなって。

 軒下から出たのに、全然濡れない。

 

 

「狐鈴、フバーハが使えるのね」

 お母さんが感心したように呟くと、狐鈴は照れくさそうに、ほっぺたをかいていた。

 

 『フバーハ』

 わたしは使えないけれど、使えない魔法でも効用は知っておいて損はないって、御祖母様に色々教わった。
 確か、炎や冷気のダメージを軽減する魔法だ。

 雨も冷気だから、応用なのかな?

 

 

 

「狐鈴すごーい!!」

 思わず叫ぶと、後ろからぐっと口を押さえられた。
 白くて柔らかいこの手はお母さんだ。

「ふが…」
「狐白、しーっ。ね?」

 言われて、コクコクと頷くと、やんわりと手を外された。

 

「どうしたの?」
「ごめんね。最初に言っておけばよかったかな……あなたたちも一緒に行くって、誰にも言っていないの」
「? あ、そうだ。何処に行くの?」

 狐鈴のフバーハで、すっかり忘れていたけど、まだ聞いてなかった。

 

 

 

 

「……見晴らしの塔だ」
「見晴らしの?」

 それは知ってる。
 代々、うちが管理しているサラボナの西にある、おっきな高い塔のことだ。

 面白そうで探険したかったけれど、いつも入り口に鍵がかかっていて、入れなかった場所のはずだけど。

 

「鍵なら、さっき開けた」
「あ、そうなんだ。それで、何をしにいくの?」

 わたしたちが行くこと、誰にも言っていないってことは、何もないってことはない。
 むしろ、安全とは言い難いことがあるのは、何となく察しがつくけど。

 曾御爺様の難しそうな顔といい、何だか今までと違う。
 お母さんも緊張してるみたい。
 ……お父さんは、いつもと変わらないように見えるんだけど(ポーカーフェイス?)

 

 

「おそらく、此処へ来たら、一番最初に目に付くだろうからな。それに、街よりは塔の方が戦いやすい」
「? 誰と戦うの?」

 そりゃあ、街で大暴れしたら、建物とか壊れて困ると思うけど。
 でも、そんな大暴れしないといけないような相手って、誰?

 

 

 

「……簡単に言えば、モンスターだ」
「モンスターっ……」
「それってまさか……」

「違うの。『光の教団』とは無関係のモンスターなんだけど……150年くらい前のご先祖様が封印したモンスターらしいの」
「150年っ??」

 想像もつかない長い時間だ。
 そうだよね、そんな昔に『光の教団』があるわけないもん。

 

「その封印がそろそろ解けるらしいの。蔵馬に見てきてもらったのは、モンスターが封印された壺の様子で」
「数日前の段階で、間もなく封印が解ける兆候が見られた。おそらく今日中には復活する」

「その……モンスターを倒しにいくの?」

 声が震えた。
 怖いからじゃない。

 だって……

 

 

「150年も封印されてて……可哀想だよ」

 わたしの気持ちは、狐鈴が代弁してくれた。
 狐鈴も同じ思いだったんだ。

 

 

 

「……気持ちは分かるけれど、ダメなの。そのモンスターは……」

 お母さんはきゅっと唇を噛みしめて、言った。

「命を奪うことが、快楽になっているから……」

「「…………」」

 

 それは、モンスターに限った話じゃない。
 でも、人間に限った話でもない。

 どちらにも……悲しいけれど、あり得ることなんだ。

 世界が綺麗な夢物語でないことを、わたしたちは、知っている。

 

 

 

 

 

「モンスターの名は、ブオーン。HPは約4500。打撃以外では、炎・稲妻による攻撃。及び、スカラ・ルカナンが使えるそうだ」

 先頭を歩き、階段を上って行くお父さんが、淡々と語った。
 そして、言った。

 所謂……爆弾発言を。

 

「お前たち2人でやってみろ」

「「ええっ!?」」

 だ、だって150年も封印されてたってことは……それだけ危険ってことなんじゃないの??

 

 

「本当に人類の強敵になりうるなら、『光の教団』が何が何でも封印を解いているはずだ。ほおっている時点で、モンスターとしても大したことはない」

「「…………」」

 そんなこと言っても……。
 ちらっとお母さんを見たけど、困ったように微笑むばかりだった。

 

「大丈夫よ。ちゃんと後ろにいるから。危なくなったら、すぐに行けるように」

「2人だけで倒せたら、次の旅は狐白も連れていってやろうか?」

 

 

「「やる!!」」

 

 思わず、即答しちゃった。

 でも後悔はないよ。

 

 絶対に勝つ。
 勝って封印して、それで……。

 

 

「狐白。一緒に行こうね」
「うん! あ、お母さんも一緒に行くよね!?」

 お母さんだけ置いてはいけないもん。
 微笑んで頷くのを見て、俄然やる気が出た!

 

 

「行くよ、狐鈴!!」
「うん!!」