<壺の悪魔>

 

 

 

「お父さん、まだかな〜」

 あれから何日経ったけど、お父さんはまだ帰ってこない。
 歩いていける場所じゃないからって、曾御爺様が船を貸してくれたって言ってたけど、1人で操縦できるのは、あんまりスピードが出ないんだって。

 

 

 

「遅いね、お父さん」
「うん……ねえ、狐鈴」

「何? 狐白」
「……悩んでるでしょ?」

 

 気のせいなんかじゃない。
 そんな気がするだけでもない。

 これは確信だ。

 お父さんが出かけて以来、狐鈴は時々こんな顔をする。
 何度か聞こうとしたけれど、でも声をかけたら、すぐに元の顔に戻っちゃってたから、何となく聞けずにいた。

 本当はものすごく聞きたかったけれど、触れちゃいけない気がしたから。

 

 

 でも、今日は違う。
 多分、雨のせいだ。

 狐鈴はあんまり雨が好きじゃない。
 わたしもだけど。

 

 雪は冷たいけれど、真っ白で綺麗で、楽しくて、大好きなんだけど。
 雨だって、作物が育つ上では大切だし、少しの雨なら虹が出たりして、綺麗だ。

 けど……朝からず〜っと、こんなにザアザアと降るのは、あんまり好きじゃない。

 

 

 だって……お父さんが濡れるから。
 旅に出ている時には、狐鈴も濡れるから。

 何処を旅しているのか分からないから、向こうでは降っていないとも思えるけれど。
 憂鬱さはどうしても拭えないから。

 

 

 

「うん……狐白は、何でも分かっちゃうね」
「何でもじゃないよ。悩んでいる理由まで、きっぱり分からない」

「でも、きっぱりじゃなかったら、分かるんでしょう?」
「それはわたしだって同じ気持ちだからだよ」

 だって、同じだから。
 双子だから。

 

「……わたしだって連れて行って欲しかったよ。いつもの旅みたいに、長くならないんだったら」
「……そうだね」

 ほらやっぱり。
 狐鈴も同じ気持ちだった。

 

 強くなったと思ってた。
 強くなったと思われてると、思ってた。

 でも……お父さん、置いていっちゃったんだもん。

 

 

 

 

 

「……む〜」

 言葉にしたら、何だかむらむらしてきた。
 そうだよ、いつまでも子供じゃないんだもん!

 狐鈴も同じみたいだ。

 

「狐白。手合わせしよっか」
「うん!」

 じっとしているなんて、わたしたちらしくないよね!

 雨が降っているから、お外には出られないけど。
 お屋敷は広いんだから、いくらでも場所はある。

 一番広い渡り廊下に、どちらともなく駆けだしていった。

 

 

 

「はあっ!」
「うりゃっ!」

 魔法なんて使ったら、廊下が吹き飛んじゃうから、格闘技の組み手をやることにした。

 ジャンプ力や素早さはわたしが少し上だけれど、一撃一撃は狐鈴の方がずっと強い。
 1つ1つの動きに無駄がないんだ。

 また腕が上がってる。
 本当、強くなったんだね。

 

「狐白も強くなったね」
「狐鈴だって!」

 ひとしきりやって、うっすら汗をかいてきたところで、狐鈴が言った。

「喉かわいたね、お水飲みに行こうか」
「うん!」

 ぱたぱたと走って、台所へ急ぐ。
 貰ったお水は、冷たくてほてった身体には、気持ちが良かった。

 

 

 

「あ〜、美味しい」
「俺も貰おうか」

「! お父さん!」
「いつ帰ってきたの!?」

 びっくりして振り返ると、そこには確かにお父さんがいた。
 声がするまで、全然気がつかなかった。

 

「軽く気配を絶っただけで、気がつかないとはな。お前たちもまだまだだ」
「む〜……」

 さっきまで、そのことでむんむんしていただけに、ほっぺたが膨らむのは抑えられなかった。

 

 

 

「……まあ、そこまで準備運動できているなら、すぐにでもいいか」
「「? 何のこと?」」

 聞いたけど、お父さんは軽く笑ってはぐらかせちゃった。

 

「ほらほら、2人ともそんな顔しないの」
「お母さん」
「だって〜」

「いいから、着替えてきて。玄関で待っているからね」

「「??」」

 

 服を差し出しながら言ったお母さんの様子に、2人で首をかしげた。
 だって、お母さん、笑顔だけど……何だかいつもと違う。

 何処かきりっとしてて……綺麗だ。

 あ、いつも綺麗だけど。
 何かが違うんだ。

 

 

 

 

「あれ? これって……」

 部屋に戻って、服を着替えようとして……気づいた。

 これ、魔力が編み込んである。
 かなり細かく。

 

「ねえ、狐鈴……あ」

 背中合わせで着替えていた狐鈴が着ているのは、いつも旅に出る時に着るものだ。
 同じく、魔力が編み込んであって、少しほつれているけれど、とっても丈夫な衣装。

 

 

「ええっ?? 狐白もなの?」
「うん……」

 狐鈴もすぐに気づいたみたいだった。
 着込んでみると、それは狐鈴の服に少しだけ似ている。

 

 薄ピンクの、あまりお金持ちに見えない、でも魔力で防御力をあげてある衣装。
 ベルトは黒い革製で、靴は白のブーツ。
 手袋も同じ色。

 薄い色ばっかりかなと思ったけど、靴下とリストバンドは濃い蒼で、ちょっとずつだけど見えているから、素敵なアクセントだなって思った。

 

 マントはピンクで、少し長いめ。
 裾をまとめて、銀リングで軽くとめてみたら、少し引きずらなくなったと思う。
 狐鈴にも「やってみる?」って聞いたけど、

「もう大分引きずっちゃったからいいよ」

 って。

 けど……この格好で、一体何処にでかけるんだろう?

 

 

 

 

「一体、何があるんだろう?」
「何処か旅に出るのかな!?」

「でも、こんな雨なのに? それに、服以外何も準備してないよ?」
「そうだよね……」

 

「「う〜ん……」」