<壺の悪魔>
「お父さん、まだかな〜」 あれから何日経ったけど、お父さんはまだ帰ってこない。
「遅いね、お父さん」 「何? 狐白」
気のせいなんかじゃない。 これは確信だ。 お父さんが出かけて以来、狐鈴は時々こんな顔をする。 本当はものすごく聞きたかったけれど、触れちゃいけない気がしたから。
でも、今日は違う。 狐鈴はあんまり雨が好きじゃない。
雪は冷たいけれど、真っ白で綺麗で、楽しくて、大好きなんだけど。 けど……朝からず〜っと、こんなにザアザアと降るのは、あんまり好きじゃない。
だって……お父さんが濡れるから。 何処を旅しているのか分からないから、向こうでは降っていないとも思えるけれど。
「うん……狐白は、何でも分かっちゃうね」 「でも、きっぱりじゃなかったら、分かるんでしょう?」 だって、同じだから。
「……わたしだって連れて行って欲しかったよ。いつもの旅みたいに、長くならないんだったら」 ほらやっぱり。
強くなったと思ってた。 でも……お父さん、置いていっちゃったんだもん。
「……む〜」 言葉にしたら、何だかむらむらしてきた。 狐鈴も同じみたいだ。
「狐白。手合わせしよっか」 じっとしているなんて、わたしたちらしくないよね! 雨が降っているから、お外には出られないけど。 一番広い渡り廊下に、どちらともなく駆けだしていった。
「はあっ!」 魔法なんて使ったら、廊下が吹き飛んじゃうから、格闘技の組み手をやることにした。 ジャンプ力や素早さはわたしが少し上だけれど、一撃一撃は狐鈴の方がずっと強い。 また腕が上がってる。
「狐白も強くなったね」 ひとしきりやって、うっすら汗をかいてきたところで、狐鈴が言った。 「喉かわいたね、お水飲みに行こうか」 ぱたぱたと走って、台所へ急ぐ。
「あ〜、美味しい」 「! お父さん!」 びっくりして振り返ると、そこには確かにお父さんがいた。
「軽く気配を絶っただけで、気がつかないとはな。お前たちもまだまだだ」 さっきまで、そのことでむんむんしていただけに、ほっぺたが膨らむのは抑えられなかった。
「……まあ、そこまで準備運動できているなら、すぐにでもいいか」 聞いたけど、お父さんは軽く笑ってはぐらかせちゃった。
「ほらほら、2人ともそんな顔しないの」 「いいから、着替えてきて。玄関で待っているからね」 「「??」」
服を差し出しながら言ったお母さんの様子に、2人で首をかしげた。 何処かきりっとしてて……綺麗だ。 あ、いつも綺麗だけど。
「あれ? これって……」 部屋に戻って、服を着替えようとして……気づいた。 これ、魔力が編み込んである。
「ねえ、狐鈴……あ」 背中合わせで着替えていた狐鈴が着ているのは、いつも旅に出る時に着るものだ。
「ええっ?? 狐白もなの?」 狐鈴もすぐに気づいたみたいだった。
薄ピンクの、あまりお金持ちに見えない、でも魔力で防御力をあげてある衣装。 薄い色ばっかりかなと思ったけど、靴下とリストバンドは濃い蒼で、ちょっとずつだけど見えているから、素敵なアクセントだなって思った。
マントはピンクで、少し長いめ。 「もう大分引きずっちゃったからいいよ」 って。 けど……この格好で、一体何処にでかけるんだろう?
「一体、何があるんだろう?」 「でも、こんな雨なのに? それに、服以外何も準備してないよ?」
「「う〜ん……」」
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