<壺の悪魔>

 

 

 

 わたしの名前は、狐白(こはく)。

 

 白狐の末裔のお母さんと、銀狐の生き残りであるお父さんから生まれた、ハーフ。

 でも、見た目は白狐に近いみたい。
 白狐と銀狐の違いは、わたしにはよく分からないけど、髪の色や獣耳・しっぽの色が、お母さんのに似ているから。
 お母さんよりも、ほんのちょっと銀色が強いみたいだけれど。

 それでも、お父さんの銀の輝きには勝てない。
 本当に、降り積もった雪に満月の月明かりが差し込んだような色をしている。
 とても敵わない。

 私も……双子の兄の狐鈴も。

 

 

 けれど、そのことを実感することは、一年の内、ほんの一時だけ。

 闇の世界からの追っ手を回避するために、お父さんと狐鈴は旅に出ているから。
 本当に、時々ふらりと戻ってくる、その時だけ……

 

 

 

 

 ……そして、今日は、その『ほんの一時』なんだ。

 

 

 

 昨日の晩だった。
 いつものように、お母さんと御祖母様、曾御爺様、そしてわたしの4人で、晩ご飯を食べていた時。

 いきなりお母さんが立ち上がった。

 皆びっくりしたけれど、すぐに分かった。
 『狐』はどの種族も嗅覚が鋭いけれど、お母さんは特別すごい。
 わたしたちが気づかないようなことにも、ぱっと気づいちゃうんだ。

 そんなお母さんがご飯中でも立ち上がることっていったら……一個しかない。

 

「瑪瑠、迎えに行ってらっしゃい」

 御祖母様が微笑んで言って、それからお女中さんに料理の追加を頼んでくれた。
 こうなったら、間違いない!

 

 

「お母さん! わたしも行く!」

 椅子から飛び降りて、返事も聞かずに玄関へ走った。
 お母さんも後ろからついてきているのが、足音で分かる。

 広いお屋敷だけれど、こんな日はいつもよりも廊下が長く長く感じられる。
 ああ、早く玄関まで行きたいのに!!

 

 ようやく辿り着いた玄関の扉を開けながら、外へ飛び出した。

 勢いのまま、階段を駆け下り、最後はジャンプ!

 

 

 

「お帰り、狐鈴!!」

「ただいま、狐白!!」

 

 

 

 標準を合わせていなくたって、いつもちゃんと彼は受け止めてくれる。

 だって、わたしと彼は、ひとつだったんだもん。
 大事な大切な、他の誰にもかえられない、もう1人のわたし。
 色が違うだけで、同じ瞳をした双子の兄。

 

 何十日かぶりに、狐鈴とお父さんが帰ってきたんだ。

 

 

 

 

 

「曾御爺様の様子がおかしい?」

 

 昨日は御飯食べて、すぐに狐鈴が眠くなっちゃったから、2人で一緒に早くに寝て。
 朝になって、今までのお互いのことを報告しあった。

 碧兄ちゃんたちが妖精さんのことを聞きに来たって言ったら、すごく羨ましがられちゃった。
 そうだよね、狐鈴だってお兄ちゃんたちに会いたかったよね。

 

 でも、狐鈴の方も、すごいことがいっぱいだったんだ。
 狐鈴の力が上がってきたからって、戦闘を1人で任されることもあったって!

 わたしもお母さんから教わった魔法や、莉斗兄ちゃんに教わった格闘技で、1人でも戦えるようにはなってきたけれど。
 出くわしたモンスター全部を相手になんて、まだしたことない。

 やっぱり、狐鈴ってすごいなー。

 

 

 そして……わたしはここ最近で、一番気になっていることを、狐鈴に話した。

 

「うん……何だか、悩んでいるみたいで」

 曾御爺様はよく喋るわけじゃないけど、無口な人じゃない。
 なのに、ここしばらく、何だか思い詰めたみたいに黙り込むことが多いんだ。

 そのこと、御祖母様もお母さんも気にしているけれど、誰にも言ってくれなくて。

 

 

 

「お母さんも、お父さんが帰ってきてくれたら、相談してみようかなって言ってた。だから、もしかしたら昨日のうちに話しているかも」
「……そういえば、お父さん今朝から姿が見えないけど」

 朝ご飯の時にもいなかった。

 でも、お父さんはサラボナに帰ってきても、ずっとお屋敷にいるわけじゃない。
 モンスターの襲撃があっても、お父さんが帰ってくる頃まで、お屋敷の結界が持ち堪えられる範囲には居てくれるけど。

 どうして? って一度聞いてみたら、「性に合わない」って分かるような分からないような答えだった。
 子供の頃から、ずっと旅をしているからなのかな?

 

 だから、「傍にいる」って思ってて、気にしていなかったけど。

 

 

 

「ひょっとして、何かあったのかな?」

 急に不安になって、狐鈴と手を繋いで、お母さんの元に走った。

 

「ねえ、お母さん。お父さん何処?」
「何処に行ったの? もしかして、曾御爺様のことと関係あるの?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせちゃったけど、お母さんはものすごく驚いた顔にはならなかった。
 予想してた、そんな顔だった。

 

 

 

「ええ。実は、私が御爺様のことを話す前に、御爺様の方が蔵馬に相談してきたの」
「曾御爺様から?」

 これにはちょっとびっくりした。

 曾御爺様は、お父さんのことを、もちろん信頼している。
 お母さんが選んだ人だ、わたしたちのお父さんだって。

 でも、いつも家にいるわたしたちには言えないことを、旅に出ていたお父さんに言うのは……びっくりするしかなかった。
 それだけ、お父さんが頼りになるって思ってるわけだから、嫌ではなかったけど。

 

 

「それでそれで?」
「理由はよく分からないんだけれど、此処から北へ行った祠にある壺の色を確かめてきて欲しいらしいの。赤かったら、すぐに戻ってきてって」

「「壺??」」

 壺ってなんだろう?

 このお屋敷にも壺はたくさんあるけど、でも赤いのなんてあったっけ?
 ほとんどが、蒼か白で統一されてて、あんまり暖色のはなかったと思うけど……。

 

 

 ……違う。

 祠なんて、このお屋敷にはない。
 ううん、サラボナにもない。

 だから、それはきっと、

「サラボナの外にあるってこと?」
「そうみたい。北に水門があるのは、知ってるでしょ? あの近くだって」

 やっぱり。
 水門の近くってことは、かなり遠くだ。

 

 

 

「お父さん、1人で行ってるの?」
「ええ。お屋敷の結界、強くなってるでしょう? これで数日は大丈夫だからって」

 そういえば、結界が分厚くなってる。
 でも、お父さんが出かけてるってことは、御祖母様がほとんどやったってことだよね?

 

 

「御祖母様、大丈夫なの?」
「今、眠っているわ。少し休めば大丈夫だって、言ってたから。そっと静かに、ね?」

「「は〜い」」