<11 父さん>
案の定、光るオーブを手渡された蔵馬は、先ほどとの違和感を感じ取ったらしく、少し怪訝に大人の蔵馬を見上げていた。 だが、大人の蔵馬は何処ふく風といった感じで、笑みを浮かべている。
「……『自分』で遊んでる」 何となく脱力しかけた、その時だった。
【蔵馬。何処にいる?】 【あ、父さん】 【!!】
「「!!!」」
幼い蔵馬が振り返った。 父さん、そう呼んだことで、嫌でも理解してしまった。 この人が祖父。 この人が……もうすぐ亡くなることを。
【ん? 誰だ? 見かけん顔だが】 どうやら、祖父は大人の蔵馬のことが、全く分からないらしい。 いや、無理もないかもしれない。 大人と子供。
【ついさきほど、会ったばっかりだよ】 【……いいえ。元気な息子さんですね】
「「…………」」
その、あまりに他人行儀すぎる態度に、紅光と碧は胸の奥が痛くなるのを感じた。 分かってしまった。 蔵馬は……何も言う気がないのだと。
【それで、父さん。何か用事?】 【ラインハット……ですか】 【……そうですね】
【では、私は忙しいので、これで】 【ん? 何だね?】
【お気を付けて】
その短い一言に……どれほどの意味がこめられているのか。 おそらく、祖父は分からなかっただろう。
【……ああ、ありがとう】 返事を返し、祖父は幼い蔵馬を連れて、近くの民家へ入っていった。 【父さん、どうかしたの?】
声が遠くなって行く。 何も聞こえなかった。
ゆらり。 絵が揺れた。 そして、次の瞬間、大人の蔵馬は碧たちの前に戻ってきていた。
「……ゴールドオーブ、手に入れたよ」 見せられたオーブは、確かに光るオーブではなく、ゴールドオーブ。
「……父さん、すまない」 「その……見ていた」 得心したように、苦笑する蔵馬。
「本当に……すまない」 確かにそうだけれど。 だって、自分から、何があったのか、言わなかったのだから。
「忘れてもいいよ。元々、お前たちが生まれる前のことなんだから」 それでも、受け入れてくれた。
辛い過去のこと。
それだけでも痛いのに。 それを……蔵馬は、変えようとしなかった。
正しいのは、分かっている。 今の蔵馬が、碧が、紅光がこうしているのは、あの過去があったからこそ。 だから……例え、どれほど辛い過去であっても。
蔵馬が行ったのは、『未来』を変えるための、最小限の行動だけ。 それは最も正しい形だった。
でも。 正しいそれを、一体誰に見られたいと思うだろうか?
心の傷を……失いたくない人を。 変えようとしなかった。
もしも……もしも、あの時言っていれば。 何かが違ったのかも知れない。
あの時、あの時と。 その疑問と後悔は、一生抱えて行かねばならないものだ。
それを見られた。
なのに、すぐに許して……いや、最初から怒ってもいない。 それはつまり。 自分が背負うものだから、と。
(……全部自分で……背負っていくのか) 部屋から出て行こうとする父の背中を見つめ、碧は思った。 桑原との会話から、知っていたことだけれど。 父の自分たちへの想い。
(背負いこみすぎだよ……俺たちだって、無関係なんかじゃないのに……) 彼が、過去を変えたくなかったのは。 変えた結果が、怖かったから。
不器用な愛情を、こんな形で理解してしまうなんて。
「ねえ」 「俺も見えた」 「でも、俺は忘れない。兄さんだって、忘れないよ」
「だって、俺たちは父さんの子供だから。忘れない、絶対に」 くしゃくしゃと頭を撫でられたけれど。
「……今日だけだよ」 「うん。それでいい」 獣耳に水滴が落ちてきたことは、黙っておいた。
第五章 終わり
〜後書き〜 第五章にして、まだ天空城復活ならず……遠い、果てしなく、終わりが遠いです。 次回はまた間章で、妖狐ファミリーになるかと思われます。
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