<10 過去の絵>

 

 

 

「…………」

 その絵の前で、碧と紅光は無言で立っていた。

 ついさっきまで……そこには、もう1人いた。
 確かにいたのだ。

 でも、今は2人……。

 

「……大丈夫かな」
「父さんなら、心配いらないだろう」

 言いつつも、紅光も不安の色を隠せない。

 

 蔵馬が絵の中へ吸い込まれて、一体どれくらい経ったのだろう?

 1時間? 2時間?
 いや……もしかしたら、数分程度なのかもしれない。

 ただ、自分たちが不安に思うせいで、時間が長く感じられるだけで。

 

 

 

「……兄さん、『緋の目』で見えない?」
「…………」

 本当のところ、紅光もそれを考えていた。
 可能性としては高い。

 ただ……見てもいいのかどうか、悩んでいたのだ。

 

 

 

 

 ……妖精城にて、妖精の女王に出逢い。
 ゴールドオーブについて聞いてみると、答えはこうだった。

 今の妖精に、ゴールドオーブを造る力はない。
 天空城が落ちた時から、試作品をいくつも造ってみたが、ただ光り輝くだけのオーブしか造れなかった。

 

 そう言って、差し出された光るオーブ。
 そんな出来損ない、貰ってどうするのかと碧たちは考えたが、蔵馬は無言で受け取った。

 何処までも、迷いのないその姿に、女王は何かを感じ取ったのだろうか?

 

 

「二階の小部屋に。貴方ならば……運命をかえられるかもしれません」

 意味深にそう告げた。
 蔵馬は礼を言って、示された部屋へ。
 碧と紅光ももちろん着いていった。

 

 部屋にあったのは、壁にかけられた1枚の絵。
 何が描いてあるのか、ぼんやりとしていて、よく分からない。
 絵画は、碧も紅光も、人並み程度にしかやらなかったから、善し悪しも判断出来なかった。

 ただ……ひどく惹かれた。

 

「……父さん?」

 ぼうっと見ていたのは、碧たちだけではなく。
 いや……紅光に声をかけられても、蔵馬は絵から目を離さなかった。

 そして。

 

 

「あっ……」

「父さん!?」

 

 2人の目の前で、彼は、消えた。

 

 

 

 ……動揺する碧たちに、傍にいた妖精が、そっと声をかけた。

「この絵は心を映すのです。おそらく、彼の心からの……望みにこたえたのでしょう」

 だから、心配するなと。
 暗にそう告げ、妖精は部屋を出て行った。

 

 ぽつんっと残された兄弟は、結局絵を見ているしかなかったのだ。
 心を移すと言われても、具体的にどういうことなのか、よく分からない。

 今の蔵馬の願いといえば、おそらくはゴールドオーブに関連することだろう。

 一番の望みはもちろん、妻の梅流であり、母のはず。
 しかし、彼女たちを取り返すには、まず天空城を復活させる必要性がある。
 そのためには、ゴールドオーブを手に入れるしかないのだ。

 

 けれど、それとこの絵と一体どういう関わりがあるのか……。

 

 

 

 

「やってみる」

 しばらくの沈黙の後、紅光が言った。
 何をかは、聞かずとも分かること。

 そっと兄の手を握りしめ、碧は頷いた。

 

「……誰も見てないよ、大丈夫」
「ああ」

 一度瞳を閉じて。
 再び開いた時、紅光の瞳はうっすら赤みを帯びていた。

 

 

 そして、見た。

 2人は。

 

 

「「あっ……」」

 何故、『緋の目』を持たぬ碧にも見えたのか。
 兄の手を握っていたためか、それとも『勇者』の血なのか、それは分からない。

 

 だが、確かに2人は見たのだ。

 絵の中に。

 父の姿を。

 

 

 

 ……場所は、何処かの小さな村のようだった。

 あまり裕福ではないけれど、村人皆が協力しあって、小さな幸せを満喫しているような。
 過酷な生活の中にも、生きる希望を抱き続けている。

 ほっと心が癒される。
 そんな村。

 

 そして、教会と思われる建物近くに、父は居た。

 その正面に、もう1人。

 

「あれって……子供の頃の」
「ああ。父さんに違いない」

 桑原の過去視で見せられた、ゴールドオーブを拾った頃の蔵馬。
 現在の自分たちよりも、遙かに幼かった子供。

 それが今、大人の蔵馬の目の前に立っていた。

 

 

 碧たちが見ている前で、大人の蔵馬が、子供の蔵馬に話しかけている。

 自分によく似た人だけれど。
 どうやら、子供の蔵馬は少し不思議に思っている程度で、気にしていないらしい。
 ニコニコと笑顔でこたえていた。

 そこには今の蔵馬のような、何処か影を背負っている様は……ない。

 何となく雰囲気は、一般的な子供よりも落ちついて見えるけれど。
 それでも、何も背負っていない、柔らかな空気がこちらにも伝わってきた。

 

 ということは、つまり、

「……まだ、生きているんだね」
「ああ……」

 誰が、とは言わなくても。
 お互いに分かっていた。

 

 

 祖父は生きている。
 まだ、生きている。

 父が誰にも見せぬ影。
 自分たちへの想いを複雑にさせているもの。

 その要因となった祖父は、まだこの頃には生きていたのだ。

 

 

 

「……ねえ、兄さん」
「何?」

「この頃にさ、その……祖父さんがもし……」
「碧」

 言いかけた言葉を、紅光は遮った。
 言うなと告げたのかと思ったが、違った。

 

 子供の蔵馬が、何かを懐から取り出していたのだ。
 それは……キラキラと金色に輝いていた。

 

 

「あれが……」
「間違いない。ゴールドオーブだ」

 妖精の女王に渡された光るオーブも、とても大きな光を放っていたが。
 あれは見た目だけだった。

 幼い蔵馬が持っているのは、あれとは違う。
 もっともっと、うちに強い力を秘めているのが、ここからでも分かった。

 

 

「……もし、子供の頃の父さんが、秘められた力を深く考えなかったんだとしたら……」
「……でもこれは絵だよ? 持ち帰れるかな……」

 おそらく千載一遇の……またとないチャンス。
 リスクはある。
 成功する保障もない。

 だが、やるしかない。

 食い入るように見つめる2人の前で。

 

 大人の蔵馬は、それを見せてくれと告げ、子供の蔵馬は、あっさりと手渡した。

 大人の蔵馬の行動は素早かった。
 碧たちにさえ、はっきりと見えないほどに。

 

 一瞬にして、ゴールドオーブと光るオーブをすり替えたのだった。