<9 妖精城>
いきなりの指摘に驚く碧たちだったが、考えてみれば、『勇者』の品々を身につけているのである。 最も、それが可能なのも限られた妖精だけなのか、それともドジのせいなのか。
「君が『勇者』なんだね。はじめまして、ぼたんです」 「で、そっちがお姉ちゃんかい? 可愛いね〜」 憮然としながら言う紅光。 「どうぞ」 しかと確認した後、紅光が言う。
「これでも、私は男です」 当然の反応。 何せ、未だに女装生活だ。 桑原だって、初めて『男』だと開かした時には、ぼたんの十数倍の硬直期間を要し、更にぶっ倒れて後頭部を強打、目を回すこと数分、目覚めてからも、混乱はなかなか解けなかったものである。
「あ〜え〜っと〜〜??」 「は〜、大変だねえ。でもよかったじゃないか! 無理がなくて!」 こめかみが引きつるのを自覚しつつ、紅光は口角を無理矢理上げた。 そんな兄に、碧は笑い転がらぬよう、腹をかかえるしかなかった。
「ゴールドオーブねえ……」 天空城の一件を話した後、ぼたんは少し考え、一度桜の木へ戻った。 再び現れた時、手には深い緑色のオカリナ。
「長に借りてきたんだよ。これがあれば、妖精城に入れるから」 碧が受け取りながら問いかけると、ぼたんは頷き、 「此処とは別にね。あたいたち妖精の女王が住んでいる城があるんだ。深い森の中の湖の真ん中にね。そこは大人も子供も、普通の人間にはさっぱり見えないんだけど。これを吹いたら、見えるはずだから」 「森の湖……」 最近、こんなのばっかりで……皆が疲れるのも、無理はなかった。
「情報っていっても、あたいたち基本的に、この村から出ないし……そういえば、前に向こうの使いが来た時、変なこと言ってたね」 「うん、すぐ近くに、滅茶苦茶高いけどボロい塔があるんだけど。今は誰もいないはずなのに、何週間か前かな。随分と騒がしかった日があったって」 「「あ」」 それはそれはすごい情報ではないだろうか? 滅茶苦茶高くて、しかもボロい塔など、そこら辺にあるものではない。 しかも、数週間前と限定されてもいる。 つまり……以前天空城に繋がっていた、あの塔としか考えられないのだ。
「あそこ……確か近くに湖があったはず」 「あ、もう行くのかい?」 少し残念そうに、ぼたんが言った。
だが、そういうわけにはいかない。 長居したら、旅立ちたくなくなりそうだから。 それほどまでに、此処は居心地の良い世界だった。
「また、機会が在れば、来るよ。此処ではルーラが使えそうだしね」 「いや〜、すごいね、お嬢ちゃん……違った、お兄ちゃん」 「……いいえ、別に」 不機嫌さを隠そうともせずに、腕組みしながら、睨んだけれど。 その場に湧き上がったのは、気まずさではなく、皆の心からの笑いだった。
ルーラで元の世界へ戻った後、魔法の絨毯で天空へ通じる塔を目指した。 湖の岸辺には、小さな小舟。
「霧が深いね」 舳先に座っていた碧が、何かを見つけた。
「碧、どうした?」 碧の声に、全員で見てみると、確かにそこにはハスがあった。 霧ではっきりとは見えないが、それでも幻でないことは、よく分かった。
「妖精界の入り口のに似ているね」 言われる前から、既に碧はオカリナを取り出していた。
……王の試練をこなさずに、代理とはいえ王となった大叔父のことで、一時期グランバニアは混乱しかけていたらしい。 碧も紅光も例外ではなく、教育や剣術・魔術はもちろんのこと。
といっても、無理強いではない。 特に碧は紅光と違い、あまり興味ひかれるものがなく、続けようと思ったものはほとんどなかった。
その中で、碧が唯一、自分から続けたこと。 他の楽器も一通り使いこなせるけれど、オカリナが一番気に入っていて。
ぼたんがこれを差し出した時には、見抜いていたのかと、内心かなり驚いたもの。 奏でる日を、ずっと楽しみにしていた。
「じゃ、吹くよ」 自然、目を閉じる。 音色は美しく、それでいて幻想的。 蔵馬も紅光も、ただひたすらに無言で、旋律を聴いている。
そして……。
「あっ……」 碧がオカリナから唇を離した時、眼前にソレはあった。 晴れた霧の向こう。
妖精城は確かにあった。
*注意* 本来、妖精城へ行くのにいるのは、オカリナではなく、ホルンですが、何となく碧くんが使うイメージでかえてみました。
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