<9 妖精城>

 

 

 

 いきなりの指摘に驚く碧たちだったが、考えてみれば、『勇者』の品々を身につけているのである。
 もしも、妖精界にもそれなりに『勇者』の知識があり、『気』を感じ取れるのであれば、不思議はない。

 最も、それが可能なのも限られた妖精だけなのか、それともドジのせいなのか。
 全然気づいていなかったらしいひなげしは、絶叫ものだったが。

 

「君が『勇者』なんだね。はじめまして、ぼたんです」
「あ、ども……」

「で、そっちがお姉ちゃんかい? 可愛いね〜」
「……父さん、言ってもいいだろうか?」

 憮然としながら言う紅光。
 その隣で、笑いを堪えながら、蔵馬が言った。

「どうぞ」

 しかと確認した後、紅光が言う。

 

「これでも、私は男です」
「…………。……へ?」

 当然の反応。

 何せ、未だに女装生活だ。
 しかも、ほとんど誰も見破ってくれない。

 桑原だって、初めて『男』だと開かした時には、ぼたんの十数倍の硬直期間を要し、更にぶっ倒れて後頭部を強打、目を回すこと数分、目覚めてからも、混乱はなかなか解けなかったものである。

 

 

「あ〜え〜っと〜〜??」
「女装させているんだよ。身分がばれないように」

「は〜、大変だねえ。でもよかったじゃないか! 無理がなくて!」
「……全然フォローになっていませんが」

 こめかみが引きつるのを自覚しつつ、紅光は口角を無理矢理上げた。

 そんな兄に、碧は笑い転がらぬよう、腹をかかえるしかなかった。

 

 

 

 

「ゴールドオーブねえ……」

 天空城の一件を話した後、ぼたんは少し考え、一度桜の木へ戻った。

 再び現れた時、手には深い緑色のオカリナ。
 シンプルだけれど、丁寧につくられているのが一目で分かる品だった。

 

「長に借りてきたんだよ。これがあれば、妖精城に入れるから」
「妖精城? 此処じゃなくて?」

 碧が受け取りながら問いかけると、ぼたんは頷き、

「此処とは別にね。あたいたち妖精の女王が住んでいる城があるんだ。深い森の中の湖の真ん中にね。そこは大人も子供も、普通の人間にはさっぱり見えないんだけど。これを吹いたら、見えるはずだから」

「森の湖……」
「もうちょっと詳しい情報ないの……」

 最近、こんなのばっかりで……皆が疲れるのも、無理はなかった。

 

 

「情報っていっても、あたいたち基本的に、この村から出ないし……そういえば、前に向こうの使いが来た時、変なこと言ってたね」
「変なこと?」

「うん、すぐ近くに、滅茶苦茶高いけどボロい塔があるんだけど。今は誰もいないはずなのに、何週間か前かな。随分と騒がしかった日があったって」

「「あ」」

 それはそれはすごい情報ではないだろうか?

 滅茶苦茶高くて、しかもボロい塔など、そこら辺にあるものではない。
 大概はボロくなった時点で、自然と壊れてしまうはずだから。

 しかも、数週間前と限定されてもいる。

 つまり……以前天空城に繋がっていた、あの塔としか考えられないのだ。

 

 

 

「あそこ……確か近くに湖があったはず」
「即決だね」

「あ、もう行くのかい?」

 少し残念そうに、ぼたんが言った。
 もっとゆっくりしていけばいいのに……そんな雰囲気が伝わってくる。

 

 だが、そういうわけにはいかない。
 此処に関しては、先を急ぎたい気持ちだけではなくて。

 長居したら、旅立ちたくなくなりそうだから。

 それほどまでに、此処は居心地の良い世界だった。
 あの世界にはない、自然のあたたかみがあって。

 

 

「また、機会が在れば、来るよ。此処ではルーラが使えそうだしね」
「へ〜、あんたルーラなんて使えるんだ」
「紅光もね」

「いや〜、すごいね、お嬢ちゃん……違った、お兄ちゃん」

「……いいえ、別に」

 不機嫌さを隠そうともせずに、腕組みしながら、睨んだけれど。

 その場に湧き上がったのは、気まずさではなく、皆の心からの笑いだった。

 

 

 

 

 ルーラで元の世界へ戻った後、魔法の絨毯で天空へ通じる塔を目指した。
 碧たちには、一度来たことのある道とあって、進行は順調。
 件の湖もすぐに見つかった。

 湖の岸辺には、小さな小舟。
 おそらく、妖精の村とを行き来する使いとやらが使うものなのだろう。
 幸い皆が乗っても大丈夫そうなので、拝借することにした。

 

「霧が深いね」
「ほとんど前が見えないな……あれ?」

 舳先に座っていた碧が、何かを見つけた。

 

「碧、どうした?」
「ハスだ」

 碧の声に、全員で見てみると、確かにそこにはハスがあった。
 湖の真ん中に、ぽつんっと。

 霧ではっきりとは見えないが、それでも幻でないことは、よく分かった。
 触れてみて。
 確かにあったから。

 

 

 

「妖精界の入り口のに似ているね」
「つまり、此処が正解ってことだな。碧、オカリナ吹いて」

 言われる前から、既に碧はオカリナを取り出していた。

 

 

 ……王の試練をこなさずに、代理とはいえ王となった大叔父のことで、一時期グランバニアは混乱しかけていたらしい。
 そのこともあってか、王族は文武両道に優れている方がいい、加えて他の技術も尊ばれることが求められていた。

 碧も紅光も例外ではなく、教育や剣術・魔術はもちろんのこと。
 あらゆる芸術的センスも色々と、施された。

 

 といっても、無理強いではない。
 嫌なものは嫌だと言い切っていたし、周囲もごり押ししたりしなかった。
 中には、周囲の方から止めたものもあったけれど(例えば、兄・紅光の料理とか……)

 特に碧は紅光と違い、あまり興味ひかれるものがなく、続けようと思ったものはほとんどなかった。

 

 

 その中で、碧が唯一、自分から続けたこと。
 それがオカリナの演奏だった。

 他の楽器も一通り使いこなせるけれど、オカリナが一番気に入っていて。
 旅へ持ち出そうとも考えたが、陶器だし壊れては……と、国に置いてきた。
 いつか、全てが終わったら、帰るつもりでいるから。

 

 ぼたんがこれを差し出した時には、見抜いていたのかと、内心かなり驚いたもの。
 しかも、はじめて手にするとは思えないくらい、手の平にしっかりと馴染んでいて。

 奏でる日を、ずっと楽しみにしていた。

 

 

 

「じゃ、吹くよ」

 自然、目を閉じる。
 そして、奏でた。

 音色は美しく、それでいて幻想的。
 こんな音ははじめて聴いた。

 蔵馬も紅光も、ただひたすらに無言で、旋律を聴いている。

 

 そして……。

 

 

 

「あっ……」

 碧がオカリナから唇を離した時、眼前にソレはあった。

 晴れた霧の向こう。
 澄んだ湖に、その姿を映し、まるで同じモノが、上下逆に二つあるかのように。

 

 妖精城は確かにあった。

 

 

 

 

 

 *注意*

 本来、妖精城へ行くのにいるのは、オカリナではなく、ホルンですが、何となく碧くんが使うイメージでかえてみました。