<8 妖精の村>
桑原に後を任せ、一端天空城の外へ。
久方ぶりに出会う彼女は、驚きよりも喜びで溢れていた。 また子供1人になって、少し寂しい想いをしていたのだろう。
しかし、今度は長居は出来ない。
「えっとね……うん! ここ! 間違いないよ!」 狐白が指さしたのは、サラボナから東へ行った、間違いなく森の中。
「ありがとう、狐白。また来るからね」 少しの休息と物資の補給。
まだ幼い狐白が行ける場所だから、そこまで危険ではないのかもしれない。 そこから先へ進んだ時、何があるのかは、誰にも分からない。
……そして、その予感は見事に的中した。 森の奥。 周辺の木々が、風もないのに、さわさわとざわめき、何か共鳴しているようにさえ見える。 しかし、問題だったのは、その様子ではなく。
「ルーラが使えないな、この森は……」 「紅光も?」 「そうか。脱出手段がないとなると、気をつけないとね」
この間の一件以来、紅光はぎこちないながらも、なるべく蔵馬を『父さん』と呼ぶようになった。 でも……せめて、呼びたかった。 蔵馬があんな小さな頃に、呼べなくなった……『父さん』を。 当の蔵馬は、不思議に思っているようだが、その反面、少し嬉しそうだった。
「…………」 碧は、まだ、呼べない。
そして、モンスターを倒しつつ、森の奥へ進んでいくと……森の少し開けたところに、ぽつんっとたき火がなされていた。 傍には小さな女の子。
「えっと……君は?」 いちおう警戒しつつ声をかけると、少女の硬直が解け、はっとした彼女はそのまま踵を返して走り出してしまった。
「あ! ちょっと!! 待ってよ!!」 「……誰を?」 蔵馬の言葉に、2人が揃って振り返った。 モンスターたちも驚いたように、こちらを見上げていた。
「……見えなかったのか?」 「居たじゃないか! 俺たちくらいの女の子!!」 「「あ」」
言われて、桑原の言葉を、狐白の言葉を思い出す。 あまりにもはっきりと……それこそ、普通の女の子のように見えたから、全然意識していなかった。
「どっちへ行った?」 紅光の声に、碧もそちらを見る。 先ほど駆けだした少女が、木々の間からこちらを覗き込んでいた。
「えっと……妖精、だよね?」 声も普通に聞こえる。
「私の名は紅光。こっちは弟の碧」 紅光が丁寧に挨拶すると、少女は目の前に立ち、軽く会釈して言った。 「わたし、ひなげし。貴方たち、どうしたの? こんなところで」
ひなげしは、少し考えたようだが、ほとんど迷わず、顔を上げ、 「分かったわ。こっちよ」 パタパタと走り出した。 罠の可能性の否定出来ないけれど、彼女に邪気はない。
「父さん、こっち」 「妖精ってどんな子?」 「赤毛か……じゃあ、彼女じゃないな」 「? ああ、知っている妖精?」 妖精の成長速度は知らないけれど、そう付け足して、蔵馬は黙った。
ひなげしの案内で、森はすぐに抜け出せた。 ひなげしが何かを池に向かって唱えると、ハスの花が幻想的に咲き乱れ、それが道を作り上げた。
「ハスの道か……これ沈まない?」 「多分って……」 落ちたら落ちたで、仕方がない。 幸い、珍しく成功したようで、その必要はなかったが。
そして、神殿内にあった不思議な柱……ひなげしが、旅の扉と呼んだそれに飛び込むと、視界ががらりと変わった。
「ここが……妖精の村?」 温かな日差し。 桜の香りで溢れた、まさに桃源郷。
「うん! いいところでしょ!」 「確かに……」 賛同以外、何も出来ない。
「父さん、見える?」 はっとして、蔵馬を振り返る紅光。
「ああ、大丈夫だ。此処へ入ってから、その子も見えるようになったしね……それにしても、冬の妖精界とは打って変わったものだな」 不思議そうに見上げるひなげし。 「子供の頃にね」 ぱっと蔵馬を見上げ、ひなげしは詰め寄った。
「ああ……そうだけど」 「君、ぼたんの友達?」 浮かれつつ、何処か危なっかしく。
「……ぼたんって?」 呆然と事の成り行きを見守っていた碧が、久しぶりに声を出した。 「ああ。子供の頃、妖精界へ連れてきてくれた妖精の子供だよ」 紅光の問いに、頷く蔵馬。 「まあね。ぼたんは、赤毛じゃなかったから、すぐに別人だと分かったけど」
まもなく、ひなげしが1人の女性を引っ張って戻ってきた。 「蔵馬! あんた蔵馬かい!? いや〜、おっきくなったね〜」 蔵馬が言ったとおり、赤毛ではなく、空色の髪の女性だったが、テンションはなんとなく似ていた。
「あ、その子、リオちゃんだろ? この子もおっきくなったね〜」 「ぼたんさん。『ご健勝、何よりです』だそうですよ」 紅光がさりげなく通訳すると、彼女は驚いたようで、 「え? モンスターの言葉、分かるのかい?」 は〜っと感嘆を漏らした後、ぼたんははっと真面目な顔になり、言った。
「っていうか、その子たち、もしかしなくても、蔵馬の子供? 蔵馬の子供が、『伝説の勇者』だったの?」
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