<7 父の想い>
その後、桑原は再び取り乱し、1人阿鼻叫喚の絶叫三昧を繰り広げていたが、 「あのゴールドオーブって、元々誰が造ったものなんだ?」 という問いかけに、そういえばと思い出したらしく、止まった。
「確かあれな、妖精が造ったもんのはずだ。そうだ! 連中なら、新しいやつを造れるかもしれねえ!」 「会ったことあるのか?」 蔵馬の様子に、何か思い当たる節があることを察したのだろう、紅光が聞いた。
「ああ。もう随分昔だけれど……だが、妖精は通常、彼らの住む世界から出てこない。俺が出会ったのは、たまたまこちらの世界に来ていたからだったし」 「あ、それなら問題ねえよ。確か、どっかの森ん中に、妖精の村に通じる迷路があるはずだ」 「全然問題なくないよっ!!」 思わず、碧が叫び、そういやそうかと、桑原は頬をかいた。 森などこの世界には、嫌と言うほどある。
これでは手がかりがないも同然。 「そういえば……」 「狐白が言っていなかったか? 修行のために、家族と莉斗さんで、サラボナの東に行った時に……他の誰にも見えなかったけれど、不思議な女の子を見たと」 闇の世界からの刺客を回避するため、ほとんど外には出たことがないと言っていた狐白だけれど。 その時のことも、たくさん話してくれた。
「その嬢ちゃんの家族って、全員大人か?」 桑原の問いかけに、紅光は少し考えてから頷いた。
「なら、妖精の可能性が高いな。あいつら、自分たちの世界以外じゃ、子供にしか見えねえはずだからな」 昔を振り返っているのか、蔵馬は少し遠い目をした。 「桑原くん。とりあえず、上に戻って、何処かで休んでいいかな? 一日身体を休めてから、出発するよ」
身体を休める……といっても、城とはいえ、水に沈んだ此処に、宿などあるわけもない。 幸い、トロッコ洞窟とは打って変わって、この中にモンスターの気配はない。
だから……碧と紅光が、同時にふと目を覚ましたのは、本当に偶然のことだったろう。 別に敵襲の気配があったわけではない。 ただ、起きただけ。
「なあ、お前らさ」 聞こえた声は、桑原のもの。 蔵馬なら、一別しただけで気づいたかも知れないけれど。
「なんつーか……この間、会ったばっかだっつーのは分かるんだけどよ。妙に余所余所しくねえか?」 「あ、いや。それが悪ーっつってんじゃねえぜ? ただよ……どっか、ぎこちねえっていうかさ」 何処か諦めたような口調だった。
「ぎこちない、というよりも、正直な話……俺はどうやって子供に接したらいいのか、よく分からないんだよ」 「どうしてやるのが、一番いいのか分からないんだ。今の状況が、正しいのかどうか……」
蔵馬に見え、碧に見え、紅光に見えたのならば。 そして、気づいたはず。 父親が自分のために死んだことも……。
「あの後のことだけど……俺は10年間ほど、一緒にいた男の子と、奴隷として働かされた」 「しっ。2人とも起きるよ」 「……教えたくねえほど、過酷だったってことか?」 「顔は余計だっ」 今度は小さな声だったけれど、それでも2人の耳にはよく届いた。
「上手い具合に逃げ出せたし、結果論としてその後の旅で梅流に……妻に再会できた。そして、2人を授かった。梅流の行方も母の行方も、まだつかめていないが、希望は確実にある。だから、俺の人生は少なくとも、不幸じゃない……だが、結果的に不幸じゃなかったとしても、当時のことに感謝は出来ない」 「そんなもんだろ、人生なんざ」 桑原は否定しなかった。
「可能性は捨てきれない。いや、むしろ俺よりも高いはずだ。何せ、碧は『勇者』だし、紅光は『勇者』の兄だ。俺よりも残酷な目に遭わされるかも知れない……」 桑原は今度も否定しなかった。
出来るわけがない。 今までは出来たかも知れない。 悔しいけれど、強い父がいるんだから、と。 できないことなんてないと、言えたかもしれない。
でも、今は違う。 否定など、できるわけもない。
「そう思うとさ……無理矢理にでも、父さんの故郷に残してきた方がよかったんじゃないかって。叔父が言っていたんだけれど、『剣』と故郷そのものの結界さえあれば、少なくとも、2人の安全は守られるらしい。母さんを、2人の祖母を救うには、『勇者』の力が不可欠らしいけど、それなら、せめてもう少し大きくなるまでだけでも。そうしてやった方がいいんじゃないのかなってね」 「……それを強引にでもやらねえ理由は? 分かってんだろ?」 「そっか……そりゃあ、きついな」
「「…………」」 碧と紅光は、声を出さないよう、必死だった。
考えてもみなかった。 いつも人を食ったようなからかい混じりの言葉で、翻弄して。 その影で、ここまで……想っていてくれたなんて。
子供じみた、ワガママだと分かっていた。
でも、反対されなかったから……そこまで考えていなかった。 気づけなかった。 父の想いに。
「そのせいかな」 「2人がね……特に、碧が……」 「うん……一度も呼ばれたことないんだ。『父さん』って」
(!!)
はっとした。 言わなかったわけではない。
「紅光は何度かあるんだ。それでも、ちょっとぎこちないけど。でも、碧は一度もない。梅流のことは話の上でも、『母さん』って呼ぶんだけどね」 「でもそれなら、名前で呼んでもいいだろう? 現に君のことは、名前で呼んでるし。俺と会うまで、旅をしていた俺の叔父のことも、渾名で呼んでた。俺は『何でも』呼ばれたこと、ないんだよ」 一度言葉を切って、蔵馬はたき火の調整をした。
「叔父は少し突っ慳貪な人なんだけど、2人はすごく懐いてた。その奥さんにもね。会ってすぐの桑原くんにも、2人とも懐いてる……情けないけど、実の父親の俺には、全然。俺がふがいないから、嫌われても仕方ないんだけどね」 「いや、嫌いっつーこたあねえだろ……あ〜、どう言ったらいいのか、分かんねえけどよ……」 ぼりぼりと頭をかきむしりながら、桑原が蔵馬を見据える。
「お前がぎこちねえ分、あいつらだって、ぎこちなくなるんじゃねえの? 子供って敏感だぜ、そういうの」 「今すぐ、変われとは言わねえよ。けどさ。ガキの頃のお前とは、明らかに違うっていうのも、分かってんだろ?」 「だったら、そのうち何とかなるんじゃねえの?」 再び周囲に静寂が落ちた。
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