<7 父の想い>

 

 

 

 その後、桑原は再び取り乱し、1人阿鼻叫喚の絶叫三昧を繰り広げていたが、

「あのゴールドオーブって、元々誰が造ったものなんだ?」

 という問いかけに、そういえばと思い出したらしく、止まった。

 

 

「確かあれな、妖精が造ったもんのはずだ。そうだ! 連中なら、新しいやつを造れるかもしれねえ!」
「妖精……そうか、彼女たちが……」

「会ったことあるのか?」

 蔵馬の様子に、何か思い当たる節があることを察したのだろう、紅光が聞いた。

 

「ああ。もう随分昔だけれど……だが、妖精は通常、彼らの住む世界から出てこない。俺が出会ったのは、たまたまこちらの世界に来ていたからだったし」

「あ、それなら問題ねえよ。確か、どっかの森ん中に、妖精の村に通じる迷路があるはずだ」
「……その……どこかの森の中って、どの辺りか知ってる?」
「知らねえ」

「全然問題なくないよっ!!」

 思わず、碧が叫び、そういやそうかと、桑原は頬をかいた。

 森などこの世界には、嫌と言うほどある。
 天空城の手がかりをくれた天空人だって、もうちょっと分かりやすかったというのに。

 

 

 これでは手がかりがないも同然。
 さてどうしたものかと思っていた時、

「そういえば……」
「兄さん?」

「狐白が言っていなかったか? 修行のために、家族と莉斗さんで、サラボナの東に行った時に……他の誰にも見えなかったけれど、不思議な女の子を見たと」
「! 言ってた言ってた!」

 闇の世界からの刺客を回避するため、ほとんど外には出たことがないと言っていた狐白だけれど。
 極々稀に、街から出て、外で修行していたらしい。

 その時のことも、たくさん話してくれた。
 特に、自分にしか見えなかった女の子のことを……。

 

 

「その嬢ちゃんの家族って、全員大人か?」

 桑原の問いかけに、紅光は少し考えてから頷いた。
 狐鈴が銀色と共に旅に出た後なのだから、子供は彼女1人だったはず。

 

「なら、妖精の可能性が高いな。あいつら、自分たちの世界以外じゃ、子供にしか見えねえはずだからな」
「そういえば、俺が会った妖精もそうだったな……」

 昔を振り返っているのか、蔵馬は少し遠い目をした。
 が、すぐにいつもの表情に戻り、

「桑原くん。とりあえず、上に戻って、何処かで休んでいいかな? 一日身体を休めてから、出発するよ」
「おう! 好きにしてくれ!」

 

 

 

 

 身体を休める……といっても、城とはいえ、水に沈んだ此処に、宿などあるわけもない。
 日頃使っている寝袋とシートを引っ張り出し、床に敷いて寝ることにした。

 幸い、トロッコ洞窟とは打って変わって、この中にモンスターの気配はない。
 警戒を緩めるわけにはいかず、交代で見張りを立てることにはしたものの、いつもよりは安心して眠りにつけた。

 

 だから……碧と紅光が、同時にふと目を覚ましたのは、本当に偶然のことだったろう。

 別に敵襲の気配があったわけではない。
 不穏な空気を感じ取ったわけでもない。

 ただ、起きただけ。

 

 

 

「なあ、お前らさ」

 聞こえた声は、桑原のもの。
 紅光は背を向けているし、碧は紅光の影になっている。
 多分、こちらが起きたことには気づいていない。

 蔵馬なら、一別しただけで気づいたかも知れないけれど。
 ちらりと見た時、蔵馬は丁度自分たちに背を向けた姿勢で座っていた。
 おそらくだが、彼も気づいていないと思われた。

 

 

「なんつーか……この間、会ったばっかだっつーのは分かるんだけどよ。妙に余所余所しくねえか?」
「…………」

「あ、いや。それが悪ーっつってんじゃねえぜ? ただよ……どっか、ぎこちねえっていうかさ」
「……そうかもね」

 何処か諦めたような口調だった。

 

 

「ぎこちない、というよりも、正直な話……俺はどうやって子供に接したらいいのか、よく分からないんだよ」
「分からねえって……」

「どうしてやるのが、一番いいのか分からないんだ。今の状況が、正しいのかどうか……」
「……お前が気にしてんのは、親父のことか?」

 

 蔵馬に見え、碧に見え、紅光に見えたのならば。
 当然、術者たる桑原も見えていたはず。

 そして、気づいたはず。
 ゴールドオーブを持っていた少年が、蔵馬だということに。

 父親が自分のために死んだことも……。

 

 

「あの後のことだけど……俺は10年間ほど、一緒にいた男の子と、奴隷として働かされた」
「奴隷!? マジ!?」

「しっ。2人とも起きるよ」
「あ、わりー……ってことは、あいつらは知らねえのか?」
「いや……掻い摘んでだけ、知ってる。詳しいことは、教えてないよ」

「……教えたくねえほど、過酷だったってことか?」
「桑原くん、顔に似合わず、察しがいいね」

「顔は余計だっ」

 今度は小さな声だったけれど、それでも2人の耳にはよく届いた。

 

 

 

「上手い具合に逃げ出せたし、結果論としてその後の旅で梅流に……妻に再会できた。そして、2人を授かった。梅流の行方も母の行方も、まだつかめていないが、希望は確実にある。だから、俺の人生は少なくとも、不幸じゃない……だが、結果的に不幸じゃなかったとしても、当時のことに感謝は出来ない」

「そんなもんだろ、人生なんざ」
「否定しないでくれて、ありがとう……でもね。時々、どうしても不安になるんだ。幼い子供のうちから、旅に出て……もしも、俺みたいな目にあったらって」
「…………」

 桑原は否定しなかった。

 

「可能性は捨てきれない。いや、むしろ俺よりも高いはずだ。何せ、碧は『勇者』だし、紅光は『勇者』の兄だ。俺よりも残酷な目に遭わされるかも知れない……」
「…………」

 桑原は今度も否定しなかった。

 

 

 出来るわけがない。
 碧たちにだって、無理だ。

 今までは出来たかも知れない。

 悔しいけれど、強い父がいるんだから、と。
 また、幼い頃の蔵馬より、自分たちの方が、年上なんだから、と。

 できないことなんてないと、言えたかもしれない。

 

 でも、今は違う。
 蔵馬の父が亡くなった理由が分かった今となっては。

 否定など、できるわけもない。

 

 

 

「そう思うとさ……無理矢理にでも、父さんの故郷に残してきた方がよかったんじゃないかって。叔父が言っていたんだけれど、『剣』と故郷そのものの結界さえあれば、少なくとも、2人の安全は守られるらしい。母さんを、2人の祖母を救うには、『勇者』の力が不可欠らしいけど、それなら、せめてもう少し大きくなるまでだけでも。そうしてやった方がいいんじゃないのかなってね」

「……それを強引にでもやらねえ理由は? 分かってんだろ?」
「ああ……2人がそれを望んでいない。はっきり聞いたことはないけど、暗に含ませたら、素直な表情だったよ。絶対に嫌だってね。国が嫌いなわけじゃない。むしろ好いてくれてると思う。ただ……のけ者にされたくないらしいんだ」

「そっか……そりゃあ、きついな」

 

 

「「…………」」

 碧と紅光は、声を出さないよう、必死だった。

 

 考えてもみなかった。
 父がそんなことを考えているなど。

 いつも人を食ったようなからかい混じりの言葉で、翻弄して。
 人で遊んでいるような態度で、楽しんでいて。

 その影で、ここまで……想っていてくれたなんて。

 

 子供じみた、ワガママだと分かっていた。
 旅の危険性を分かっていつつも。
 国へ帰ることを、拒否した。

 

 でも、反対されなかったから……そこまで考えていなかった。

 気づけなかった。

 父の想いに。

 

 

 

 

「そのせいかな」
「何が?」

「2人がね……特に、碧が……」
「何かあんのか?」

「うん……一度も呼ばれたことないんだ。『父さん』って」

 

(!!)

 

 はっとした。
 そういえば一度も……なかった。

 言わなかったわけではない。
 無意識に、避けていた。

 

 

「紅光は何度かあるんだ。それでも、ちょっとぎこちないけど。でも、碧は一度もない。梅流のことは話の上でも、『母さん』って呼ぶんだけどね」
「そりゃあ……会ったばっかりだしよ」

「でもそれなら、名前で呼んでもいいだろう? 現に君のことは、名前で呼んでるし。俺と会うまで、旅をしていた俺の叔父のことも、渾名で呼んでた。俺は『何でも』呼ばれたこと、ないんだよ」

 一度言葉を切って、蔵馬はたき火の調整をした。
 からんっと、薪が床を転がる音がする。
 妙に高く響いた。

 

「叔父は少し突っ慳貪な人なんだけど、2人はすごく懐いてた。その奥さんにもね。会ってすぐの桑原くんにも、2人とも懐いてる……情けないけど、実の父親の俺には、全然。俺がふがいないから、嫌われても仕方ないんだけどね」

「いや、嫌いっつーこたあねえだろ……あ〜、どう言ったらいいのか、分かんねえけどよ……」

 ぼりぼりと頭をかきむしりながら、桑原が蔵馬を見据える。
 薄く開いた瞳で見た顔は……今までにないくらい、真面目であった。

 

 

 

「お前がぎこちねえ分、あいつらだって、ぎこちなくなるんじゃねえの? 子供って敏感だぜ、そういうの」
「…………」

「今すぐ、変われとは言わねえよ。けどさ。ガキの頃のお前とは、明らかに違うっていうのも、分かってんだろ?」
「……何となくはね」

「だったら、そのうち何とかなるんじゃねえの?」

 再び周囲に静寂が落ちた。