<5 落ちた城>

 

 

 

 トロッコから投げ出された彼は、桑原と名乗った。

 

 嘘か本当か、あのトロッコで20年間も回り続けていたらしい。

 年齢を感じさせない顔立ちで、一体何歳なのか分からないが、少なくとも30代後半にはさしかかっていないはず。
 つまり少なくとも、10代前半の頃から廻っていた計算になるのだが……。

「ああ、そりゃあそれだろ」

 と、よく分からない答えが返ってきた。

 

 これも嘘か本当か分からないが、天空人らしい。
 しかし、以前出会った天空人とは全く姿が違うし、羽もない。

 それについては、

「あんな面倒なもん、つけてられっか」

 と、これまたよく分からない答えであった。

 

 しかしまあ、邪気は感じられないから、多分敵ではない…だろう。

 

 

 

「それで、桑原くんはこの洞窟で何を?」
「ああ、天空城行こうとしたんだけどよ。迷っちまってさ。お前らは? あ、お前らももしかして、天空城行くのか? だったら、一緒に行こうぜ!」

「……道、分からないんだよね?」
「細かいこと、気にすんなって! さっさと進んでくれや!」

 強引というか何というか。
 しかし、悪い気はしない。

 

 そういえば、蔵馬のかつての従者に少し似ている気もする。
 顔ではなくて、雰囲気が。

 多分、人好きする性格なのだろう。
 ちょっと変な人だけれど。

 

 

 

 桑原を仲間に加え、碧たちは更に洞窟を奥へ進んだ。
 無口ではないが、多弁とは言えない一行の中、桑原は1人でよく喋った。

「でよ! そん時、トロッコのポイント切り替えたら、いきなり後ろからガーンときやがって、戻したら今度は前からきてよ! でもって……」

 どうも、あそこへ辿り着くまでのポイントが、滅茶苦茶になっていたのは、彼のせいだったらしい。
 しかし、それも無理はない。

 彼と出会って以降のポイントも、かなり滅茶苦茶だったから。
 蔵馬が観察し、いちいち指示を出さねば、碧たちだって迷子になっていたことだろう。

 

「は〜、よく分かんな〜、お前らの父ちゃん」
「……得意みたいだよ、こういうの」

 嘘は言っていない。
 でも、素直に同調出来なかった。

 

 

「? 何だ? 喧嘩でもしてんのか?」
「してないよ……そもそも、会ったのだって、ついこの間だから」
「へ? どういうこった??」

 桑原に問い詰められ、結局碧は、自分が『伝説の勇者』であることから、父親がついこの間まで行方不明だったことに加え、母親も見つかっていないことを、洗いざらい吐かされた。

 紅光は何度かぎょっとしていたが、蔵馬は何も言わず。
 止められなかったということは、桑原には話してもいいと、思っているのだろう。
 その心中は分からないが。

 

 

「……結構苦労人なんだな、おめえら」
「同情はいらない」

「してねえよ。そんなバカじゃねえ」
「ならいいけど」

「2人とも。トロッコ乗るよ」

 紅光に呼ばれ、碧たちもそれに乗った。

 

 今までのとは、何か……違う。
 トロッコだけではなく、この空間に入った時から、何か異様な空気を感じていた。

 全員が乗り込み、ゆっくりトロッコが動き出したその時。
 周辺の鉄の塊らしきものが動き、トロッコを押し上げてきた。

 

「……全員、しっかり掴まれ。多分……今までの比じゃない」

 それは生まれた時から、旅をし、常に危険と隣り合わせだった者のカンなのか……。

 自然とキングスライムを握る手に、力がこもる。
 兄も同様に。
 小さなモンスターが2〜3匹、足にしがみついてきた。

 

 

 

 ガクン

 

「ぎゃわわあああーっ!!!」

 叫び声を上げたのは、言うまでもなく、桑原1人だけ。
 確かに今までとは比べものにならないくらい、ものすごいスピードだけれど……。

 

「……そこまで言う?」
「いや、叫んでるのは、恐怖刺激を楽しんでいる証拠だよ。本当に怖かったら、声も出ない」
「なるほど」

 親子3人、実に淡々としたものだった。

 

 

「それはそうとさ」
「何だい?」

「これ……止まった時、大丈夫かな?」

 実際、碧や紅光としては、走り続けている今よりも、止まった時の衝撃の方が心配だった。

 

「だから、しっかり掴まれって」
「……保障ないってこと?」

「そんなもの、旅をする上で、何より一番手に入れられないものだよ」
「あっそ」

 正論と言えば正論か。

 しかし、とりあえずこんなことでは、死にたくない。
 いや、どんなことでも、死にたくないけど。

 とにかく、無事に止まれることを、こっそり願いつつ、碧は拳に込めた力を更に強くした。

 

 

 

 

 ザッパーン

 

 下りに下ったトロッコは、水の中へ突っ込んで、ようやく止まった。
 衝撃でトロッコは砕けたけれど、ポヨンポヨンのキングスライムがクッションとなり、怪我などはなかった。

「兄さん、大丈夫?」
「ああ。碧は?」
「ん、平気」

 よいしょと身体を起こすと、少し離れたところに、何事もなかったように立つ父の姿があった。
 そういえば、どこを握っていたのか見なかったけれど。

 当たり前に着地したのかと思うと、やっぱり少し悔しかった。

 

「……そういや、桑原のおっちゃんは?」
「お〜い〜。これ、どけてくれ〜〜」

 声を頼りに探してみると、何と彼はブラウニーたちの下敷きになっていた。
 まあ、トロッコから投げ出されても無傷だった人だから、誰1人心配してはいなかったが。
 むしろ、モンスターたちのクッションになってくれて、助かったと、安堵したくらい……。

 

 

 

「それはそうとさ……ここが、天空城?」
「らしいね」

 不思議と、水の中のはずなのに、息が出来た。
 いや、水の中という感覚もあまりない。
 浮力がなく、まるで普通の城の中のようだった。

 

「ああ、間違いねえよ。にしても、なんだって落っこちたんだろうな」
「……桑原くん、落ちる前の天空城を知っているのか?」

「あ? 当然だろ。俺は天空人だぜ? 確かな〜、あっちの部屋に天空城浮かす代物があんだよ」

 てくてくと歩き出した桑原に、首をかしげつつ、後を追うことにした。

 彼が向かったのは、最上階の……おそらく玉座。
 だが、目的地はそこではなかった。

 

 

「えっとな。どっかに下に降りる梯子があんだよ……何処だったったけか?」
「これじゃないのか?」

 玉座の後ろに回り込んだ紅光が、ひょいっと顔を覗かせた。
 行ってみると、確かにそこには蓋のようなものが。
 開いてみたところ、間違いなく梯子だった。

 

「おっ! サンキューな!」
「いえ、別に……」
「降りてみようか」

 梯子は長く、しかも周辺は薄暗い。
 途中から水に浸かっていたら……と思ったが、その心配はなかった。

 

 辿り着いた場所は、梯子を下りている時よりも、幾分は明るく、そこそこ周囲が見渡せた。
 といっても、その部屋には家具や調度品などは一切無く、あるものといえば、床に填め込まれた紋様くらい……それも、特に何の気配も感じない、模様に見えた。

 ただ、丁度その位置から、左右に階段が伸びている。

 とりあえず紅光と2人、降りてみると、そこには銀色に輝く物体があった。

 

 

「これ……何だろう?」
「触れても大丈夫だろうか?」

 悪い雰囲気はない。
 むしろ、そっと包み込んで癒してくれそうな、不思議な感覚だった。

 おそるおそる手を伸ばそうとした……その時。

 

 

 

「ああああああーっ!!!」

 

 響いた絶叫に、手が止まる。

「今の……」
「桑原のおっちゃん? 何かあったのか?」

 確か、父と一緒に反対側へ降りたはず。
 急いで階段を駆け上がり、模様を飛び越えて、2人の元へ向かった。

 

 

「桑原のおっちゃん!」
「今のは一体?」

「……ねえ」

「「え?」」

 

「珠がねえ!! 城を浮かすのにいるゴールドオーブ!! あれがねえと、城が飛ばせねえってのに!!」

 桑原の狼狽ぶりは見慣れたものだが、とにかく緊急事態だということは、何となく分かった。