<5 落ちた城>
トロッコから投げ出された彼は、桑原と名乗った。
嘘か本当か、あのトロッコで20年間も回り続けていたらしい。 年齢を感じさせない顔立ちで、一体何歳なのか分からないが、少なくとも30代後半にはさしかかっていないはず。 「ああ、そりゃあそれだろ」 と、よく分からない答えが返ってきた。
これも嘘か本当か分からないが、天空人らしい。 それについては、 「あんな面倒なもん、つけてられっか」 と、これまたよく分からない答えであった。
しかしまあ、邪気は感じられないから、多分敵ではない…だろう。
「それで、桑原くんはこの洞窟で何を?」 「……道、分からないんだよね?」 強引というか何というか。
そういえば、蔵馬のかつての従者に少し似ている気もする。 多分、人好きする性格なのだろう。
桑原を仲間に加え、碧たちは更に洞窟を奥へ進んだ。 「でよ! そん時、トロッコのポイント切り替えたら、いきなり後ろからガーンときやがって、戻したら今度は前からきてよ! でもって……」 どうも、あそこへ辿り着くまでのポイントが、滅茶苦茶になっていたのは、彼のせいだったらしい。 彼と出会って以降のポイントも、かなり滅茶苦茶だったから。
「は〜、よく分かんな〜、お前らの父ちゃん」 嘘は言っていない。
「? 何だ? 喧嘩でもしてんのか?」 桑原に問い詰められ、結局碧は、自分が『伝説の勇者』であることから、父親がついこの間まで行方不明だったことに加え、母親も見つかっていないことを、洗いざらい吐かされた。 紅光は何度かぎょっとしていたが、蔵馬は何も言わず。
「……結構苦労人なんだな、おめえら」 「してねえよ。そんなバカじゃねえ」 「2人とも。トロッコ乗るよ」 紅光に呼ばれ、碧たちもそれに乗った。
今までのとは、何か……違う。 全員が乗り込み、ゆっくりトロッコが動き出したその時。
「……全員、しっかり掴まれ。多分……今までの比じゃない」 それは生まれた時から、旅をし、常に危険と隣り合わせだった者のカンなのか……。 自然とキングスライムを握る手に、力がこもる。
ガクン
「ぎゃわわあああーっ!!!」 叫び声を上げたのは、言うまでもなく、桑原1人だけ。
「……そこまで言う?」 親子3人、実に淡々としたものだった。
「それはそうとさ」 「これ……止まった時、大丈夫かな?」 実際、碧や紅光としては、走り続けている今よりも、止まった時の衝撃の方が心配だった。
「だから、しっかり掴まれって」 「そんなもの、旅をする上で、何より一番手に入れられないものだよ」 正論と言えば正論か。 しかし、とりあえずこんなことでは、死にたくない。 とにかく、無事に止まれることを、こっそり願いつつ、碧は拳に込めた力を更に強くした。
ザッパーン
下りに下ったトロッコは、水の中へ突っ込んで、ようやく止まった。 「兄さん、大丈夫?」 よいしょと身体を起こすと、少し離れたところに、何事もなかったように立つ父の姿があった。 当たり前に着地したのかと思うと、やっぱり少し悔しかった。
「……そういや、桑原のおっちゃんは?」 声を頼りに探してみると、何と彼はブラウニーたちの下敷きになっていた。
「それはそうとさ……ここが、天空城?」 不思議と、水の中のはずなのに、息が出来た。
「ああ、間違いねえよ。にしても、なんだって落っこちたんだろうな」 「あ? 当然だろ。俺は天空人だぜ? 確かな〜、あっちの部屋に天空城浮かす代物があんだよ」 てくてくと歩き出した桑原に、首をかしげつつ、後を追うことにした。 彼が向かったのは、最上階の……おそらく玉座。
「えっとな。どっかに下に降りる梯子があんだよ……何処だったったけか?」 玉座の後ろに回り込んだ紅光が、ひょいっと顔を覗かせた。
「おっ! サンキューな!」 梯子は長く、しかも周辺は薄暗い。
辿り着いた場所は、梯子を下りている時よりも、幾分は明るく、そこそこ周囲が見渡せた。 ただ、丁度その位置から、左右に階段が伸びている。 とりあえず紅光と2人、降りてみると、そこには銀色に輝く物体があった。
「これ……何だろう?」 悪い雰囲気はない。 おそるおそる手を伸ばそうとした……その時。
「ああああああーっ!!!」
響いた絶叫に、手が止まる。 「今の……」 確か、父と一緒に反対側へ降りたはず。
「桑原のおっちゃん!」 「……ねえ」 「「え?」」
「珠がねえ!! 城を浮かすのにいるゴールドオーブ!! あれがねえと、城が飛ばせねえってのに!!」 桑原の狼狽ぶりは見慣れたものだが、とにかく緊急事態だということは、何となく分かった。
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