<4 トロッコ>

 

 

 

「あぎゃああああああああ!!!!」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 呆気にとられる……とは、まさにこのことだろうか?

 目の前で繰り広げられる光景に、親子3人、全く同じ顔をするというのは……もしかしたら、初めてかもしれない。

 

 

 

 

 サラボナを出発してすぐ、3人は蔵馬のルーラで、海辺の修道院という所へ向かった。
 当初はエルヘブンへ行き、そこから道を探して、湖へ……という計画だったのだが、瑪瑠が、

「そういえば、海辺の修道院にいた頃、近くの山に登った時、見たことがあるよ。遠くの大陸に、おっきな湖があるの」

 言われて、地図を確認したところ、その修道院から湖までの距離は、エルヘブンからと大して変わらない。
 むしろ、断崖絶壁だらけのエルヘブンよりも、海の傍にある修道院からの方が、安全かもしれないということになったのだ。

 

 母親の故郷だからと、蔵馬が行きたいと言うかと思ったのだが、彼は何も言わずに、ルーラを唱えた。
 既に碧と紅光が一度訪問し、その経験から入りたがらないでいること、また銀色が故郷の話をするだけで、酷く不機嫌になっていたことで、事情を察したのだろう。

 

 

「本当に便利だね。この絨毯」
「一体どういう構造なのだろうな」
「いいじゃん。乗れればなんだって」

 海辺の修道院から、例の湖までは、銀色から譲り受けた絨毯に乗った。
 というのも、既に追っ手をかけられている可能性や、またグランバニアからの捜索隊が来ることも予想し、これまで乗ってきた船は瑪瑠の祖父に引き取って貰ったから。

 実際、高い山は越えられなくとも、海上を飛ぶ分には、船よりも便利で。
 湖にたどり着くまで、モンスターの襲撃を受けることもなく、すんなりと到着してしまったのだった。

 

 

 

「「「…………」」」

 広い広い湖の中央付近。
 きらきらと輝く水面の下。

 明らかに、自然のものでないモノが、あった。

 

「……城だね」
「ああ。地に落ちた天空城……やはりここだったか」

 この状況で、実は違う城でした……などということはないだろう。
 そもそも、水中にある城など、地形の変動以外では、通常あり得ない。
 だが、この辺りに地殻変動の様子は見られない。

 つまり、上から落ちた……としか、考えられないのだ。

 

 

「じゃあ、行こうか」
「行くって……何処から、入るんだよ」
「泳ぐのか? かなりの距離があるが……」

「そんなことしないよ。ほら」

 蔵馬が指さしたのは、湖のすぐ脇に、小さくぽっかりと開いた洞窟だった。
 あからさますぎるといえば、あからさますぎるけれど。

 

「……罠じゃないのか?」
「じゃあ、泳ぐ?」
「……行く」

 泳げないことはない。
 けれど、この水の中にもモンスターがいない保障は皆無。

 というより、おそらく100%の確率でいる。
 闘いながら、城まで泳ぐのは、いくら何でも無理がある。
 絨毯で真上まで行くという手もあるが、思いの外深い場所に沈んでいるため、泳いで行くのと大して変わらない。

 もっと楽に行ける手段があるならば、多少うさんくささがあったとしても、そちらを行くしかないだろう。

 憮然としながらも、碧は洞窟へ向かって歩を進めた。

 

 

 

 ……洞窟の入り口は思ったよりも狭く、通りにくそうで。
 何気なく、天空への塔で貰った杖を使ってみたところ、あっさりと大岩が砕け、中に入ることが出来た。

「これ……やっぱり、罠かもね」
「どうしてそう思うんだい?」

「だって、ほら。どの石も切り口がまっすぐだ。人工的に作ったのじゃないと、こんなの無理だよ」

 壁に触れながら、碧は言った。
 進んだ先に階段があったことで、予想は確信に変わる。
 降りてみると、更に人工的としか言いようのないものがあった。

 

 

「……トロッコ?」
「この洞窟を造った時の工事用かもね。……床がところどころ途切れてるから、向こうに行くには、乗るしかないか。ポイント切り替えるから、手伝って」

 ぐるっと周辺を見回しただけで、どうやら構造が理解出来たらしい。
 そんな父を見上げつつ、紅光が問いかけた。

 

「乗ったことがあるのか? コレ」
「いや、文献で知っているだけだ。見るのは初めて」
「…………」
「ああ、心配いらないよ。長い間使われてなくて、多少さび付いているけど、状態は悪くない」

 黙ったのは、そういう意味じゃなかったのだけれど。

 見た目は自分たちよりも、少し年上なだけなのに。
 しっかりしていて、頼りになって。

 

 何だか……もやもやして仕方がないのだ。

 言えないけれど。

 

 

 

 その後、蔵馬の的確な指示により、碧たちはもちろん、モンスターも総出でポイントを切り替え。
 トロッコに乗り込み、思った以上の猛スピードに少々慌て。

 それでも、この洞窟の広さを考えると、ものすごくあっさりと先へ進めた。
 やはり、父はただものではない。

 なのに、素直になれないのは何故だろうか?

 

(……兄さんはそれでも、尊敬してるっていうのが、分かるのに……)

 兄の父を見つめる眼差しは、尊敬と憧憬に満ちている。
 そこにちょっとした嫉妬もあるが。

 そんな紅光の心中を、蔵馬は敏感に感じ取っているらしく、苦笑すると同時に、少し楽しんでいるようでもあった。

 

 

 でも、碧を見る時は……何処か、困ったような、そんな顔が多い。

 そんなに困らせていない、と思う。
 愚痴もワガママも少しは言うけれど、そう極端ではない、と思う。

 なのに……どうして、あんな顔をするのだろうか?

 

 

 あれこれ考えていても、埒が明かない。
 とにかく、先へ……と思った、その時だった。

 地下4階くらいだろうか?

 トロッコが動く音がした。
 自分たちが乗っていないにもかかわらず、だ。

 

 不審に思いつつ、音源を探すと、やはりそれはトロッコで。
 しかも、誰かが乗っていた。

 冒頭の叫び声は、乗車している彼のもの。

 その必死な叫びと様子に、親子は唖然とするしかなかったのである。

 

 

 

 

「……どうする?」
「とりあえず、止めようか。先へ進むにも、このトロッコを止めないと、無理がある」

 言って、蔵馬は近くのポイントレバーを見やると、すかさずリオが飛んでいって、引っ張った。

 ガチャン

 今までよりも、大きな音を立てて、ポイントが切り替わり……というか、半ばポイントが壊れ。
 行き場を失ったトロッコは、更に派手な音を立てながら、ゴロゴロと転がり、線路を外れ、積み上げられた資材の山に突っ込んで、ようやく止まった。

 トロッコは木っ端微塵。
 投げ出された人物は、ぴくりとも動かない。

 

 

「……死んだ?」
「かもね」
「じゃあ、行こうか」

「おい、おめえら!! 何だその言い草はっ!!!(怒)」

 蔵馬の一言に、倒れていた人物は、がばりと起き上がった。
 どうやら、一時的に失神していただけのようだが……

 

「よく生きてたね、あれで」
「うん。トロッコは壊れたのに」
「じゃあ、行こうか」

 

「おめえらなーっ!!!(激怒)」