<3 箱>

 

 

 

「じゃあ、行くよ」

 全員が頷いたのを確認した後、蔵馬はルーラを発動した。

 

 目的地はサラボナ。
 蔵馬が行ったことがあるのは、碧たちが生まれるよりもずっと前のことらしいが、それでも的確に街の入り口へ着地。
 船は近場の船着き場へ下ろされた。

 数年のブランクなど、ものともしない。
 やはり、彼は凄かった。

 

 

「…………」

 それでも素直に「すごい」と言えないのは何故だろうか?
 紅光は「流石」と肩をすくめているし、狐鈴はきゃーきゃーはしゃいで、感嘆の声をあげているのに。

 碧だけが、何も言えずに、黙ったままだった。

 

「……じゃ、行こうか」

 そんな碧に、何故か蔵馬は苦笑しながらも、街を指さした。

 

 

 

 

「わーい!! 帰ってきたよー!! 狐白ーっ!! おかあさーん!!」

 大声で叫びながら、門をくぐりぬけていく。
 その後を皆は少し早めの歩調で追った。

 

 時折、すれ違う人や窓から顔を出していた人たちに、手を振りながら、狐鈴は一直線で走って行く。
 やがて一本道になり、その先に豪邸が見えてきた。
 どうやら、あそこが彼らの自宅らしい。

 元々、城暮らしのため、さして驚きはしないが、それでもかなりの豪商であることは、瞬時に分かった。

 

「あれって奥さんの実家だよね?」
「ああ」

「後は誰が継ぐの?」
「俺でないことは確かだ」

 きっぱり言い切る銀色に、思わず碧は吹き出した。

 その様子を蔵馬が見て、少し寂しそうにしていたことなど、気づきもせずに……。

 

 

 

 

「お帰り、狐鈴!!」
「ただいま、狐白!!」

 声を聞きつけたのか、玄関を叩く前に、小さな影が転がり出てきた。
 それは、止まることなく、階段下まで辿り着いていた狐鈴にダイビング!
 白い塊が、玄関脇の芝生で転がった。

 歩きつつ、遠目で眺めていた碧。
 と、玄関脇のオープンテラスから、ふわりと白い人が出てくるのを見留めた。

 

 

「お帰りなさい、狐鈴」
「ただいま、お母さん!!」

「お父さんは?」
「あっちあっち!」

 芝生に寝転んだまま、こちらを指さす狐鈴。
 釣られて顔を上げたのは、この距離からでもよく分かるほどの美しい……白狐。

 

 長い白銀の髪、黄色に近い金の瞳。
 年は父よりも少し上だろうか?
 最も、蔵馬が石化していた時間を考えれば、おそらく元々は年下だったはずだが。

 穏やかで優しそうな雰囲気の女性。
 先ほどの会話を聞かずとも、彼女が銀色の妻であり、狐鈴の母であることは、一目瞭然だった。

 

 

「お帰りなさい、蔵馬っ……」

 顔を上げた途端、彼女の顔色は驚きに彩られた。
 視線の先は、夫たる銀色ではなく、

「薔薇?」

 呟いたように出た言葉だったが、決して疑っている雰囲気はない。
 本当に、「びっくりした驚いた」といった感じだった。

 

 

「久しぶり、瑪瑠」
「よかった……無事だったのね。行方不明だって聞いてたから……梅流は?」
「…………」

 蔵馬が無言でいたことで、察したらしい。
 彼女はそれ以上何も言わず、今度は視線をこちらへ向けた。

 

「紅光くんと碧くんね? はじめまして。狐鈴の母の瑪瑠です」

 ふんわりとした微笑みは、今までの旅の疲れを思い出させ、同時に癒してくれた。

 

 

 

 

 それから、碧たちは瑪瑠の屋敷で世話になることになった。
 蔵馬は宿をとると言ったのだが、どうせなら泊まっていって、狐鈴や妹の狐白とも遊んでいってほしいと言われ、結局断り切れなかったのだ。

 

「そうなの……本当に大変だったのね……」

 蔵馬の話が終わる頃には、瑪瑠の瞳にはうっすらと水滴が浮かんでいた。
 隣では狐鈴そっくりな少女が、ぽろぽろと涙をこぼしている。

 

「泣かないでよ、狐白」
「だって……だって……ひっく……」

 肩を抱いて慰める様は、碧たちに懐いていた幼子ではない。
 繊細な妹を賢明に支える兄の姿だった。

 

 

 

「此処でしばらく休養した後、件の湖に行こうと思う。それで、銀色。モンスターのことだけど……」
「ああ。今持ってくる」

 手にしていたカップをソーサーに戻した後、丸テーブルの上に置き、立ち上がる銀色。
 応接間を出て、しばらくして戻ってきた。
 手には、小さな小箱。

 

「これは……」
「モンスターボックス。縁のあるモンスターを一度だけ呼び出せる。数に限りはないが……此処ではやらない方がいいだろう。庭でやれ」

 流石に室内でやるには、蔵馬の連れていたモンスターは多すぎる。
 多分、これだけの広さがあれば収まるとは思うが、調度品が壊れるのは確実だ。

 

「すまないな。高かったんじゃないのか? 確かオラクルベリーでは、5000Gくらいしたはず……あ」

 何か気づいたらしく、一瞬言葉につまり、続いて呆れたように溜息をつく蔵馬。

「……盗品渡すって、相変わらず性格イイね……」
「お前にはあまり言われたくないがな」

 にやりと笑う銀色に、己の予感が外れていなかったことを悟り、改めて深く溜息をつくしかない蔵馬だった。

 

 

 

 中庭へ出て、小箱を開く蔵馬。
 途端、光が溢れ出し、その中から懐かしい顔が次々と現れた。

 ドラゴンキッズ、キメラ、ブラウニー、クックルー、そしてたくさんのスライムたち。

 皆、突然のことで驚いたようだが、蔵馬の姿を見つけるなり、突進する勢いで走り寄っていった。

 

「元気そうだな、皆」

 笑顔で応える蔵馬に、ギャウギャウ、ガウガウ、キューキューと、モンスターたちが上げる声は甲高い。
 流石の紅光も、ほとんど聞き取れなかったが、

「……何となく分かるな」
「そうだね」

 喜んでいる。
 嬉しく思っている。

 それくらいは、例え言葉が分からずとも、その場にいる全員が分かっていた。

 

 

 

 

 そして、それから数日間。
 蔵馬は数年ぶりの、碧たちは久しぶりの休息を満喫した。

 唯一、母と祖母のことが頭から離れないけれど、余裕のなさは失敗の元。
 とにかく、身体を休めねば。

 

 

 その間に、狐鈴の妹・狐白とも思い切り遊び、すっかり仲良くなった。
 思っていたとおり、素直で可愛くて、自分たちにとっても妹みたいだった。

 そういえば、年下の女の子と遊ぶのは、これが初めてかもしれない。
 遊ぶこと、冒険すること、お話することが大好きで、一緒にいて退屈しない、可愛い妹。

 

 

 けれど、狐鈴が言っていたような、ただ可愛いだけの妹ではなかった。

 中庭でモンスターも交えて、手合わせをした時、やって見せた呪文。
 あれは、生半可な修行で習得できるものではない。
 また、体術にも覚えがあるようで、身軽さを利用し、自分よりも遙か大きなキングスライムとも、互角な戦いを見せていた。

 身体の動きや、魔法の馴染み方からして、おそらく才能はあるのだろう。
 だが、それが発揮されるのは、地道な特訓の積み重ねがあってこそ。

 日々、鍛錬を怠っていない、立派な1人の戦士だった。

 

 狐鈴はどうやら、ここまでの腕があることを知らなかったようで、純粋に驚いていた。
 当の本人とて、一緒に旅に出たあの頃に比べると、格段に強くなっているのだが。

 

 

「狐白すごいね。何時の間にこんなに強くなったの?」
「だって、強くならないと、狐鈴と一緒に行けないもん。狐鈴が前に旅に出てから、毎日お母さんに特訓してもらったの!」

「……瑪瑠さんって、強いの?」

 テラスでゆったりお茶を飲んでいる姿からは、そんなに強いようには見えなかった。
 何かしら、感じるものはあるけれど。

 そう、強そうに見えないというよりは、闘うように見えないのだ。

 

 

「お母さん、魔法得意なんだ。体術は曾御爺様に見てもらいながら、莉斗兄ちゃんに稽古つけてもらったの!」
「莉斗?」

「あ、近所の白狐のお兄ちゃんなの! 今はルフェランに行ってて留守だけど」
「白狐……その人って、もしかして」

 

「違うよ。梅流のお兄さんじゃない」

 話に割って入ったのは、さっきまで紅光と手合わせしていた蔵馬。
 案の定、歯が立たず、負けたらしい兄は、テラスで瑪瑠に傷薬をつけてもらっていた。

 対照的に、蔵馬は無傷。
 碧は心の中に、何かもやもやするものが生まれた気がしたが、無視することにした。

 

「じゃあ、母さんの兄さんたち、何処に居るんだよ?」
「あの川を北へ行った先に村がある。引っ越していなければ、そこだ」

 最後に会ったのは、結婚した時。
 それから引っ越していないという保障は、流石にない。

 ましてや、妹からの連絡が何年も途切れているのだ。
 探して旅に出ていたとしても、不思議はない。

 

 

 

「行ってみる?」
「……いやいいよ。母さん見つけてから、一緒に行く」

「そう……じゃあ、明日辺り、出発しようか」

 

 長居……というほどではないが、これ以上此処にいては、どんどん名残惜しくなるばかりである。

 碧と紅光の剣の力量も見定め、魔法の種類も把握。
 モンスターたちの具合も確認し終え、それぞれの疲れも癒えた。

 そろそろ、潮時だろう。

 蔵馬が各国への手紙を書き始めた時点で、察していた。
 出発直前に書かなければ、グランバニアから迎えの兵が来てしまうから。

 

 

 

「「碧兄ちゃん、ピカお兄ちゃん……」」

 年下の双子が寂しそうな瞳で見上げてきた。
 だが、応えてやるわけにはいかない。

 

「「また会えるよ」」

 そう言ってやることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 *注意事項*

 本来、モンスターボックスはこのようには使いません。
 ただ今まで会ってきたモンスターの情報が見られるだけです。