<2 サラボナへ>
「でもさ。だったら、すぐに行くわけ? 例の所」 正直なところ、碧としては少しばかり休みたかった。 紅光のルーラを使った直後などは、彼のMP回復のためにも一晩泊まったりしたけれど、強行軍だったことに変わりはない。 もちろん、梅流を助けたい、祖母を助けたい気持ちは強くあるが、自分にガタがきては、元も子もない。
「そうだな……あれ?」 船着き場まで来たところで、ふと蔵馬が声を上げた。 「ひょっとして、来てるモンスターって……リオだけ?」 まだどの船で来たとも言っていない。 しかし、蔵馬はその中の一つを迷わず指さした。
「乗ってきた船はあれだろう? あそこからリオの『気』がする……だが、他の皆のものはない」 言われてみれば、簡単なことだった。 あの時は少々ムッとしたけれど、モンスターに最愛の息子を攫われたとあっては、無理もない。
「あの船は、ラインハットで幽助さんに貰ったんだよ。それまではずっと護衛したり何だったりで足を拾っていたから、移動にも割合制限が多くてさ。リオ一匹で手一杯」 「なるほどな……少し気がかりなんだが。城にいるモンスター、全て教えて欲しいんだが」 問われ、碧と紅光は首をかしげつつ、種類と数を正確に伝えた。 「じゃあ、皆帰っているんだな」 「俺が石になる直前、同行していたモンスター全員が吹き飛ばされてね。まあ、無事だとは思ってたけど、城まで帰りつけたか気になっていたから……でも困ったな。国へは戻りたくないが、彼らを連れには行きたいし……」 銀色の言葉に、首をかしげつつ、蔵馬は承諾した。
≪お久しぶりです。蔵馬さん≫ 甲板へ上がるなり、匂いを嗅ぎつけたのか、船室に隠れていたリオが飛び出してきた。 抱きつくかと思ったけれど、それはせず、足元できちんっと座った。
「分かるのか? リオの言葉」 「では、碧と同じなのだな」 「『緋の目』を使えば。とりわけリオは分かりやすい。ほんの少し赤みを帯びただけでも分かるから、ほとんど聞き分けられる。今のは「お久しぶりです」と言ったようだ」 今現在、紅光の瞳はほとんど碧眼である。
「サラボナに着いたら、剣の腕前と魔法の性質も確認しておきたい」 つまり、さっきので碧の剣の腕は見切ったのだろう。 だが、嫌だと言える雰囲気ではなかった。 「……分かった」 返事はしたけれど、ふくれた面だけは、どうしようもなかった。
「銀色。君たち親子はどうする?」 声を上げたのは、問われた銀色ではなく、子供たちだった。 「お前がいれば、碧も紅光も俺と共にいる必要はないだろう。俺は俺でやることがある。サラボナまでは行くが、後は別行動だ」 蔵馬の返事もあっさりしたものだった。
「銀色……一緒に行けないのか?」 舵を握り、ゆっくり港から離れる銀色を、碧は見上げた。 「寂しいか?」 突然過ぎて、驚いたのは事実だ。
でも、彼や狐鈴と別れても、紅光も蔵馬もいる。 少なくとも、彼らとは、今生の別れにはならないだろう。 だが、どうせなら一緒の方が、お互い安全に確実に進めるだろうに。
「お前忘れているかもしれないが、俺は盗賊だぞ? 何かにつけて、追っ手を撒きながらの行動になる。これまでもかなり制限された道筋だった……共にいれば、それだけ障害が増える。お前は『勇者』だろう。下手な寄り道は禁物だ」 「何より、里の近くへは二度と行きたくないからな。俺には俺のやり方がある。これ以上、お前たちと共には行けない」 言っていることは分かる。
「銀色」 「やっぱりちょっと……寂しいのかも」 ぽんっと頭に置かれた手が、妙に切なかった。
「ピカお兄ちゃん、碧兄ちゃん……」 「……うん」 既に狐鈴は泣きそうな顔をしていた。 なまじ、幼いだけに、寂しさがストレートに顔に出てしまうのだろう。
「大丈夫だって。それに、サラボナまでは一緒だし。ほら、狐鈴のお母さんや妹にも会いたいから」 ぱっと顔が明るくなる。 その彼女に会える、会ってくれると思えば、気持ちも幾分は晴れるのだろう。
「ああ、もちろん」 言葉は狐鈴に言いながら、地図を眺めている蔵馬に向けられていた。 それでも、話を振られたことにはすぐに気づき、 「そうだな……瑪瑠にも久しぶりに会いたいし。銀色の娘にもね」
「わーい! 皆で帰れるんだーっ!!」 リオの前足を掴んで、甲板をぴょんぴょんとはね回る狐鈴。 その姿が見られなくなるのも、もうじき……
(やめよう。きっと、また会えるんだから)
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