<2 サラボナへ>

 

 

 

「でもさ。だったら、すぐに行くわけ? 例の所」

 正直なところ、碧としては少しばかり休みたかった。

 紅光のルーラを使った直後などは、彼のMP回復のためにも一晩泊まったりしたけれど、強行軍だったことに変わりはない。
 ラインハットを出国して以来、移動しっぱなしで、ほとんど身体を休めていないのだ。

 もちろん、梅流を助けたい、祖母を助けたい気持ちは強くあるが、自分にガタがきては、元も子もない。
 今更、足手まといだとグランバニアに送還されるのは、もっと嫌だった。

 

 

 

「そうだな……あれ?」

 船着き場まで来たところで、ふと蔵馬が声を上げた。
 そして問いかける。

「ひょっとして、来てるモンスターって……リオだけ?」
「そうだが……何故、分かったんだ?」

 まだどの船で来たとも言っていない。
 小さな港故に、そうたくさんあるわけではないが。

 しかし、蔵馬はその中の一つを迷わず指さした。

 

「乗ってきた船はあれだろう? あそこからリオの『気』がする……だが、他の皆のものはない」
「なるほど」

 言われてみれば、簡単なことだった。
 港へ着いた際、リオも一緒に降りようとしたのだが、船着き場の老人に「連れて行かない方がいい」と渋い顔で言われ、仕方なく留守番をさせておいたのだ。

 あの時は少々ムッとしたけれど、モンスターに最愛の息子を攫われたとあっては、無理もない。
 そういえば、この島にはモンスターの影はほとんどなかった。
 人の前に姿を現せば、ただではすまないと皆隠れているのだろう。

 

 

「あの船は、ラインハットで幽助さんに貰ったんだよ。それまではずっと護衛したり何だったりで足を拾っていたから、移動にも割合制限が多くてさ。リオ一匹で手一杯」

「なるほどな……少し気がかりなんだが。城にいるモンスター、全て教えて欲しいんだが」
「?」

 問われ、碧と紅光は首をかしげつつ、種類と数を正確に伝えた。
 最初のうちこそ、表情を曇らせていた蔵馬だったが、皆の名を言い終わると、ほっとした顔になり、

「じゃあ、皆帰っているんだな」
「? どういうことだ?」

「俺が石になる直前、同行していたモンスター全員が吹き飛ばされてね。まあ、無事だとは思ってたけど、城まで帰りつけたか気になっていたから……でも困ったな。国へは戻りたくないが、彼らを連れには行きたいし……」
「船へ戻ったら、すぐにルーラでサラボナへ飛べ。いいものが預けてある」

 銀色の言葉に、首をかしげつつ、蔵馬は承諾した。

 

 

 

 

≪お久しぶりです。蔵馬さん≫
「元気そうだな、リオ」

 甲板へ上がるなり、匂いを嗅ぎつけたのか、船室に隠れていたリオが飛び出してきた。
 ぶつかるのでは…という勢いだったが、蔵馬の前で急ブレーキ。

 抱きつくかと思ったけれど、それはせず、足元できちんっと座った。
 結構、奔放な性格だと思っていたが、主は主だと弁えているらしい。

 

「分かるのか? リオの言葉」
「いや、全然。態度と表情で何となく分かる程度。それでも他のモンスターよりは分かりやすいけどね」

「では、碧と同じなのだな」
「紅光は分かるんだって?」

「『緋の目』を使えば。とりわけリオは分かりやすい。ほんの少し赤みを帯びただけでも分かるから、ほとんど聞き分けられる。今のは「お久しぶりです」と言ったようだ」

 今現在、紅光の瞳はほとんど碧眼である。
 だが、僅かに緋色を帯びただけでも聞き取れる時もあるのだ。
 流石に毎回とはいかないけれど。

 

 

「サラボナに着いたら、剣の腕前と魔法の性質も確認しておきたい」
「ああ、分かった」
「碧。君の魔法もね」
「…………」

 つまり、さっきので碧の剣の腕は見切ったのだろう。
 そう思うと、面白くない。

 だが、嫌だと言える雰囲気ではなかった。
 何より、今後ずっと旅をしていく以上、味方の腕前も分からなければ、戦法も立てようがない。

「……分かった」

 返事はしたけれど、ふくれた面だけは、どうしようもなかった。

 

 

 

 

「銀色。君たち親子はどうする?」
「「「え?」」」

 声を上げたのは、問われた銀色ではなく、子供たちだった。
 当の本人は何でもないように、

「お前がいれば、碧も紅光も俺と共にいる必要はないだろう。俺は俺でやることがある。サラボナまでは行くが、後は別行動だ」
「分かった」

 蔵馬の返事もあっさりしたものだった。

 

 

 

「銀色……一緒に行けないのか?」

 舵を握り、ゆっくり港から離れる銀色を、碧は見上げた。

「寂しいか?」
「……そうでもないけど」

 突然過ぎて、驚いたのは事実だ。

 

 でも、彼や狐鈴と別れても、紅光も蔵馬もいる。
 別にひとりぼっちになるわけではないし、こちらが生きている限り、銀色は何があっても死にそうにない。
 狐鈴だって、父親がいれば、きっと大丈夫だ。

 少なくとも、彼らとは、今生の別れにはならないだろう。
 テルパドールやラインハットの友人たちは、こちらから赴かない限り、もう会えない確率の方が高いが、彼とは目的が一致しているのだから、いずれ道は交差するはず……。

 だが、どうせなら一緒の方が、お互い安全に確実に進めるだろうに。
 いぶかしむ碧に、銀色は苦笑した。

 

「お前忘れているかもしれないが、俺は盗賊だぞ? 何かにつけて、追っ手を撒きながらの行動になる。これまでもかなり制限された道筋だった……共にいれば、それだけ障害が増える。お前は『勇者』だろう。下手な寄り道は禁物だ」
「…………」

「何より、里の近くへは二度と行きたくないからな。俺には俺のやり方がある。これ以上、お前たちと共には行けない」

 言っていることは分かる。
 でも……。

 

 

「銀色」
「何だ?」

「やっぱりちょっと……寂しいのかも」
「どうせ嫌でもまた会うさ」

 ぽんっと頭に置かれた手が、妙に切なかった。

 

 

 

 

「ピカお兄ちゃん、碧兄ちゃん……」
「狐鈴……そんな顔をするな」
「そうそう。すぐにまた会えるって」

「……うん」

 既に狐鈴は泣きそうな顔をしていた。
 碧たちが彼のことを弟のように思っていたのと同じように、狐鈴だって2人を兄のように慕っていたのだ。

 なまじ、幼いだけに、寂しさがストレートに顔に出てしまうのだろう。
 それは少し羨ましい気もした。

 

 

「大丈夫だって。それに、サラボナまでは一緒だし。ほら、狐鈴のお母さんや妹にも会いたいから」
「お母さんと狐白に、会っていってくれるの?」

 ぱっと顔が明るくなる。
 そうだ、ずっと帰りたかったのだから。
 会いたかったのだから。

 その彼女に会える、会ってくれると思えば、気持ちも幾分は晴れるのだろう。

 

 

「ああ、もちろん」
「それに買い出しだの、装備の調達だのでしばらく居ることになるんじゃないの?」

 言葉は狐鈴に言いながら、地図を眺めている蔵馬に向けられていた。
 久々のルーラを使うために、現在地と目的地をしっかり照らし合わせているらしい。

 それでも、話を振られたことにはすぐに気づき、

「そうだな……瑪瑠にも久しぶりに会いたいし。銀色の娘にもね」
「だそうだよ」

 

「わーい! 皆で帰れるんだーっ!!」

 リオの前足を掴んで、甲板をぴょんぴょんとはね回る狐鈴。
 思えば、先がぼんやりとしか見えない旅の中、皆を明るくしてくれていたのは、彼だった。

 その姿が見られなくなるのも、もうじき……

 

 

(やめよう。きっと、また会えるんだから)