第五章 天空の城

 

<1 現状把握>

 

 

 

「なるほど。現状は分かったよ」

 きっぱりと言い切った蔵馬の態度には、微塵の動揺も感じられなかった。

 こちらが呆気にとられるほどに……。

 

 

「……そう?」

「ああ。あれから何年経ったのかも、銀色と母の関係も、攫われた原因も、案の定『光の教団』が絡んでいたことも、紅光の瞳のことも、碧が『勇者』だってことも、梅流の行方が分からないことも、次の目的地もね。それだけ分かれば充分だよ」

「…………」

 

 理解力があるのは、実に有り難い。

 10代にしか見えない若々しさが気になって、確認してみたところ、グランバニアを出立した直後、魔法で石化されたらしい。
 つまり、双子が生まれてから今の年になるまで、ず〜〜っと石だったことになる。

 にも関わらず、浦島太郎現象などとは無縁と言わんばかりに、あっさりと現状把握してしまった。

 長々説明するのは疲れるから、その方が有り難いといえば、そうなのだけれど……。

 

 

 

 封印が解けてから、僅か1時間。

 碧と(一方的に)バトルして、あっさり勝利。
 でもって、紅光の女装趣味疑惑に苦笑。

 

 それらを含めて1時間である。
 つまり、説明時間の実質は、30分足らず……。

 なのに、この理解の早さは何なのだろうか?

 

 

 

「まあ、何年経っていたのか、見当はついていたよ。意識はうっすらあったから。動けなくてヒマだったし、季節くらいは数えていたからね」
「あっそ…」

 確かにそうだ。
 日数を数え続けるのは難しくても、何度春が巡ってきたかを数えていれば、年数の把握は差ほど困難ではない。

 

 

「梅流の行方が分からないのも道理だ。彼女も石にされた上、俺と違って、売られた様子はなかった。簡単には見つからないと思ったさ」
「売られてない? じゃあ母さん、どうなったんだ?」
「……俺を売った男は、『アテがある』としか言っていなかったからな。直後に、俺はあの家に持ってこられたから、さっぱり」

 早々に後にした富豪の屋敷を指さしながら言った言葉は、やや軽いけれど。
 その中に殺気じみたものが含まれているのは、容易に察せられた。

 たった今、此処にその男とやらがいたら、木っ端微塵にされていそうなくらい……。

 

(……『イイ性格』っていうよりは……)
(『キたら怖い性格』なのでは……)

 碧も紅光も、とても口に出しては言えなかった。

 

 

「銀色が母の弟だってことは、少し驚いたけど。まあ、そう考えれば納得いくことの方が多いから。同じ名前だし、それにあの時言っていた『捜し物』って、母さんのことだったんだな」
「……まあな」

「何で言わなかったかは聞かないよ。何となく、見当つくから」

 次の目的地の話題をした途端、彼の顔が曇ったから。
 そのことを、紅光たちが気づいているはずなのに、何も言わなかったから。

 ついこの間、一度立ち寄ったという彼の故郷で何があったのか。
 おおよそ見当をつけることは、蔵馬にとって難しいことではなかった。

 

 

 

「それにしても、碧が『伝説の勇者』だったんだ」
「パッと見で分かんなかった?」

 『剣』を始め、『盾』も『兜』も、石にされる前に見ていたはずだ。
 気づかなかったのかと、揚げ足を取ったつもりだったが……。

 

「分かるわけないよ。その装備と君の『気』は全く同じ色だから、君の『気』を知っている以上はね。初対面で知らない人なら、気づくかもしれないけど。第一、俺が見た時とは、形が違っているけど?」

「…………」

 そうでした……とは言いたくなかった。

 

 蓮や蛍明が、碧を『勇者』だと気づいたのは、碧と初対面だったからだ。
 既に身につけていた『剣』や『盾』の『装備品の気』と、『碧自身の気』は同調していて区別がつきにくい。
 けれど、『碧自身の気』を知らなければ、そのまま『装備品の気』として感じることになる。

 だが、蔵馬は産まれた時の碧の傍にいたのだから、『碧自身の気』を知っているのだ。
 同調してしまっている『装備品の気』を悟れなくても、至極当然。

 しかも今は真っ昼間。
 碧の『気』も装備の『気』も夜に活発化するのだから、尚更だ。

 

 

 そして、碧が纏う『剣』『盾』『兜』の三つは、全て過去とは違う姿をしている。

 『剣』は振り回しやすい重さだったといっても、あまり長剣を使用しない碧が、

「もっと短ければ使いやすいのに」

 と言った途端に、短くなった。
 鞘も同じ長さに縮まり、マントを軽く羽織っただけで見えなくなっている。
 もちろん、ブレスレットになっている『盾』と同じく、必要に応じて伸びてくれるけれど。

 

 『兜』も邪魔にならないよう、旅をする上で目立たないよう、額当て状の細リングになってくれた。
 碧の髪が白銀ということを考えてか、色も濃い蒼だったのが、薄い空色に変わってしまったし。

 獣耳にスライムピアスをつけているものだから、むしろそっちの方に目がいくだろう。

 

 つまり……元の形を知っている人の方が、逆に分からないという状態なのだ。

 

 

「こらこら、そんなにふくれない」

 揚げ足とったつもりが、逆にとられ、むすっとする碧。
 その頭を、ぽんぽんっと蔵馬は撫でたが、無論それは更に彼を怒らすことになった。

 

「赤ん坊扱いするなよ」
「したつもりはないけど?」

 ぱしっと手を祓われたにもかかわらず、蔵馬は機嫌を損ねた風でもない。
 まあ、いくら封印されていたといっても、今の碧たちよりはずっと年上の時で止まっているのだ。

 

 父親というには、若すぎる見た目だけれど、中身の方はそうでもないのだろう。

 2人の父親として考えた場合、同年代であろう男性陣を思い浮かべてみると、むしろ彼の方が大人っぽい気がする。
 少なくとも、幽助よりは冷静で大人だった。

 

 

 

 

「それでこれからどうする気だ?」

 銀色に問われ、蔵馬は少し考えた後、答えた。

「ひとまず、この島から出ようか。此処にいても仕方がない上に、居心地悪くて休養も出来ない」

 

 聞いたところによると、あの富豪が銅像である蔵馬を買ったのは、護り神としてだったらしい。
 一人息子のために。

 だが、その息子がモンスターに連れ去られてしまったというのだ。

 裕福な息子。
 『勇者』探しの犠牲者の一人。

 蔵馬のせいではないけれど、あまり長居したくない気持ちは、何となく分かる。

 

 

 

「では、何処へ? グランバニアへ戻るのか?」

 紅光の問いかけに、蔵馬は首を振った。

「いや、止めておく。何年も国を開けていた身だからな。帰った途端に、出国出来なくなる可能性がある。仮に俺が出国出来ても、お前たちは止められるかもしれないけど?」
「……確かに」

 気づけば、旅に出てから、1年近くが経過している。
 その間、手紙はいちおう出しているけれど、今帰ったらどうなるか……考えるまでもないことだ。

 蔵馬が行くのなら、次期王位継承者は残って欲しいと思うのが、大叔父や国民たちの心情だろう。
 王子としてならば、それが正しいのも分かる。

 しかし、蔵馬は見抜いていたのだ。
 紅光も碧も、そんなことをするつもりは、微塵もないのだと。

 

 

「何処かで手紙を出しておくよ。幸い、剣も一緒に石にされていたから、コレもあるしね」

 先ほどまで石化していた剣のグリップを握り、柄頭を取り外すと、何かが填め込まれているのが見えた。
 開ききる直前の薔薇の花に、重なるように文字が2つ3つ。
 丁寧な細工の判だった。

 

「これ……花押?」
「ああ。元々これは俺の父さんの剣だから、別の細工が入っていたんだけれどね。王位に就く前に、取り替えたんだ」

 道理でほとんど使った形跡がないわけである。

 王家の意匠自体は、誕生し、男女が判明すれば、すぐにでも作られるものだけれど、彼は生まれて間もなく、国を後にしているのだ。
 意匠そのものは勿論、赤子の時からあったろうけど、使う機会などなかったのだろう。
 国へ戻り、王位に就く前に、ほんの何度か使ったくらいで。

 最も、紅光の十字架の細工だって、碧の炎の細工だって、滅多に使った覚えなどないが。

 

 

 

「ああ、じゃあさ。テルパドールとラインハットにも手紙出してよ。皆、気にしてるから」
「分かった。そういえば、あの頃は躯と螢子ちゃんも、出産間近だったな」

「どっちとも会ったよ。俺たちの友達」
「それと、螢子さんはその後でもう一人産んでいる。今も妊娠中だ」

「そうか……月日の経つのは早いな。まあ、銀色が父親になってるのが、一番驚いたけど」

 くすっと笑うと、銀色は面白くなさそうに、そっぽを向き、狐鈴はきょとんっとして父親を見上げていた。