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第五章 天空の城
<1 現状把握>
「なるほど。現状は分かったよ」 きっぱりと言い切った蔵馬の態度には、微塵の動揺も感じられなかった。 こちらが呆気にとられるほどに……。
「……そう?」 「ああ。あれから何年経ったのかも、銀色と母の関係も、攫われた原因も、案の定『光の教団』が絡んでいたことも、紅光の瞳のことも、碧が『勇者』だってことも、梅流の行方が分からないことも、次の目的地もね。それだけ分かれば充分だよ」 「…………」
理解力があるのは、実に有り難い。 10代にしか見えない若々しさが気になって、確認してみたところ、グランバニアを出立した直後、魔法で石化されたらしい。 にも関わらず、浦島太郎現象などとは無縁と言わんばかりに、あっさりと現状把握してしまった。 長々説明するのは疲れるから、その方が有り難いといえば、そうなのだけれど……。
封印が解けてから、僅か1時間。 碧と(一方的に)バトルして、あっさり勝利。
それらを含めて1時間である。 なのに、この理解の早さは何なのだろうか?
「まあ、何年経っていたのか、見当はついていたよ。意識はうっすらあったから。動けなくてヒマだったし、季節くらいは数えていたからね」 確かにそうだ。
「梅流の行方が分からないのも道理だ。彼女も石にされた上、俺と違って、売られた様子はなかった。簡単には見つからないと思ったさ」 早々に後にした富豪の屋敷を指さしながら言った言葉は、やや軽いけれど。 たった今、此処にその男とやらがいたら、木っ端微塵にされていそうなくらい……。
(……『イイ性格』っていうよりは……) 碧も紅光も、とても口に出しては言えなかった。
「銀色が母の弟だってことは、少し驚いたけど。まあ、そう考えれば納得いくことの方が多いから。同じ名前だし、それにあの時言っていた『捜し物』って、母さんのことだったんだな」 「何で言わなかったかは聞かないよ。何となく、見当つくから」 次の目的地の話題をした途端、彼の顔が曇ったから。 ついこの間、一度立ち寄ったという彼の故郷で何があったのか。
「それにしても、碧が『伝説の勇者』だったんだ」 『剣』を始め、『盾』も『兜』も、石にされる前に見ていたはずだ。
「分かるわけないよ。その装備と君の『気』は全く同じ色だから、君の『気』を知っている以上はね。初対面で知らない人なら、気づくかもしれないけど。第一、俺が見た時とは、形が違っているけど?」 「…………」 そうでした……とは言いたくなかった。
蓮や蛍明が、碧を『勇者』だと気づいたのは、碧と初対面だったからだ。 だが、蔵馬は産まれた時の碧の傍にいたのだから、『碧自身の気』を知っているのだ。 しかも今は真っ昼間。
そして、碧が纏う『剣』『盾』『兜』の三つは、全て過去とは違う姿をしている。 『剣』は振り回しやすい重さだったといっても、あまり長剣を使用しない碧が、 「もっと短ければ使いやすいのに」 と言った途端に、短くなった。
『兜』も邪魔にならないよう、旅をする上で目立たないよう、額当て状の細リングになってくれた。 獣耳にスライムピアスをつけているものだから、むしろそっちの方に目がいくだろう。
つまり……元の形を知っている人の方が、逆に分からないという状態なのだ。
「こらこら、そんなにふくれない」 揚げ足とったつもりが、逆にとられ、むすっとする碧。
「赤ん坊扱いするなよ」 ぱしっと手を祓われたにもかかわらず、蔵馬は機嫌を損ねた風でもない。
父親というには、若すぎる見た目だけれど、中身の方はそうでもないのだろう。 2人の父親として考えた場合、同年代であろう男性陣を思い浮かべてみると、むしろ彼の方が大人っぽい気がする。
「それでこれからどうする気だ?」 銀色に問われ、蔵馬は少し考えた後、答えた。 「ひとまず、この島から出ようか。此処にいても仕方がない上に、居心地悪くて休養も出来ない」
聞いたところによると、あの富豪が銅像である蔵馬を買ったのは、護り神としてだったらしい。 だが、その息子がモンスターに連れ去られてしまったというのだ。 裕福な息子。 蔵馬のせいではないけれど、あまり長居したくない気持ちは、何となく分かる。
「では、何処へ? グランバニアへ戻るのか?」 紅光の問いかけに、蔵馬は首を振った。 「いや、止めておく。何年も国を開けていた身だからな。帰った途端に、出国出来なくなる可能性がある。仮に俺が出国出来ても、お前たちは止められるかもしれないけど?」 気づけば、旅に出てから、1年近くが経過している。 蔵馬が行くのなら、次期王位継承者は残って欲しいと思うのが、大叔父や国民たちの心情だろう。 しかし、蔵馬は見抜いていたのだ。
「何処かで手紙を出しておくよ。幸い、剣も一緒に石にされていたから、コレもあるしね」 先ほどまで石化していた剣のグリップを握り、柄頭を取り外すと、何かが填め込まれているのが見えた。
「これ……花押?」 道理でほとんど使った形跡がないわけである。 王家の意匠自体は、誕生し、男女が判明すれば、すぐにでも作られるものだけれど、彼は生まれて間もなく、国を後にしているのだ。 最も、紅光の十字架の細工だって、碧の炎の細工だって、滅多に使った覚えなどないが。
「ああ、じゃあさ。テルパドールとラインハットにも手紙出してよ。皆、気にしてるから」 「どっちとも会ったよ。俺たちの友達」 「そうか……月日の経つのは早いな。まあ、銀色が父親になってるのが、一番驚いたけど」 くすっと笑うと、銀色は面白くなさそうに、そっぽを向き、狐鈴はきょとんっとして父親を見上げていた。
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