会う
<9 門番>
「で? 何か用があるのか?」
……女性が走り去った後、碧たちが何か言い出す前に、銀色は自分から社へ向かった。 銀色の機嫌が更に降下した以上、下手につつかない方がいい。
祖母の昔の生活に、そこまでの興味があったわけではない。 社に住んでいたと聞いて、その気持ちはますますふくれあがった。 けれど……あまりに淋しいところだったから。
……が、長老たちに会った途端、願い虚しく、銀色の機嫌はどん底に落ちた。 社を入ったところにいたのは、4人の長老。
「……お前が帰ってきた理由は知っています。その子が、誰なのかも……ですから、教えてやりましょう。お前の姉が攫われた理由を」 銀色の威圧的な雰囲気にもめげず、むしろ更に高くから見下ろすように、長老の一人がそう語った。 老いた老婆のようだった。
「断る」 「今更理由など興味はない。貴様等が真実を語る保障もないからな」 言い捨てると、銀色は身を翻した。 「碧。お前の自由にしろ」 同時に、パタンっと閉まった扉。
「俺の……」 それは『勇者』である碧を、彼らが意識しているからに他ならない。
銀色としては面白くないのだろう。 碧だって同じ気持ちだ。 本当ならば、こんな連中に教えを請いたくない。 けど……。
「碧。聞いておけ」 「お前は銀色さんと違うだろう。蔑まれたのは、彼だ。彼とお前の屈辱を一緒にするな」 紅光の言葉に、碧は覚悟を決めた。
「……教えてくれ。御祖母様が何故攫われたのか……」 「あ、ちょっと待って」 ずっと黙っていた狐鈴が、ぱっと手を挙げた。
「どうした? 狐鈴」 言うが早いか、狐鈴はリオを連れて、社から出て行った。
それも一瞬のことで、きゅっと表情を引き締め、 「では、改めて。頼む」
……そうして、聞いた話を碧たちは再び乗った船で、狐鈴とリオに語った。 海の洞窟の中は静かで、しかもよく反響する。
「あの莫迦……」 溜息をつきつつ、銀色は良すぎる己の耳を塞ぐことも出来ず、事の一部始終を知ることとなった。
彼の姉が攫われたのは、赤毛の蔵馬が産まれて間もない頃。 闇の世界が関わっていることは知っていたが、当時から有力者の息子が連中に攫われる事件は相次いでいた。 だが、真実は違った。
そもそも、彼女が攫われた原因については、世界の成り立ちから説明を受けねばならなかった。 この世界は、天空界・人間界・魔界と3つの世界に別れており、それぞれは特別な門で仕切られているという。
エルヘブンの銀狐たちが、閉鎖的で外界との接触を断つのは、元々あの門の番人であったから。 異種族と接することで、このことが世界中に広まれば、悪用しようとする輩も必ず現れる。 それがいつの間にか、民族性にまで発展したのだろうけど……それについては、つっこまずにいた。
だが、近年になって、その門に施された封印が弱くなっているというのだ。 しかし、本当に恐ろしいのは、更に強力なモンスター……魔王と呼ばれるソレまでが、人間界へ来てしまうであろうこと。 ……とはいえ、あまり碧たちには興味のないことだったが。
そして、彼女は……社の上の階で、特別扱いを受けていた彼女は、門番としての力が誰よりも強かったという。 突然、カケオチした時には、皆してグランバニアを、人間を恨んだらしい。
だが、門番としての力が強いということは、門を閉じられるだけでなく、開くことも出来るということ。 だから、彼女は攫われたのだ。 魔王が門を通るために。
「そうなんだ……伯母様、大変なことに巻き込まれちゃってるんだね。早く助けてあげないと、可哀想だよ!」 家に帰れなくなっていることも忘れ、狐鈴は力強く言った。
「ああ。だが、おそらく彼女は人間界にはいない。だから、先に父さんと母さんを捜すよ」 碧たちが長老たちから話を聞いている間に、銀色と狐鈴とリオとで、向かってくれていたのだった。
「絨毯?」 「それはすごいな」 見た目は普通の絨毯だけれど。
「あ、それからね。あのお爺さんが、不思議なこと言ってたよ」 「うん。天空界への門は、エルヘブンの管轄じゃないから、何処にあるのかよく分からないけど。それらしい塔があるんだって」 地図を見て、狐鈴が指さしたのは、まさしくこれから向かう大陸。
「……偶然、にしてはできすぎてるけど(っていうか、あの神殿、セントベレス山ってところにあるのか)」 言って、紅光は地図を丸めた。 同時に、高々と杖を掲げた。
「ルーラ!!」 移動呪文・ルーラ。 銀色の話では、蔵馬が若い頃、修行の末に習得した呪文らしい。
……そして、降り立ったのは、テルパドールからラインハットへ行く途中で、船を乗り換えた小さな港の一つ。 こんな中継地点でしかない島には長居もしないだろう。 予想通り、島にいたのは港を管理する、老夫婦のみ。
紅光のルーラは船にも効果を発揮するため、今まで乗ってきた船がそのまま使える。 波は荒かったが、寵からの的確な情報のおかげで、何とか横付けに成功。 だから此処で、あの絨毯が役に立つわけである。
「うわーっ! すごい!」 普段は淡泊な碧と紅光だけれど、この絨毯の性能には驚きを隠せなかった。
「ね、ね、すごいでしょ!」 しかし、誰よりも一番はしゃいでいるのは、狐鈴である。
「狐白も乗せてあげたかったな……」 「今度乗せてあげればいいじゃないか。帰った時にでも」
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