会う 

 

 

<9 門番>

 

 

 

「で? 何か用があるのか?」

 

 

 ……女性が走り去った後、碧たちが何か言い出す前に、銀色は自分から社へ向かった。
 碧たちは黙ってその後に続く。

 銀色の機嫌が更に降下した以上、下手につつかない方がいい。
 これ以上、不機嫌になって、行かないと言い出しては、せっかくの機会が水の泡だ。

 

 祖母の昔の生活に、そこまでの興味があったわけではない。
 しかし、少しでも知りたいという気持ちは、本当だったから。

 社に住んでいたと聞いて、その気持ちはますますふくれあがった。
 確かに眺めはいい。
 遙か遠く、南には山をいくつも越えて、大きな湖も見えた。

 けれど……あまりに淋しいところだったから。

 

 

 ……が、長老たちに会った途端、願い虚しく、銀色の機嫌はどん底に落ちた。

 社を入ったところにいたのは、4人の長老。
 銀色の様子からして、彼が村を後にしてからも、世代交代していないようである。

 

 

「……お前が帰ってきた理由は知っています。その子が、誰なのかも……ですから、教えてやりましょう。お前の姉が攫われた理由を」
「…………」

 銀色の威圧的な雰囲気にもめげず、むしろ更に高くから見下ろすように、長老の一人がそう語った。

 老いた老婆のようだった。
 しかし、その態度が銀色を更に苛立たせてしまったことは、言うまでもない。

 

 

 

「断る」
「え、ちょっと銀色!」

「今更理由など興味はない。貴様等が真実を語る保障もないからな」

 言い捨てると、銀色は身を翻した。
 呆気にとられる碧たちだったが、戸口で立ち止まった彼は、

「碧。お前の自由にしろ」

 同時に、パタンっと閉まった扉。

 

 

「俺の……」

 それは『勇者』である碧を、彼らが意識しているからに他ならない。
 自分の都合に巻き込むわけにはいかない…と。

 

 銀色としては面白くないのだろう。
 何せ、姉が攫われた時には、全く動かなかった連中である。
 今更、『勇者』が現れたからといって、情報提供を、しかも恩着せがましく、してやろうなどと言われ、怒らない方が無理がある。

 碧だって同じ気持ちだ。
 銀色に対する彼らの態度は、明らかに軽蔑している。
 勝手に里を飛び出し、どうしようもなくなったから帰ってきた分際……そんな感じだ。

 本当ならば、こんな連中に教えを請いたくない。
 銀色のように、「いらない」と言って、出て行きたい。

 けど……。

 

 

「碧。聞いておけ」
「兄さん……」

「お前は銀色さんと違うだろう。蔑まれたのは、彼だ。彼とお前の屈辱を一緒にするな」

 紅光の言葉に、碧は覚悟を決めた。
 彼の横顔で……同じ気持ちを堪えているのだと分かったから。

 

 

「……教えてくれ。御祖母様が何故攫われたのか……」
「よろしいでしょう。では……」

「あ、ちょっと待って」

 ずっと黙っていた狐鈴が、ぱっと手を挙げた。

 

「どうした? 狐鈴」
「ぼく、お父さんと一緒にいる。だから、後で教えて。行こ、リオ」

 言うが早いか、狐鈴はリオを連れて、社から出て行った。
 ぽかんっとしたのもつかの間。
 すぐに、本心が分かり、双子は小さく微笑んだ。

 

 それも一瞬のことで、きゅっと表情を引き締め、

「では、改めて。頼む」

 

 

 

 

 

 ……そうして、聞いた話を碧たちは再び乗った船で、狐鈴とリオに語った。

 海の洞窟の中は静かで、しかもよく反響する。
 銀色が耳でも塞いでいない限り、嫌でも聞こえるのだ。
 舵を取っている彼に、両手をフリーにするなんてこと、到底出来ない。

 

「あの莫迦……」

 溜息をつきつつ、銀色は良すぎる己の耳を塞ぐことも出来ず、事の一部始終を知ることとなった。

 

 

 

 彼の姉が攫われたのは、赤毛の蔵馬が産まれて間もない頃。

 闇の世界が関わっていることは知っていたが、当時から有力者の息子が連中に攫われる事件は相次いでいた。
 故に、グランバニアの人たちは、出産を知らずに、母親だけを攫ったと考えていたらしい。

 だが、真実は違った。
 彼女だけは、他の誘拐――つまり、『勇者』探し――とは全く別目的だったのである。

 

 

 そもそも、彼女が攫われた原因については、世界の成り立ちから説明を受けねばならなかった。

 この世界は、天空界・人間界・魔界と3つの世界に別れており、それぞれは特別な門で仕切られているという。
 その魔界へ通じる門というのが、洞窟の中で見たあの扉らしい。

 

 エルヘブンの銀狐たちが、閉鎖的で外界との接触を断つのは、元々あの門の番人であったから。

 異種族と接することで、このことが世界中に広まれば、悪用しようとする輩も必ず現れる。
 本来は、それを危惧してのことだった。

 それがいつの間にか、民族性にまで発展したのだろうけど……それについては、つっこまずにいた。

 

 

 だが、近年になって、その門に施された封印が弱くなっているというのだ。
 人間界に出没するモンスターが増えたのも、そのせいだという。

 しかし、本当に恐ろしいのは、更に強力なモンスター……魔王と呼ばれるソレまでが、人間界へ来てしまうであろうこと。

 ……とはいえ、あまり碧たちには興味のないことだったが。

 

 

 そして、彼女は……社の上の階で、特別扱いを受けていた彼女は、門番としての力が誰よりも強かったという。
 だからこそ、幼少時から大切に大切に育てられてきたのだ。

 突然、カケオチした時には、皆してグランバニアを、人間を恨んだらしい。
 その遺伝の集大成から、『勇者』が生まれたのだから、世の中どうなるか分からないと、何とも勝手なことを言っていたけれど、これは聞かなかったことにし、狐鈴たちにも言わなかった。

 

 

 だが、門番としての力が強いということは、門を閉じられるだけでなく、開くことも出来るということ。

 だから、彼女は攫われたのだ。

 魔王が門を通るために。

 

 

 

 

「そうなんだ……伯母様、大変なことに巻き込まれちゃってるんだね。早く助けてあげないと、可哀想だよ!」

 家に帰れなくなっていることも忘れ、狐鈴は力強く言った。

 

「ああ。だが、おそらく彼女は人間界にはいない。だから、先に父さんと母さんを捜すよ」
「大神殿、入れるといいな……そういえば、例のモノってなんだったんだ?」
「これだよ」

 碧たちが長老たちから話を聞いている間に、銀色と狐鈴とリオとで、向かってくれていたのだった。
 2人が社を後にしてすぐにも、出発出来るようにと。
 やはり、長居したくなかったのだろう。

 

「絨毯?」
「魔法の絨毯だよ! これであれくらいの崖なら登れるって!」

「それはすごいな」
「へえ〜。便利だな」

 見た目は普通の絨毯だけれど。
 しかし、今ここで広げるわけにはいかない。
 全員乗っても、余裕がありそうな大きさゆえに、この船の甲板では邪魔になるだろうから。

 

 

 

「あ、それからね。あのお爺さんが、不思議なこと言ってたよ」
「不思議なこと?」

「うん。天空界への門は、エルヘブンの管轄じゃないから、何処にあるのかよく分からないけど。それらしい塔があるんだって」
「天空への塔か……魔界の門に関連し、何か手がかりがあるかもしれんな。何処か分かるか?」
「それがね。セントベレス山の近く……此処だって」

 地図を見て、狐鈴が指さしたのは、まさしくこれから向かう大陸。
 大神殿の真下。
 地図上で真下だから、大神殿を南下した辺りだろうか。

 

 

「……偶然、にしてはできすぎてるけど(っていうか、あの神殿、セントベレス山ってところにあるのか)」
「いずれにせよ、手間が省けた。もし、大神殿へ登れずとも、こちらに登れれば、また先が見えるかもしれない」

 言って、紅光は地図を丸めた。
 丁度、洞窟の出口に到着し、ゆっくりと通り過ぎる。

 同時に、高々と杖を掲げた。

 

「ルーラ!!」

 移動呪文・ルーラ。

 銀色の話では、蔵馬が若い頃、修行の末に習得した呪文らしい。
 その血を受け継いでいるからと、物心ついた時から使えたとあっては、少々父に申し訳ない気もするが。
 今はとても役に立っていた。

 

 

 

 

 ……そして、降り立ったのは、テルパドールからラインハットへ行く途中で、船を乗り換えた小さな港の一つ。
 追っ手がいることも考えたが、あれから大分経っている。

 こんな中継地点でしかない島には長居もしないだろう。

 予想通り、島にいたのは港を管理する、老夫婦のみ。
 銀色の姿を見て、一瞬驚いたものの、何事もなかったかのように、振る舞ってくれた。
 こういうところでは、全てに目を瞑るのが、一番利口だと、長い人生経験の中、よく悟っているらしい。

 

 紅光のルーラは船にも効果を発揮するため、今まで乗ってきた船がそのまま使える。
 一行は、港で一晩休んだ後、日が昇る前に出発した。

 波は荒かったが、寵からの的確な情報のおかげで、何とか横付けに成功。
 しかし、絶壁には変わりないため、そのままでは登れない。

 だから此処で、あの絨毯が役に立つわけである。

 

 

「うわーっ! すごい!」
「これは…」

 普段は淡泊な碧と紅光だけれど、この絨毯の性能には驚きを隠せなかった。
 空を飛んだことだって初めてなのに、それがこんな絨毯一枚でなんて。
 まさに夢物語だ。

 

「ね、ね、すごいでしょ!」
「ああ。って、狐鈴。あんまり飛び跳ねると、落ちるぞ」
「大丈夫っ!!」

 しかし、誰よりも一番はしゃいでいるのは、狐鈴である。
 同時に小さく呟いていた。

 

 

「狐白も乗せてあげたかったな……」

「今度乗せてあげればいいじゃないか。帰った時にでも」
「! うん! そうだね!」