会う
<8 故郷>
「ここが……」 碧と紅光、それに狐鈴も一緒になって、ぽかんっとしてしまったのも無理はない。
大国でもなければ、オアシスでもない。 例えるなら……物語に出てくる、物の怪か妖精の隠れ里のような。
まずは場所が問題だった。
寵から、光の教団アジトの大神殿のある島に潜り込めそうな場所を聞いたはいいが。 崖の高さと鼠返しのようになった頂上部分を考えると、ロッククライミングも無理。
せっかく前に進めそうだったのに……落胆する碧は、ふと銀色が顔をしかめていることに気づいた。 「何かいい方法でも浮かんだのか?」 ついでに、あんまりその方法を使いたくないことも、察してはいた。
「……まあな」 紅光もまた、期待に満ちた眼差しを向ける。 そして、それは。
「……俺の故郷だ」 溜息をつきながら、吐き捨てるように言う銀色。 「お父さんの?」 闇の世界によって攫われた祖母。 父・蔵馬の……知らぬ内にしていた、一番最初の旅の動機。
「でも、ずっと戻ってないんだよね? お父さん」 「基本的に、保守的で閉鎖的な一族だ。外に出て行った者は、罪人扱いされている。戻る気にもなれない」 つまり、暗黙の了解というやつだろう。
まあ、あたたかい気持ちで受け入れてくれるとは思えない、そんなところか。 だが、戻っても銀色に直接的な被害がないのならば、是非ともお願いしたいところ。 ただ……自分から言い出したくはなかったようだけれど。
そして、再び船に乗り――幽助らからの援助により、小型ながら専用の船が用意できた。しかも、少人数でも舵がとれるタイプなので、5人だけの航海が可能な船である――大陸を大きく廻って、辿り着いたのは。 海から続く洞窟だった。
「これは……」 紅光がそう言うのも無理はなかった。
洞窟内は、船がゆったりとおさまるほどの川幅があったため、降りることなく、そのまま進む。 何処か、そう……神秘的な空気さえ漂っている。
「水がキラキラ光ってるよ、碧兄ちゃん」 甲板の手すりから身を乗り出していた狐鈴の言葉に、見下ろしてみれば、なるほど確かに光っている。 ちらりと見た銀色は、いつもの表情で舵をとっていた。
「銀色。これって、どうしてか分かる?」 「へえ? 父さんの親父さん、此処を目指してきたわけじゃなかったのか」 「ふうん……」
そして、2人は恋に落ちて。 銀色は1人になった。 そう思うと、少し切なくなる。 それはしたくなかった。
「では、銀色さん。あれが何かも分からないか?」 船首で前を見ていた紅光が、振り返った。 しかし、つい最近のものとは到底思えない。
「ああ。洞窟が一族中に知れ渡った後も、あの扉のことだけは、誰も話したがらなかった。長老連中は知っていたようだがな。俺も興味が無くてな。深く調べようとは思わなかった」 「兄さん? 何かあったのか?」 女装は続けているが、他人のいないこの船の上ならば、「兄」と呼んでいる碧。
「いや……声がした」 「【もっと後で来い】……だそうだ」 「それって……モンスターの声?」 狐鈴が聞いたが、紅光は首をひねるばかり。
「いや……リオたちのとは、少し違う気がするが」 「…………」 子供たちが見つめる中、船は扉の前を素通りし、更に奥へ奥へとのぼっていった……。
そして。 とんでもない山奥の、更に奥地。 銀色の先導で進むのも、細く険しい獣道。 完全に陸の孤島。
だが、道もすごければ、村自体もすごかった。 絶壁に囲まれた、一際巨大な険しい山。 洞窟を繋いで道を造り、急斜面が緩やかになっているところを選んで、通路と家が並んでいる。
エルヘブンという名のそこは、言うまでもなく、銀狐の隠れ里。 この村の不思議な空気は、そんな民族の違いもあるのかもしれない。 狐鈴も銀狐の血をひいていることになるが、白狐の血が入っているだけに、若干色が異なっていた。
「行くぞ」 こんな山にこれだけの文化を形成出来るのだから、それだけ使えば、大神殿のある島にも上がれる可能性は十二分にある。
「昔住んでいた家の隣に爺さんがいる。そいつが持っているはずだ」 此処へ入ってから、やはり銀色の機嫌はあまりよくない。 だが、それは碧たちも差して変わりはしなかった。
何せ……さっきから、すれ違う人すれ違う人、皆ひそひそと囁きあっているのだ。 リオがモンスターだから…というのもあるだろうが、視線の大半は紅光に向かっている。 まあ、急に襲ってきたりしない分、まだマシだろうけれど。
「銀色さん」 紅光は頷いたが、 「生憎違う。彼女は特別扱いされていたから、山頂の社に住んでいた」 指さしたのは、遙か山のてっぺん。
「そうか……」 銀色本人に行くつもりはないのだろう。
「蔵馬様……ですか?」 問われた声に、全員が振り返った。 その言葉が予想の範疇外だったから。
「え? え?」 そういえば、銀色の本名を聞いたことがなかった。
「あの〜…」 声をかけてきたのは、若い女性だった。
「はい……あの、蔵馬様、ですよね?」 それがどうしたと言わんばかりの銀色に、女性は小さく悲鳴を上げかけた。
「そ、その……長老様たちがお呼びなのです……どうぞ…社まで……と」 それだけ告げると、女性は大慌てで走り去っていった。
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