<7 光の教団>

 

 

 

 テルパドールを出発して、砂漠をひたすらラクダを走らせて。
 大陸についた時とは、当然違う港へ。
 元の場所へ戻るなど、捕まえて下さいと言っているようなものだ。

 また護衛をするのかと思えば、銀色は大胆にも、乗ってきた3頭のラクダを売って、そのお金で乗船したのだ。

 

 そりゃあ、馴染んだとはいえ、今後ずっとこのラクダたちと一緒に行くのは、無理がある。
 特にラインハットは寒い地方。
 身体を壊すだけですめばいいくらいだ。

 いずれにせよ、一緒に旅は、これ以上無理なところまで来ている。
 ならば、この辺りで誰かに引き取って貰った方がいいとは思うけど……堂々と売るのは、流石にどうかと思う。

 最もそれが、長年旅をしてきた者の経験によるものならば、何も言えないが。

 

 

 

 テルパドールからラインハットへ直通の船はない。
 色々な港に立ち寄り、船を乗り換えて行くが、追っ手をまくには好都合だったろう。

 そろそろ、ラクダが盗まれたものだったと気づかれているかも知れない。
 魔法などで連絡を取られては、ずっと同じ船に乗っているのは、危険である。
 小型の船であれば、その心配もないだろうが、何分大陸から大陸へ渡る船で、そんなに小さなものはないのだ。

 何度かの乗り換えを経て、辿り着いたのはポートセルミ。
 ここまでくれば、次に乗る船でラインハットのある大陸へ行ける。

 

 

「狐鈴、どうした?」

 港から少し行った酒場兼食堂で昼食をとっていた時だった。
 いつもは碧と同じくらいよく食べる狐鈴が、あまりフォークを動かしていないことに気づいた紅光。
 自然と額に手を当てるが、熱はなさそうである。

 

「あ、うん……ちょっと……」
「何かあるのか? この港町に」
「ううん、違うよ。その……いつも此処に来るのは、家に帰る時だったから」

 寂しそうに言う狐鈴に、紅光も碧も何となく事情を察した。

 

 確か、彼には双子の妹がいて、母親や祖母・曾祖父と一緒に家で待っているはず。
 いつも話すその様子から、会いたがっているのが、よく分かる。

 彼は弱音を吐いたりしないけれど、碧たちよりも幼いのだ。
 いくら父親が一緒にいるといっても、家が懐かしくなったり、母や妹が恋しくなったりするだろう。

 物心ついてから、ほどなく旅に出たと言っていた。
 寂しい気持ちがないはずがない。

 

 そして、お尋ね者の銀色が、こんな情報が行き交う港町に長居したり、用事もないのに立ち寄るとは思えない。
 つまり、多少の危険を冒してでも、此処を訪れるのは……家に帰る時だけだったのだ。

 それが今回は、本当に通り道だっただけ。
 分かっていても、切なさは拭えないのだろう。

 

 

 

「……銀色さん、此処から家は近いのか? 少しなら立ち寄っても……」
「全然近くない」

 きっぱり言いきった上、テーブルに広げてあった世界地図の一カ所を指さし、

「サラボナは此処だぞ」
「……確かに遠いか」

 ううむと唸る紅光。
 とてもではないが、「近い」とは言えない。
 はっきり言って、十人いれば十人ともが、「遠い」と言うくらいに。

 いくつもの山を越え、洞窟を抜けねば行けない場所だった。

 

「……そういえば、銀色ってルーラ使えないのか?」
「使えたら、とっくに使っている。碧、お前はどうなんだ」
「無理。でも兄…姉さんは使えるからさ」

 しかし、ルーラは「一度行った場所」へ行くことしか出来ない魔法だ。
 紅光は一度もサラボナへ行ったことがない。
 それではダメなのだ。

 

 

 

「ラインハットへ行っても手がかりがなければ、一度帰ることも考えている。とにかく、向こうへ行ってからだ」
「引き返すことになるんじゃないのか?」
「同じことだ。それに北回りのコースがないわけでもない。かなりハードだがな」

 いずれにせよ、今は帰るつもりはないのだろう。
 地図をくるくると丸めると、ぐいっとジョッキを煽った。

 銀色が酒を飲んでいるのは、そういえばと言うくらい、見たことがなかった。
 節約のためかと思っていたけれど、今は結構飲んでいる。
 こういった酒場では、むしろ酒よりジュースの方が高いが……それにしたって、飲み過ぎではないだろうか?

 

 

(……寂しいのは、銀色も同じなのか?)

 口にも表情にも態度にも、空気にすら出さない。
 けれど、その分酒が増えるのだろうか。

 聞こうと思って、止めた。
 もしも、ラインハットで手がかりがなかったり……あるいは、サラボナ方面に手がかりを見つけたりすれば、行けるのだ。
 だったら、その時に分かること。

 いくら彼でも、歓喜の感情を隠したりはしないだろうから。

 

 

 

 

 ……けれど、その期待に近い気持ちは、あっさりと流された。

 いい意味で。

 

 

 ラインハットに着いてしばらくは、何もなかった。
 いや、何もなかったことはない。

 

 王の兄で、蔵馬の昔なじみだという幽助は、とてもあっけらかんとした人で。
 リオを見るなり、あっさり納得して、迎え入れてくれた。
 そうでなくとも、

「お前ら、蔵馬にちょっと似てるぜ」

 と言っていたけれど。

 

 蔵馬と梅流が行方不明だと言った時には、流石に絶句していたが。
 自分たちが探している最中の旨を伝えると、ほっとしたようで、役に立てればと物資やら金銭やらを援助してくれた。

 本当は自分も行きたかったようだけれど、奥さんが妊娠中だとか。
 碧たちが訪れた時には元気だったが、時々倒れることもあるらしい。
 それでは、無理はできないに決まっている。

 

 

 また、その子供たち――何と3人もいた――も、影ながらの協力に留まった。
 もちろん、山のように役に立つものをくれたけれど。

 ラインハットとグランバニアの国交上、下手に動けないのだろう。
 それは、碧たちにもよく分かっていることなので、むしろこれだけの援助をしてくれただけで、充分感謝していた。

 今回とて、碧たちはあくまでも「蔵馬の子供」ということで入国したのだ。
 決して、「グランバニアの王子」としてではない。

 

 

 

 それでも……彼らと会えたのは、本当によかったと思えることだった。

 長男の蕾螺は、叔父の後を継いで、いずれは国王になる身だというのに、実に好意的で。
 碧や紅光は公表していなくても王子だが、一般人でましてや『狐』である銀色や狐鈴にも親切だった。

 長女の琉那は、父親に似たのか、非常に活発で。
 とにかく強く、紅光は滞在中、何度も手合わせして、汗を流した。

 

 そして、次男の寵。
 蓮や蛍明が言っていた王子というのは、彼のことだったらしい。
 2人の友達だというと、驚くよりも前に、酷く納得された。

 

「うん。蛍明たちの好きなタイプだと思うよ、君」

 決して呆れているわけではない。
 納得して、そして嬉しげだった。

 国を継がない次男であっても、王子として、他国の姫や王子たちと接してきたのだろう。
 全員とはいわないが、その高慢さに疲れていたらしい。

 

「おれは君みたいな子の方がいいよ。気楽に話せる方がいい」
「同感だな」

 

 

 

 

 それから、いっぱいいっぱい遊んだ。
 寵もリオのようなモンスターを怖れることはなく、狐鈴も連れ込んで、あちこち探険して廻った。
 グランバニアとも違うラインハットの城は、見ていて飽きない。

 そして、城の最上階まで上って。
 ついには、屋根の上にまで出て。
 さらに櫓にまで登った時だった。

 

 

「……何だ? あれ?」

 ふと遠くの方に見えた影。

 それは海の遙か向こう。
 ただでさえ、ラインハットから一番近い海岸まで、かなりの距離があるのに。
 その影は、空に吸い込まれるような高さであることを、はっきりと見ることが出来た。

 

「ああ。あれは……『光の教団』のアジトだよ」
「光の教団……聞いたことあるようなないような……」

「世界滅亡の時に救ってくれるって、あっちこっちでふれ回ってるからじゃないか。表向きとはいえ」
「……で、その実体は?」

 何となく、パターンが読める気もするが、いちおう聞いてみた。
 しかし、かえってきた答えは、予想以上だった。

 

 

 

「裏で糸を引いてるのは、闇の世界だよ……あそこに、父さんは十年間、攫われてた。蔵馬さんもね」
「! そうか……あそこ…だったのか」

 目を瞠る碧。

 それも道理で。
 ここへ来る航海中、ずっと東に見えていたのに、一度も上陸どころか、近づきもしなかった島。

 そこがまさか、父の因縁の場所だったとは。

 

 

 闇の世界について、グランバニアの人たちは、ほとんど知らないに等しかった。

 蔵馬がグランバニアに帰国して、滞在していたのは数ヶ月のこと。
 その間、彼は忙しくて、あまり今までのことを話したがらなかったらしいから。

 むしろ、リオたちモンスターの方が、旅の最中に聞いていて知っていたが、彼らも流石に蔵馬の奴隷時代までは、詳しく知らなかった。
 十年間何処かに攫われていたこと、そこに闇の世界が関わっていたこと……くらい。
 その場所や、相手の名前まで知っている者はいなかった。

 

 蔵馬自身、場所は分かっていても、そこへ行くことが出来ない……そう言っていたそうだから。

 

 

 

「……あそこへ行くのは、難しいのか?」

 父が無理だと言っていた以上、簡単ではないはず。
 かつて奴隷だったから…というだけでなく、一国の王としても、向かうのが困難なのだろうから。

 

「うん。父さんも色々ある場所だから、調べたこともあるんだって。でも、無理らしいよ。本拠地が高い山頂にあるっていう以前に、断崖絶壁に囲まれている上、波が高くて、船を横付けも出来ない……つまり、上陸もできないんだ」
「そう……」

 現時点で、何処よりも一番両親の手がかりがありそうな場所なのに。
 行くことすら、出来ないなんて……。

 

 

 

「あ、でも」

 ふと思い出したらしい寵の一言が、碧たちの未来を照らした。

 

「蛍明たちと遊んだ帰りの船で……一カ所だけ波が打ち付けていなかった場所があったよ」