<7 光の教団>
テルパドールを出発して、砂漠をひたすらラクダを走らせて。 また護衛をするのかと思えば、銀色は大胆にも、乗ってきた3頭のラクダを売って、そのお金で乗船したのだ。
そりゃあ、馴染んだとはいえ、今後ずっとこのラクダたちと一緒に行くのは、無理がある。 いずれにせよ、一緒に旅は、これ以上無理なところまで来ている。 最もそれが、長年旅をしてきた者の経験によるものならば、何も言えないが。
テルパドールからラインハットへ直通の船はない。 そろそろ、ラクダが盗まれたものだったと気づかれているかも知れない。 何度かの乗り換えを経て、辿り着いたのはポートセルミ。
「狐鈴、どうした?」 港から少し行った酒場兼食堂で昼食をとっていた時だった。
「あ、うん……ちょっと……」 寂しそうに言う狐鈴に、紅光も碧も何となく事情を察した。
確か、彼には双子の妹がいて、母親や祖母・曾祖父と一緒に家で待っているはず。 彼は弱音を吐いたりしないけれど、碧たちよりも幼いのだ。 物心ついてから、ほどなく旅に出たと言っていた。
そして、お尋ね者の銀色が、こんな情報が行き交う港町に長居したり、用事もないのに立ち寄るとは思えない。 それが今回は、本当に通り道だっただけ。
「……銀色さん、此処から家は近いのか? 少しなら立ち寄っても……」 きっぱり言いきった上、テーブルに広げてあった世界地図の一カ所を指さし、 「サラボナは此処だぞ」 ううむと唸る紅光。 いくつもの山を越え、洞窟を抜けねば行けない場所だった。
「……そういえば、銀色ってルーラ使えないのか?」 しかし、ルーラは「一度行った場所」へ行くことしか出来ない魔法だ。
「ラインハットへ行っても手がかりがなければ、一度帰ることも考えている。とにかく、向こうへ行ってからだ」 いずれにせよ、今は帰るつもりはないのだろう。 銀色が酒を飲んでいるのは、そういえばと言うくらい、見たことがなかった。
(……寂しいのは、銀色も同じなのか?) 口にも表情にも態度にも、空気にすら出さない。 聞こうと思って、止めた。 いくら彼でも、歓喜の感情を隠したりはしないだろうから。
……けれど、その期待に近い気持ちは、あっさりと流された。 いい意味で。
ラインハットに着いてしばらくは、何もなかった。
王の兄で、蔵馬の昔なじみだという幽助は、とてもあっけらかんとした人で。 「お前ら、蔵馬にちょっと似てるぜ」 と言っていたけれど。
蔵馬と梅流が行方不明だと言った時には、流石に絶句していたが。 本当は自分も行きたかったようだけれど、奥さんが妊娠中だとか。
また、その子供たち――何と3人もいた――も、影ながらの協力に留まった。 ラインハットとグランバニアの国交上、下手に動けないのだろう。 今回とて、碧たちはあくまでも「蔵馬の子供」ということで入国したのだ。
それでも……彼らと会えたのは、本当によかったと思えることだった。 長男の蕾螺は、叔父の後を継いで、いずれは国王になる身だというのに、実に好意的で。 長女の琉那は、父親に似たのか、非常に活発で。
そして、次男の寵。
「うん。蛍明たちの好きなタイプだと思うよ、君」 決して呆れているわけではない。 国を継がない次男であっても、王子として、他国の姫や王子たちと接してきたのだろう。
「おれは君みたいな子の方がいいよ。気楽に話せる方がいい」
それから、いっぱいいっぱい遊んだ。 そして、城の最上階まで上って。
「……何だ? あれ?」 ふと遠くの方に見えた影。 それは海の遙か向こう。
「ああ。あれは……『光の教団』のアジトだよ」 「世界滅亡の時に救ってくれるって、あっちこっちでふれ回ってるからじゃないか。表向きとはいえ」 何となく、パターンが読める気もするが、いちおう聞いてみた。
「裏で糸を引いてるのは、闇の世界だよ……あそこに、父さんは十年間、攫われてた。蔵馬さんもね」 目を瞠る碧。 それも道理で。 そこがまさか、父の因縁の場所だったとは。
闇の世界について、グランバニアの人たちは、ほとんど知らないに等しかった。 蔵馬がグランバニアに帰国して、滞在していたのは数ヶ月のこと。 むしろ、リオたちモンスターの方が、旅の最中に聞いていて知っていたが、彼らも流石に蔵馬の奴隷時代までは、詳しく知らなかった。
蔵馬自身、場所は分かっていても、そこへ行くことが出来ない……そう言っていたそうだから。
「……あそこへ行くのは、難しいのか?」 父が無理だと言っていた以上、簡単ではないはず。
「うん。父さんも色々ある場所だから、調べたこともあるんだって。でも、無理らしいよ。本拠地が高い山頂にあるっていう以前に、断崖絶壁に囲まれている上、波が高くて、船を横付けも出来ない……つまり、上陸もできないんだ」 現時点で、何処よりも一番両親の手がかりがありそうな場所なのに。
「あ、でも」 ふと思い出したらしい寵の一言が、碧たちの未来を照らした。
「蛍明たちと遊んだ帰りの船で……一カ所だけ波が打ち付けていなかった場所があったよ」
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