<6 砂漠の姫>
「で、お前ら誰だ?」
『勇者』であることを見抜かれた理由は分かった。 彼女らは『勇者』縁の物を知っているだけでなく、実物を見たことがあるような言い方をしたのだ。
いくらテルパドールが、『伝説の勇者』に縁があるといっても、公にされているのは、その事実だけだ。 いや、そこそこに身分があっても、無理だろう。 それを細かく知っているということは、世ほどの身分のある者でしか……。
それに……彼女たちからは、特別な雰囲気がしていた。 不鮮明ながら、確実に感じ取ったそれは、確信に変わる。
「簡単に言えば、テルパドールの次期王位継承者ってやつだ」 「姫……そっか、そういうことか」 姫ならば分かる。
「お前は? ただの『勇者』じゃないだろう?」 やはり身分ある者には、何となく分かるのだろう。 碧もまた、一目見た時から、彼女たちに何かしらを感じ取っていたから。
「まあな。グランバニアってところの第二皇子だ」 「グランバニア……蔵馬のか?」 「そういや、おれたちと同い年くらいの子がいるはずだったな。ってことは、お前、蔵馬の子か……何だ、『伝説の勇者』を探してる奴の息子が、ソレだったのか」 「お前たち……父さんを知ってるのか? 父さんたちの居場所、知ってるのか?」
だって、同い年くらいだ。 ということは、まさか彼女たちが物心ついた頃に、蔵馬は此処を訪れたのだろうか……?
しかし、淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
「いや、話だけだ。母さん……王妃からな」 「そう、か……」 つまり、古い知人として銀色と同じような感じなのだろう。 此処にも両親の手がかりはない。
「お前、名前は?」 ふと視線を上げると、赤い目の少女が歩み寄ってきていた。
「……人に名前聞く時は、先に名乗るのが礼儀だろ」 月並みなことを言ってみる。 「お前、俺の名前聞きたいのか?」 皮肉を皮肉で返してきた。
薄い笑みを浮かべる彼女は、今まで接してきた数少ない同世代の女の子とまるで違った雰囲気を持っている。 オアシスに護られて育った姫というよりは、砂漠の荒々しさに揉まれて成長したような。 決して嫌いなタイプではなかった。
「碧だ」 「そっちは?」 話と視線を振ったところ、もう一人の少女も名乗った。 例えるならば、夜の砂漠の静けさに潜む猛々しさといったところか。 大国グランバニアで育ったといっても、外の世界に飛び出してばかりだった碧である。
「で。その『兜』とやら。俺が『勇者』なら貰ってもいいのか?」 流石に何か言われるかと思ったら、あっさり承諾。
「……そうか?」 碧の様子から、蔵馬たちの不在、そして行方が分からないことをすぐに察してくれたらしい。
「いちおう、明日謁見するつもりでいるけど」 指さしたのは、ついさっき彼女たちが飛び降りてきた城壁。
「俺、一人で来たんじゃないよ。兄さ…姉さんも一緒だし、それに後二人くらい同行者もいるからさ」 勝手に事を終わらせておくわけにもいかない。
「そうか。ならば、仕方ないな」 いつもなら、こんな風に誘われても、ノらなかったかもしれない。
同い年くらいの子供と遊んだことなど、兄以外ではなかった。 でも2人は違っていた。
遊んでみたい。 たまには、こんなことがあったっていい。
……その後、碧たちは何と、夜通し遊び倒した。 オアシスならではの冷たいたっぷりとした水で遊んだり、裏口からこっそり城内へ入り込んで、地下庭園というところへ降りてみたり、砂漠まで出て行って競争したり。 お姫様とは思えないくらい、蓮も蛍明も強い。
「強いんだな」 自慢している風でもない、ごく自然だと言い切るさっぱりした様は、やはり心地良い。
「いいところだな、ここ」 2人のことも含めて、そう呟いた。 「お前、あいつと同じ事言うんだな」 「ラインハットの王子。わたしたちは、元々他国と交流しあう事が少ないが、あの辺りではしょっちゅうらしいからな」 「ラインハット……遠くないか? 此処からでは」 碧は首をかしげた。
ラインハット。 それはそうだ。
公にするには、グランバニアにとってもラインハットにとっても、不利益な部分が多すぎるため、今となってはどちらも「なかったこと」として扱うのが、暗黙の了解となっているが。 国の理と私情は全くの別物。
しかし、碧たち兄弟には全く恨みを抱かせていない。 大叔父も乳母もほとんど話してくれず、これといった感慨を抱いていなかった場所で。
蔵馬の幼い頃のこと。 そういえば、碧よりも年上の子供がいるとか。
「ん? ああ、実は父さんが盗賊で、忍び込んだら、国王の兄とバトルして、気があってな。ついこの間、親子で遊びに来た」 とはいえ、銀色も盗賊だ。 呆れはしても、軽蔑はしない。
「お前も一度行ってみるといい」 「そっか……」 リオの話で、一度行ってみたいな…とは思っていたが。 『兜』を得た後、次の目的地は、そこだ。
(実際、『兜』手に入れた後、どうするか決まっていなかったんだよな……丁度いい。もしかしたら、父さんと母さんの情報もあるかもしれないし) ない確率の方が、正直高い。 けれど、はっきりとした目的地がない以上は、カンに頼るしかない。
……何より、碧もその王子たちに会ってみたかった。 今晩だけしか一緒にいないけれど。
「じゃあ、此処出国したら、行ってみようかな」 ニッと笑いあう3人。
多分これで、しばらくは会えない。 それほど、彼らの住む世界は……危機に瀕している。
でも、そんなこと関係ない。 今、生きてる。 その人たちのためにだけ、頑張ったって、いい。
……その日のうちに、碧は『天空の兜』を女王自ら手渡され、再び砂漠の砂を踏みしめたのだった。
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