<6 砂漠の姫>

 

 

 

「で、お前ら誰だ?」

 

 『勇者』であることを見抜かれた理由は分かった。
 だが、まだ釈然としない部分がある。

 彼女らは『勇者』縁の物を知っているだけでなく、実物を見たことがあるような言い方をしたのだ。
 何より、碧が感じていたソレが、『兜』だと言い切っていた。

 

 いくらテルパドールが、『伝説の勇者』に縁があるといっても、公にされているのは、その事実だけだ。
 実質がどのようなものかは、ただの一国民が知っているともの思えない。

 いや、そこそこに身分があっても、無理だろう。
 『勇者』が何処にいるか分からない以上、いつか現れるはずの彼のため、ひた隠しにしようとするはず。
 ものが分かれば、それだけ盗まれる可能性が高くなるのだから。

 それを細かく知っているということは、世ほどの身分のある者でしか……。

 

 それに……彼女たちからは、特別な雰囲気がしていた。

 不鮮明ながら、確実に感じ取ったそれは、確信に変わる。

 

 

 

「簡単に言えば、テルパドールの次期王位継承者ってやつだ」
「ようするに、『姫』だな」

「姫……そっか、そういうことか」

 姫ならば分かる。
 いずれ、王位を受け継ぎ、『伝説の勇者』より預かったであろう『兜』を護る身ならば。

 

「お前は? ただの『勇者』じゃないだろう?」
「ただの≠ェ、どういう意味かによるな」
「そうだな。同じような匂いがする。お前も王子か?」

 やはり身分ある者には、何となく分かるのだろう。
 いくら外見を庶民に見せかけても、体内を流れる王家の血までは誤魔化せない。

 碧もまた、一目見た時から、彼女たちに何かしらを感じ取っていたから。

 

 

 

「まあな。グランバニアってところの第二皇子だ」

「グランバニア……蔵馬のか?」
「!」

「そういや、おれたちと同い年くらいの子がいるはずだったな。ってことは、お前、蔵馬の子か……何だ、『伝説の勇者』を探してる奴の息子が、ソレだったのか」

「お前たち……父さんを知ってるのか? 父さんたちの居場所、知ってるのか?」

 

 だって、同い年くらいだ。
 両親が行方不明になった時、彼女たちだって、まだ赤子だったろう。

 ということは、まさか彼女たちが物心ついた頃に、蔵馬は此処を訪れたのだろうか……?

 

 しかし、淡い期待はすぐに打ち砕かれた。

 

 

 

「いや、話だけだ。母さん……王妃からな」
「その母さんが会ったのも、一度きり。わたしたちを身籠もっていた頃だから、かなり前の話だがな。しばらくは手紙のやりとりもしていたそうだが、わたしたちが生まれた辺りから、ぱったりとな……数年前に出した手紙も、返事がなかったらしいし」

「そう、か……」

 つまり、古い知人として銀色と同じような感じなのだろう。
 彼女らは、更にその話を聞いただけというから、狐鈴のような立場だ。

 此処にも両親の手がかりはない。
 最初から、それが目的ではなかったとはいえ、落胆は否めなかった。

 

 

 

 

「お前、名前は?」

 ふと視線を上げると、赤い目の少女が歩み寄ってきていた。
 近くで見ると、少し碧より背が高い。
 何となく面白くなかった。

 

「……人に名前聞く時は、先に名乗るのが礼儀だろ」

 月並みなことを言ってみる。
 が、相手はムッとするどころか、にやりと笑い、

「お前、俺の名前聞きたいのか?」

 皮肉を皮肉で返してきた。

 

 薄い笑みを浮かべる彼女は、今まで接してきた数少ない同世代の女の子とまるで違った雰囲気を持っている。
 同じ『姫』ならば、大叔父の娘が該当するはずだが、全く違う。

 オアシスに護られて育った姫というよりは、砂漠の荒々しさに揉まれて成長したような。
 そんな感じ。

 決して嫌いなタイプではなかった。

 

 

「碧だ」
「蓮」

「そっちは?」
「蛍明だ」

 話と視線を振ったところ、もう一人の少女も名乗った。
 彼女もまた、所謂『姫』っぽくないけれど、蓮とはまた違ったタイプの少女。
 双子ゆえに何となく雰囲気は似てるのだが、碧たちと同じく、一卵性ではないのだろう、瓜二つには程遠かった。

 例えるならば、夜の砂漠の静けさに潜む猛々しさといったところか。
 どちらも、オアシスの象徴となる女王っぽくないが、その方が碧は好感が持てた。

 大国グランバニアで育ったといっても、外の世界に飛び出してばかりだった碧である。
 真綿に包まれたようなお嬢様は苦手だった。

 

 

 

「で。その『兜』とやら。俺が『勇者』なら貰ってもいいのか?」
「別にいいと思うぜ」

 流石に何か言われるかと思ったら、あっさり承諾。
 拍子抜けするくらいのとんとん拍子は、銀狐が『盾』のことを持ち出してから、続いているらしい。

 

「……そうか?」
「ああ。母さんも『勇者』が来たら、すぐにでも渡すつもりだったらしいし……ああ、でも一度母さんに会って行けよ。蔵馬や梅流から音沙汰ないの、口にはしないけど、気にしてるみたいだからさ」

 碧の様子から、蔵馬たちの不在、そして行方が分からないことをすぐに察してくれたらしい。
 頭の回転の速さは、一国の姫といったところか。

 

 

「いちおう、明日謁見するつもりでいるけど」
「謁見だ? そんな面倒なものしなくていいよ。これくらい跳び越えられるだろ?」

 指さしたのは、ついさっき彼女たちが飛び降りてきた城壁。
 まあ、出っ張りもあるし、超えられないことはなさそうだけど……。

 

「俺、一人で来たんじゃないよ。兄さ…姉さんも一緒だし、それに後二人くらい同行者もいるからさ」

 勝手に事を終わらせておくわけにもいかない。
 特に、紅光は昼間中、待っていたのだから。
 寝ている間に終わっていたと知られれば、それこそ烈火の如く、怒られると思う。

 

 

 

「そうか。ならば、仕方ないな」
「だったら、おれたちと遊ぼうぜ。ヒマだろ?」
「……まあね」

 いつもなら、こんな風に誘われても、ノらなかったかもしれない。

 

 同い年くらいの子供と遊んだことなど、兄以外ではなかった。
 皆、王子王子と接してくるから、面白くない。
 言葉の通じない、父の残していったモンスターたちの方が、ずっと近い存在だった。

 でも2人は違っていた。
 向こうも姫なのに、姫らしく振る舞わず、王子として扱わない。

 

 遊んでみたい。
 何をするとも言っていないのに。
 自然とそう思った。

 たまには、こんなことがあったっていい。

 

 

 

 

 ……その後、碧たちは何と、夜通し遊び倒した。

 オアシスならではの冷たいたっぷりとした水で遊んだり、裏口からこっそり城内へ入り込んで、地下庭園というところへ降りてみたり、砂漠まで出て行って競争したり。
 何度かモンスターと戦闘にもなったが、3人分担したり協力したりして、全て蹴散らした。

 お姫様とは思えないくらい、蓮も蛍明も強い。
 旅の序盤で襲ってきた刺客や、そこらへんのモンスターとは比べものにならないくらいに。

 

 

「強いんだな」
「オアシスは他国からもモンスターからも狙われやすいからな」
「これくらい当然だ」

 自慢している風でもない、ごく自然だと言い切るさっぱりした様は、やはり心地良い。
 今まで、国同士の交流として、他国の姫や王子にも会ったことがあるけれど。
 こんなさっぱりした付き合いは一度もなかった。

 

「いいところだな、ここ」

 2人のことも含めて、そう呟いた。
 すると、2人は顔を見合わせてから、

「お前、あいつと同じ事言うんだな」
「あいつ?」

「ラインハットの王子。わたしたちは、元々他国と交流しあう事が少ないが、あの辺りではしょっちゅうらしいからな」
「大人たちの前では言えないが、面倒らしい。おたかくとまった「お姫様」やら「王子様」と接するのはな」

「ラインハット……遠くないか? 此処からでは」

 碧は首をかしげた。

 

 

 

 ラインハット。
 そこは、テルパドールよりもグランバニアよりも遙か北にある大国で……碧たちの国の人々はあまり口にしない国。

 それはそうだ。
 誤解とはいえ、かつての王が……碧たちの祖父が、逆賊扱いされた場所。
 いくら遠方とはいえ、噂程度には届いてくる。

 

 公にするには、グランバニアにとってもラインハットにとっても、不利益な部分が多すぎるため、今となってはどちらも「なかったこと」として扱うのが、暗黙の了解となっているが。

 国の理と私情は全くの別物。
 とりわけ、王にずっと仕えていた、あの壮年の男性は、その名を聞くだけで、表情を曇らせるくらいだ。

 

 

 しかし、碧たち兄弟には全く恨みを抱かせていない。
 というより、むしろ……行ったことはないけれど、好意的に思える国だった。

 大叔父も乳母もほとんど話してくれず、これといった感慨を抱いていなかった場所で。
 リオと紅光が話せるようになってから、どのような場所で、両親とどのような関わりがあったのか、教えてもらった。

 

 蔵馬の幼い頃のこと。
 逆賊扱いされた経緯や真実全て。
 ともに誘拐され、共に十年の時を過ごした王子と、一緒に脱獄した女性。

 そういえば、碧よりも年上の子供がいるとか。

 

 

 

「ん? ああ、実は父さんが盗賊で、忍び込んだら、国王の兄とバトルして、気があってな。ついこの間、親子で遊びに来た」
「……どういう父親で、どういう親子なんだ」

 とはいえ、銀色も盗賊だ。
 別段、王家の人間だからといって、裏家業の者と縁がないということはないだろう。

 呆れはしても、軽蔑はしない。
 そんな碧の様子が、2人とも嬉しかったらしい。

 

「お前も一度行ってみるといい」
「国はどんなところか知らないが、あの親子は良い奴らだ」

「そっか……」

 リオの話で、一度行ってみたいな…とは思っていたが。
 これは一度行くだけの話ではない。

 『兜』を得た後、次の目的地は、そこだ。

 

 

 

(実際、『兜』手に入れた後、どうするか決まっていなかったんだよな……丁度いい。もしかしたら、父さんと母さんの情報もあるかもしれないし)

 ない確率の方が、正直高い。
 何せ、テルパドールと同じく、行方不明になってからも両親宛の手紙が来た国だ。
 失踪していること知らないと考えた方がいい。

 けれど、はっきりとした目的地がない以上は、カンに頼るしかない。

 

 ……何より、碧もその王子たちに会ってみたかった。

 今晩だけしか一緒にいないけれど。
 この2人が「いいやつ」と言い切る人間は、おそらく少ない。
 何となく、そう分かっていたから。

 

 

 

「じゃあ、此処出国したら、行ってみようかな」
「ああ」
「着いたら、よろしく言っておいてくれ」

 ニッと笑いあう3人。
 気づけば、夜が明けようとしていた。

 

 

 多分これで、しばらくは会えない。
 もしかしたら、今生の別れとなるかもしれない。

 それほど、彼らの住む世界は……危機に瀕している。

 

 でも、そんなこと関係ない。
 そんな面倒なこと、気にしない。

 今、生きてる。
 生きてて欲しい人たちがいる。
 生きて、会いたい人たちがいる。

 その人たちのためにだけ、頑張ったって、いい。

 

 

 

 ……その日のうちに、碧は『天空の兜』を女王自ら手渡され、再び砂漠の砂を踏みしめたのだった。