<5 夜の散歩>
そして、予定通り。
すぐにでも謁見したかったのは紅光だが、当の勇者である碧が、 「疲れた、眠い」 ……こう言い出したらテコでも動かない弟を知っているため、仕方なく、宿に入ったのだった。
宿代節約のため、部屋は1部屋。 サイズ的にも妥当なところだろう。 シーツに少し砂が入り込んでいる気がしたが、船上では積み荷の間で布にくるまって寝ていたくらいだから、まだマシな方だ。
グランバニアでは考えられないような状況なのに、何故か馴染んでいる。 こういう時、普通の「王子様」は耐えられなかったりするらしいと本で読んだのだが。 どうでもいいことだが、安い宿に抵抗なく泊まれるのは、なんにしたって便利なことだ。
城に上がれば、もっといい部屋で泊めてもらえたかもしれないが、それではわざわざ放浪人のような格好をしている意味がない。 紅光もその気持ちが分からないでもないが、あまり一カ所に長居したくない、目的を達成したい気持ちの方が強い彼は、どうしてもこういう時、先先進もうとしてしまうのである。
……故に、碧が目を覚ました時、ものすご〜〜〜く不機嫌な顔で覗き込んできたのも、無理はなかった。
「……え〜っと、兄さん。俺、どれくらい寝てた?」 冷静に見えて、意外と紅光は直情的である。
「外を見たら、分かると思うが?」 低い声で言われて、ちらっと見てみると、真っ暗だった。
「……丸一日?」 謁見できなかった……と、ブツブツ言う紅光に、碧は罰悪く、視線を逸らすしかなかった。 「……買い物もすませたのか?」 「別にいい。それより、明日こそ謁見だ。私は寝る。お前もあまり疲れるな」
これ以上、謁見が遅れることは望まない。 それは実に正しかった。
「じゃあ、ちょっと出てくる」 ベッドから降りて、靴を履き、『剣』に手を伸ばした。
ちなみに、銀色から譲り受けた『盾』は、彼が持っていた時には重量感たっぷりで、とてつもなく大きくて重そうだったのに、碧が手にした途端、あっという間に軽くなり、更には小さくなってしまった。 「お前に装備しやすい形を選んだんだろう。それなら、邪魔にもならないし、旅する上でも目立たないな」 銀色が言った言葉は、確かに当たっていた。
これほど便利な『盾』もそうないだろう。 『盾』でこれなのだから、『兜』や『鎧』もちょっとだけ興味が湧いたものである。
「そういえば……」 ふと気づくと、向こうのベッドでは、銀色と狐鈴が仲良く寝ていた。
「あの2人はどうしてたんだ?」 本人曰く、「目立ちたくない」とのことだったけれど、それよりも面倒だったのだろう。 それでも常に周囲を警戒しているらしく、たまたま壁の額が落ちてきた時も、あっさり避けていた。 それくらいならば、碧も紅光も出来ないことはないけれど、その様があまりに綺麗だったのだ。
「遠いといっても、親戚だ。似ているな、お前と」 いわば、もう一人の大叔父だ。 夕食だというナツメヤシを投げてよこしながら、紅光が少し笑った。
「さてとっと……」 宿から出るとすぐ、碧はナツメヤシを囓りつつ、歩き出した。 それに、オアシスの国といっても、宿屋の周辺はまだ砂漠。 ……気温が最高に上がる真昼に爆睡出来るのだから、寝られないこともないけれど。
でも、本当はそれだけではない。
「ちょっと見てくるか」 わざと軽口を叩くが、対照的に、碧の胸はドキドキしていた。
聞こえていた。 昼間にも聞こえていたソレは、夜になり、月の明かりが強くなるに従って、大きくなってきたのだ。
そういえば、リオが言っていた。 蒼は夜の色。 『伝説の勇者』の剣も盾も、蒼い光を放っているから、もしかすると、『勇者』の力は夜に強くなるのかもしれない。
そして、今感じているのもまた。 間違いなく、『勇者』の血。
この感じは覚えがある。 そう、幼かったあの日。 今手にしているこの『剣』に呼ばれた時と同じ……。
「……あそこか」 オアシスの中央に位置する城。 城の中心部かと思ったが、どうやら違うらしい。
「何とかと煙は、高いところにあるのが定石だと思ってたけど、そうでもないんだな」 突然響いた声に、流石の碧もぎょっとした。
警戒していなかったわけではない。 故に、ある程度の警戒網は常に張り巡らせている。
そこまで考えて気づいた。 「わざと気配断って近づいてきたな。悪趣味なヤツ」 「そうか?」 似たような声色だが、微妙に高さが違う。 軽く神経を張り詰めてみると、すぐに分かった。 もはや気配を断つことなく、城壁の上から二つの影が、碧の眼前に降り立った。
「フン、お前が『勇者』か」 言葉と同時に、魔法を発動させたらしい。
睨み付けた先にいたのは、2人の少女だった。 多分、碧と同い年くらい。 が、雰囲気が少しだけ似ていた。
「……双子?」 碧もあまり自信がなかったくらいだから、無理もない。
「……で? 何で俺が『勇者』だって知っている?」 否定するつもりはない。 殺気も敵意も悪意も感じないし、見たところ人間のようだ。 何故、勇者だと分かっただろうか?
「簡単なことだ。お前の持ってる剣、『伝説の勇者』のものだろう? この国には、『勇者』縁のものがある。纏う『気』が同じならば、物が違っても分かる」 そういえば、最初に声をかけられた時点で、無意識に抜いていた。
(……それって、「俺は『勇者』です」って広告しながら戦うようなもんか) はっきり言って、面倒くさい。 これからは他の剣も所持しようか。
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