<5 夜の散歩>

 

 

 

 そして、予定通り。
 一行は夜明けを迎える少し前、オアシスにあるテルパドールへ到着していた。

 

 すぐにでも謁見したかったのは紅光だが、当の勇者である碧が、

「疲れた、眠い」

 ……こう言い出したらテコでも動かない弟を知っているため、仕方なく、宿に入ったのだった。

 

 

 宿代節約のため、部屋は1部屋。
 ベッドは2つで、必然的に兄弟と親子で別れる。
 リオは碧たちの方のベッドの下に、もぐりこんでいった。

 サイズ的にも妥当なところだろう。
 ハタからみれば、『狐』3人と普通の人間1人で、一体どういう関係なのか、首をかしげるところだろうが。
 実際、その方が追っ手を攪乱できていいのも、事実。

 シーツに少し砂が入り込んでいる気がしたが、船上では積み荷の間で布にくるまって寝ていたくらいだから、まだマシな方だ。

 

 

 グランバニアでは考えられないような状況なのに、何故か馴染んでいる。

 こういう時、普通の「王子様」は耐えられなかったりするらしいと本で読んだのだが。
 自分たちに適応力があるのか、それとも現実はこんなものなのか。

 どうでもいいことだが、安い宿に抵抗なく泊まれるのは、なんにしたって便利なことだ。

 

 城に上がれば、もっといい部屋で泊めてもらえたかもしれないが、それではわざわざ放浪人のような格好をしている意味がない。
 碧が速攻の謁見を拒否したのも、すぐにまた砂漠で砂まみれになるのが嫌だったからというのもあるのだ。

 紅光もその気持ちが分からないでもないが、あまり一カ所に長居したくない、目的を達成したい気持ちの方が強い彼は、どうしてもこういう時、先先進もうとしてしまうのである。

 

 ……故に、碧が目を覚ました時、ものすご〜〜〜く不機嫌な顔で覗き込んできたのも、無理はなかった。

 

 

 

「……え〜っと、兄さん。俺、どれくらい寝てた?」

 冷静に見えて、意外と紅光は直情的である。
 露骨に機嫌が悪いのも、そう驚くことではないが。
 少なくとも、歓迎できることでもなかった。

 

「外を見たら、分かると思うが?」

 低い声で言われて、ちらっと見てみると、真っ暗だった。
 夜明けのほんの少し前に着いたのに、まだ夜が明けていないということはないだろう。
 そうであれば、紅光が怒るわけもない。

 

「……丸一日?」
「そこまでは行っていない。が、また夜になったのは、事実だ」

 謁見できなかった……と、ブツブツ言う紅光に、碧は罰悪く、視線を逸らすしかなかった。
 動いた視界の片隅に、寝る前にはなかったはずのものを見つけ、

「……買い物もすませたのか?」
「ヒマをもてあます趣味はない。民からの情報収集も終わらせてある。ほとんど女王の話ばかりだったがな」
「サンキュ」

「別にいい。それより、明日こそ謁見だ。私は寝る。お前もあまり疲れるな」

 

 これ以上、謁見が遅れることは望まない。
 だが、ずっと寝ていた碧が、大人しくまたベッドに入るとも思っていないらしい。

 それは実に正しかった。

 

 

 

「じゃあ、ちょっと出てくる」

 ベッドから降りて、靴を履き、『剣』に手を伸ばした。
 国の中とはいえ、念のためである。

 

 ちなみに、銀色から譲り受けた『盾』は、彼が持っていた時には重量感たっぷりで、とてつもなく大きくて重そうだったのに、碧が手にした途端、あっという間に軽くなり、更には小さくなってしまった。
 ぎょっとしたが、左腕につけていたブレスレットの形が変わり、蒼い光と強い力を放っていた。

「お前に装備しやすい形を選んだんだろう。それなら、邪魔にもならないし、旅する上でも目立たないな」

 銀色が言った言葉は、確かに当たっていた。
 実践で使うようになってからは、必要な時にのみ、光が放たれ、大きな盾となってくれる。

 

 これほど便利な『盾』もそうないだろう。
 かつての『伝説の勇者』が、一体どうやってこれを手に入れたか分からないが、実に便利な品といえる。

 『盾』でこれなのだから、『兜』や『鎧』もちょっとだけ興味が湧いたものである。

 

 

 

「そういえば……」

 ふと気づくと、向こうのベッドでは、銀色と狐鈴が仲良く寝ていた。
 銀色が長身ゆえに、狐鈴を抱っこする形でないと、ベッドに入れないのだろう。

 

「あの2人はどうしてたんだ?」
「狐鈴は私と一緒だったよ。買い物も手伝ってくれたし、情報集めにも協力してくれた。素直な子供が相手だと、皆警戒せずに話してくれる。随分助かったよ。……銀色さんは、お前と同じだ。ずっと寝ていた」
「ふ〜ん……」

 本人曰く、「目立ちたくない」とのことだったけれど、それよりも面倒だったのだろう。
 それに長く旅をしていれば、食い溜め・寝溜めは常識だ。

 それでも常に周囲を警戒しているらしく、たまたま壁の額が落ちてきた時も、あっさり避けていた。

 それくらいならば、碧も紅光も出来ないことはないけれど、その様があまりに綺麗だったのだ。
 やっぱり、ただものではない。
 改めてそう思った。

 

 

「遠いといっても、親戚だ。似ているな、お前と」
「…………」

 いわば、もう一人の大叔父だ。
 むしろずっと一緒に暮らしてきた、あっちの大叔父よりも似ているかもしれない。

 夕食だというナツメヤシを投げてよこしながら、紅光が少し笑った。
 受け取った碧の表情は、複雑に膨れていた。

 

 

 

 

 

「さてとっと……」

 宿から出るとすぐ、碧はナツメヤシを囓りつつ、歩き出した。
 朝から晩まで寝ていたため、眠くないだけでなく、少し動きたかった。

 それに、オアシスの国といっても、宿屋の周辺はまだ砂漠。
 昼間の熱気が残っている今は、微妙に暑くて寝苦しいのだ。

 ……気温が最高に上がる真昼に爆睡出来るのだから、寝られないこともないけれど。

 

 でも、本当はそれだけではない。
 行きたかったのは。

 

 

「ちょっと見てくるか」

 わざと軽口を叩くが、対照的に、碧の胸はドキドキしていた。

 

 聞こえていた。
 この国に入ってからずっと。

 昼間にも聞こえていたソレは、夜になり、月の明かりが強くなるに従って、大きくなってきたのだ。

 

 

 そういえば、リオが言っていた。
 碧という名前は、蒼い『気』を纏っているからという理由で、蔵馬が名付けたのだと。

 蒼は夜の色。
 月夜の色。

 『伝説の勇者』の剣も盾も、蒼い光を放っているから、もしかすると、『勇者』の力は夜に強くなるのかもしれない。

 

 

 そして、今感じているのもまた。

 間違いなく、『勇者』の血。

 

 この感じは覚えがある。

 そう、幼かったあの日。

 今手にしているこの『剣』に呼ばれた時と同じ……。

 

 

 

 

「……あそこか」

 オアシスの中央に位置する城。
 その西の城壁の前で、碧は呟いた。

 城の中心部かと思ったが、どうやら違うらしい。
 城の西側にある高い塔。
 普通なら、そのてっぺんとでも考えるところだが、呼んでいるのは……地下だった。

 

「何とかと煙は、高いところにあるのが定石だと思ってたけど、そうでもないんだな」
「勇者の『兜』を、バカ呼ばわりか? 笑えるな」

 突然響いた声に、流石の碧もぎょっとした。

 

 警戒していなかったわけではない。
 いくら国内といっても、いちおうはお尋ね者の銀色と行動を共にしているのだ。
 国内外とわず、四六時中、油断大敵である。

 故に、ある程度の警戒網は常に張り巡らせている。
 森や山を歩く時に比べれば、幾分薄らいでたいけれど。
 それでも今の今まで、存在が察知できないとなると、相手が気配を断っていたとしか……。

 

 

 そこまで考えて気づいた。
 ようするに、

「わざと気配断って近づいてきたな。悪趣味なヤツ」

「そうか?」
「まあ、いい趣味ではないだろうな……」

 似たような声色だが、微妙に高さが違う。

 軽く神経を張り詰めてみると、すぐに分かった。
 2人いる。

 もはや気配を断つことなく、城壁の上から二つの影が、碧の眼前に降り立った。

 

 

 

「フン、お前が『勇者』か」
「はじめましてってところだな」

 言葉と同時に、魔法を発動させたらしい。
 ぽっと周囲に灯りが灯った。
 一瞬、まぶしさに目を細めたものの、このくらいの灯りであれば、大したことはない。

 

 睨み付けた先にいたのは、2人の少女だった。

 多分、碧と同い年くらい。
 1人は深紅の瞳、もう1人は薄い水色の瞳で、あまり顔立ちは似ていない。

 が、雰囲気が少しだけ似ていた。
 髪の色が似ているし、血縁があるのは、明白だが。

 

「……双子?」
「よく分かったな」
「あんまり似てないって言われるんだが」

 碧もあまり自信がなかったくらいだから、無理もない。

 

 

 

「……で? 何で俺が『勇者』だって知っている?」

 否定するつもりはない。
 多分、それは通じない。

 殺気も敵意も悪意も感じないし、見たところ人間のようだ。
 何より、城の中から出てきた以上、敵ではないと思うけれど……。

 何故、勇者だと分かっただろうか?

 

「簡単なことだ。お前の持ってる剣、『伝説の勇者』のものだろう? この国には、『勇者』縁のものがある。纏う『気』が同じならば、物が違っても分かる」
「剣が抜き身である時点で、『勇者』確定だ。勇者にしか抜けないはずだからな、それは」

 そういえば、最初に声をかけられた時点で、無意識に抜いていた。
 『勇者』のものだと知らない相手であれば問題ないが、知っている人には、一目瞭然なのだろう。

 

 

(……それって、「俺は『勇者』です」って広告しながら戦うようなもんか)

 はっきり言って、面倒くさい。
 モンスターに襲われる機会が増えるからというよりは、『勇者』を切望する一般人に拝まれたりするのが。

 これからは他の剣も所持しようか。
 そんなことを思案した碧だった。