<4 女装>

 

 

 

 そうして、旅に出て。

 真っ先におこなったのが……行方不明の両親の情報収集でもなければ、数年前に手紙を貰ったテルパドール王の元へ赴くことでもなければ、ましてや『勇者』としての使命を果たすことでもなく。

 

 今の衣装に着替えること。

 同時に、兄・紅光の女装だった。

 

 

 

 着替えは分かる。
 何せ、国を出て数時間で、いきなりモンスターに襲われた。

 それも、碧が試練の洞窟で戦っていたような連中ではなく、明らかに闇の世界からの刺客。
 裕福だったり身分が高かったりする子供が、連中から狙われていることは、よく分かっているけれど……まさかこんなに早くと思わず、怖れるよりも呆気にとられた。

 

 が、銀色はしれっと、

「『剣』のみでお前たちが守られていたわけではないだろう。『剣』と城独特の『気』がバリアになって、連中を阻んでいた以上、城から離れれば、襲ってくるのは当然だ。全く調べられなかった国から出てきた「裕福そうな子供」だからな。血眼になるのも、道理というものだ」
「でも、俺、城から時々出てたけど?」

「グランバニア領土から出たことはないだろうが。領土全域とはいかないだろうが、グランバニアほどの大国だ。城より外でも護りは効く」
「ふ〜ん……」

 原理は今ひとつ分からないけれど、国というのは伊達じゃないのだろう。
 それだけ分かれば、充分だ。

 

 

 それにしたって、しつこい。
 強くはないけれど、数が半端でないのだ。
 相手に出来ないわけではないが、何分面倒で。

 しかも、自分たちには興味がないからと、銀色は全く加勢してくれない。
 腹立ち紛れに、向かってきた者のみ、蹴散らしている。

 

 いや、手出しされたらされたで、腹が立つと思うけど。
 加勢するということは、それだけ自分たちの未熟さを突きつけられるものだから。

 狐鈴は精一杯頑張ってくれているけれど、紅光と碧、2人で相手するモンスターが5匹から4匹に減るくらい。
 彼の年齢を考えれば、これだけ戦力になることの方が、すごいと思うのだが。

 

 ……とはいえ、しつこい、くどい、うっとうしい。
 レベルアップはそこそこ出来そうだけど、それ以上にストレスの方が溜まりそうだった。

 

 

 

「……こいつら何とかならないだろうか? 半端に弱い分、苛立ちばかり募って、修行にもならないんだが」

 何日か経った頃、紅光がげっそりと問いかけるまで、その苦労は続いた。
 あまり期待していたわけではないが、銀色は特に困った様子もなく、背負っていた荷物から、布を数枚取り出し、

「着ろ」

 とだけ、言った。
 首をかしげつつ、グランバニアから着ていた旅装束を脱いで、着てみた。

 

 いつも着ているものとは違い、布の質があまりよくない。
 ところどころ破れているし、妙にゴワゴワ毛羽立っている。
 生まれてから、こんな服、着たこともなかった。

 だが、触れただけで分かる。
 強い魔力が織り込まれた、それだけを見れば、良質な防具。
 薄さや露出を考えれば、今まで着ていた装備と同じくらいの強固さがあった。

 しかし、見た目は一般の旅人か、それ以上に貧乏そうな……どちらかといえば、放浪人のような状態だった。

 

 

「それなら、「高貴な子供」には見えないだろう」
「「…………」」

 はじめは半信半疑だったものの、とにかく着替えてみたところ、少なくとも刺客から襲われることはなくなった。
 せいぜいが、本当にそこら辺にいる地のモンスターくらい。

 こんな単純なことでと、呆れたものだが、モンスターだって、姿形や性質は違ったって、人間よりも高度な伝達能力があったりするのは、ごく一部のみだろう。
 だったら、結局見た目に頼るしかない。

 ならば、こちらもそれらしくない姿でいるのが、一番なのだろう。

 

 

 

 が、しかし。

「……サイズがあうということは、もしかして私たちに用意してくれていたのか?」
「まあな」

「では、何故私のものが女物なのか、尋ねておきたいのだが」

 ピンクのひらひらに、兜のかわりに、頭の防御は特別な緑色の……リボン。
 はじめは、これしかなかったのだと思いもしたが、わざわざ出発前に仕入れたくらいだ。

 最初から選んでいたと、すぐに気づき、流石の紅光も目が赤くなりかけた。

 

 だが、当の銀色は何処吹く風で、

「グランバニア王子らが、国を出た噂など、いくら国民一丸となって隠そうとしても、人の口に戸は立てられない……そう先でない未来、あっさりと広まる。男の双子だと思われているのだから、片方が女のふりをしているだけで回避策になるだろう」

 何処か遊ばれているような気がしないでもないが、逆らって逆らえる相手ではない。
 不承不承、ピンクの衣装に身を包み、髪にリボンを飾った。

 これがまた、自他ともに認めざるを得ないほど似合う上、呆れるほど可愛いものだから、彼の落ち込みたるや半端でなかったことは、言うまでもない……。

 

 

 

 

 でもって、気落ちしている紅光に構うことなく、ようやっと前に進み始めた一行。
 第一の目的地は、かのテルパドール。

 手紙の真相を確かめるためである。
 前もって使者を使わすのが常だと大叔父は言っていたが、時間も惜しいし、必要なさそうな気がしたので、断った。

 

 件の手紙の内容からすると、どうやら公的のみの付き合いではないらしい。
 行方不明になるまで手紙のやりとりをしていたらしいと乳母が言っていたけれど、それ自体は何処にしまってあるのか、見たことがなかったし、てっきり王族同士、国の付き合いだと思っていた。

 だが、あの手紙を見る限り、もっと親密な間柄らしい。
 というのも、文面があまりにも砕けているからである。

 これで公式のものだというなら、ちょっと国民性を疑ってしまう。
 封に押されていた花印はちゃんとしたものだったし、宛名も丁寧に書かれていたから、そのようなことはまずないだろうけれど。

 

 

 

「夜明けには着くんだっけ」

 砂漠を歩き出して十数日。
 一行は、メンバーの3/5が子供であると信じられないほど、順調に砂の中を進んでいた。

 無論、徒歩で行くには厳しいため、船を下りてすぐ、ラクダを数頭失敬した。
 どう見ても、裏の仕事をやり慣れているその手際に、碧たちは呆気にとられたが、

「言ってなかったかも知れないけど、お父さん、盗賊だよ?」

 狐鈴がさっぱりと言い切ったので、更に呆然としてしまった。
 とはいえ、場合が場合と言えないこともないので、結局深く突っ込まぬまま、彼の盗ったラクダに跨ることにしたのだけれど。

 紅光だけは、あまりそういった事が好きでないため、女装のことも相まって、不機嫌ではあったが。
 それでも、盗む際に、相手に危害を加えなかったことで、いちおうの納得はしていた。

 

 とにもかくにも、追っ手を撒くためにも、かなりハイペースで進んでいたにもかかわらず。
 皆、子供だとは思えないくらい、しゃんっとしていた。

 

 

「ラクダに乗るのも上手くなったな、碧」
「……あんたに言われても、あんまり嬉しくない」

 不機嫌さを隠すことなく、銀色を睨み付ける碧。

 それはそうだろう。
 碧と紅光はそれぞれ一人ずつ乗っているけれど、銀色は狐鈴、それに唯一連れてきたモンスターのリオまで乗っているのだ。
 にもかかわらず、銀色が一番上手く手綱を繰り、一番早く進んでいるのだから。

 褒められても、素直に受け取れないのも無理はない。
 紅光の名を呼ばなかった時点で、彼は褒めるまでもなく、最初から上手かったことを印象づけているわけだし。

 

 

 

「それはそうとさ。本当にこっちでいいの? もうすぐ着くはずなのに、全然見えてこないじゃん」
「何のために、夜を選んで行動していると思っている」

「あんたにかかってる追っ手に気づかれないため」
「それもある。だが、夜は星を見て進めるだろう。昼間では、何の道しるべもないのだからな」

 淡々と正論を返され、それもそうかと黙り込む碧。
 でも何となく面白くない。

 

 

 銀色のことは嫌いではない。
 でも、何となく気に入らなかった。

 銀色が、ではなく。
 銀色にやりこめられることが。

 

 そんな銀色を見て、リオが楽しそうにしているのが、また気に入らない。
 紅光のように言葉は分からないけれど、態度で喜怒哀楽くらいは分かるから。

 モンスターから来る情報もバカには出来ない、だがぞろぞろ来られては迷惑と、紅光が一番意志疎通しやすく、碧にも何となく空気が分かり、かつ万が一の場合、荷物にでもほおりこめる大きさの彼女を連れてきたのだが、こういう時は面白くない。

 

 

 話せるようになってから分かったことだが、彼女と蔵馬や梅流の付き合いは、他のモンスターたちとは違い、かなり前かららしい。
 ゆえに、彼らの幼い頃をも知っており、グランバニアの誰もが知らなかったようなことさえ、知っていた。

 特に、先々代の王――碧たちにしてみれば、祖父になる――を殺したモンスターのことは、大叔父でさえ知らなかったこと。
 いや、殺されたのは知っていたけれど、その名前までは誰も知らなかった。

 他にも、テルパドールやラインハットにも行ったことがあるとかで、これは訪れる際に、話が早くなりそうだと、面倒ごとの嫌いな碧は、肩を落としたものだった。

 ……ちなみに、兄弟揃って、リオが雌だと知ったのは、つい最近、それこそ紅光と会話するようになってからだったりする。

 

 

 

(……ひょっとして、父さんもこんな感じなのか? 叔父甥だもんな、似てて当然か……あ〜、会ったらまずは先手必勝だな。そうでないと、ずっと引きずりそうだ)

 うんうんと、心に誓った碧だった。