<4 女装>
そうして、旅に出て。 真っ先におこなったのが……行方不明の両親の情報収集でもなければ、数年前に手紙を貰ったテルパドール王の元へ赴くことでもなければ、ましてや『勇者』としての使命を果たすことでもなく。
今の衣装に着替えること。 同時に、兄・紅光の女装だった。
着替えは分かる。 それも、碧が試練の洞窟で戦っていたような連中ではなく、明らかに闇の世界からの刺客。
が、銀色はしれっと、 「『剣』のみでお前たちが守られていたわけではないだろう。『剣』と城独特の『気』がバリアになって、連中を阻んでいた以上、城から離れれば、襲ってくるのは当然だ。全く調べられなかった国から出てきた「裕福そうな子供」だからな。血眼になるのも、道理というものだ」 「グランバニア領土から出たことはないだろうが。領土全域とはいかないだろうが、グランバニアほどの大国だ。城より外でも護りは効く」 原理は今ひとつ分からないけれど、国というのは伊達じゃないのだろう。
それにしたって、しつこい。 しかも、自分たちには興味がないからと、銀色は全く加勢してくれない。
いや、手出しされたらされたで、腹が立つと思うけど。 狐鈴は精一杯頑張ってくれているけれど、紅光と碧、2人で相手するモンスターが5匹から4匹に減るくらい。
……とはいえ、しつこい、くどい、うっとうしい。
「……こいつら何とかならないだろうか? 半端に弱い分、苛立ちばかり募って、修行にもならないんだが」 何日か経った頃、紅光がげっそりと問いかけるまで、その苦労は続いた。 「着ろ」 とだけ、言った。
いつも着ているものとは違い、布の質があまりよくない。 だが、触れただけで分かる。 しかし、見た目は一般の旅人か、それ以上に貧乏そうな……どちらかといえば、放浪人のような状態だった。
「それなら、「高貴な子供」には見えないだろう」 はじめは半信半疑だったものの、とにかく着替えてみたところ、少なくとも刺客から襲われることはなくなった。 こんな単純なことでと、呆れたものだが、モンスターだって、姿形や性質は違ったって、人間よりも高度な伝達能力があったりするのは、ごく一部のみだろう。 ならば、こちらもそれらしくない姿でいるのが、一番なのだろう。
が、しかし。 「……サイズがあうということは、もしかして私たちに用意してくれていたのか?」 「では、何故私のものが女物なのか、尋ねておきたいのだが」 ピンクのひらひらに、兜のかわりに、頭の防御は特別な緑色の……リボン。 最初から選んでいたと、すぐに気づき、流石の紅光も目が赤くなりかけた。
だが、当の銀色は何処吹く風で、 「グランバニア王子らが、国を出た噂など、いくら国民一丸となって隠そうとしても、人の口に戸は立てられない……そう先でない未来、あっさりと広まる。男の双子だと思われているのだから、片方が女のふりをしているだけで回避策になるだろう」 何処か遊ばれているような気がしないでもないが、逆らって逆らえる相手ではない。 これがまた、自他ともに認めざるを得ないほど似合う上、呆れるほど可愛いものだから、彼の落ち込みたるや半端でなかったことは、言うまでもない……。
でもって、気落ちしている紅光に構うことなく、ようやっと前に進み始めた一行。 手紙の真相を確かめるためである。
件の手紙の内容からすると、どうやら公的のみの付き合いではないらしい。 だが、あの手紙を見る限り、もっと親密な間柄らしい。 これで公式のものだというなら、ちょっと国民性を疑ってしまう。
「夜明けには着くんだっけ」 砂漠を歩き出して十数日。 無論、徒歩で行くには厳しいため、船を下りてすぐ、ラクダを数頭失敬した。 「言ってなかったかも知れないけど、お父さん、盗賊だよ?」 狐鈴がさっぱりと言い切ったので、更に呆然としてしまった。 紅光だけは、あまりそういった事が好きでないため、女装のことも相まって、不機嫌ではあったが。
とにもかくにも、追っ手を撒くためにも、かなりハイペースで進んでいたにもかかわらず。
「ラクダに乗るのも上手くなったな、碧」 不機嫌さを隠すことなく、銀色を睨み付ける碧。 それはそうだろう。 褒められても、素直に受け取れないのも無理はない。
「それはそうとさ。本当にこっちでいいの? もうすぐ着くはずなのに、全然見えてこないじゃん」 「あんたにかかってる追っ手に気づかれないため」 淡々と正論を返され、それもそうかと黙り込む碧。
銀色のことは嫌いではない。 銀色が、ではなく。
そんな銀色を見て、リオが楽しそうにしているのが、また気に入らない。 モンスターから来る情報もバカには出来ない、だがぞろぞろ来られては迷惑と、紅光が一番意志疎通しやすく、碧にも何となく空気が分かり、かつ万が一の場合、荷物にでもほおりこめる大きさの彼女を連れてきたのだが、こういう時は面白くない。
話せるようになってから分かったことだが、彼女と蔵馬や梅流の付き合いは、他のモンスターたちとは違い、かなり前かららしい。 特に、先々代の王――碧たちにしてみれば、祖父になる――を殺したモンスターのことは、大叔父でさえ知らなかったこと。 他にも、テルパドールやラインハットにも行ったことがあるとかで、これは訪れる際に、話が早くなりそうだと、面倒ごとの嫌いな碧は、肩を落としたものだった。 ……ちなみに、兄弟揃って、リオが雌だと知ったのは、つい最近、それこそ紅光と会話するようになってからだったりする。
(……ひょっとして、父さんもこんな感じなのか? 叔父甥だもんな、似てて当然か……あ〜、会ったらまずは先手必勝だな。そうでないと、ずっと引きずりそうだ) うんうんと、心に誓った碧だった。
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