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……それから、グランバニアはしばらく、いい意味で混乱気味だった。
何せ、『伝説の勇者』が現れたのである。 勇者を切望していたのは、碧たちの父母に限ったことではない。 それが自国から、しかも王子から現れたのだ。
それでも、その喜びは国内に留めなければならない。 もしも、闇の世界にカンづかれでもしたら、即座に碧はあの世生きである。 グランバニアでは、今のところそのような現象は起きていない。
だが、実際に勇者が現れたとなれば、闇の世界も全力で奪いに来るに違いない。 大叔父は全国民に働きかけ、勇者を失わないため、国外には決して伝えぬよう、必死に取りはからってくれた。
……正確に言えば、「広まらなかった」だけで、国外の人間が一人も「知らない」でいるわけではないのだが。
碧が剣を手にしてから数日経った頃、蔵馬と梅流の知人だと言って、尋ねてきた銀色の青年。 だが、警戒心強く、余所者は決して招き入れないリオたちモンスターが、喜んで迎えたのである。
おそらくは本物なのだろう。 とはいえ、ただでさえ怪しいのに、普通の人でない姿――狐のような耳と尾がある――であるが故、国の中に入れることは、大叔父らも躊躇い、蔵馬の昔の家来である壮年の男性宅を宿として貰った。
……その間に、碧や紅光がこっそりと尋ね、自分たちのことを全て暴露していたことは、大叔父たちにとって知るよしもないことだろうけれど。
「勇者? お前が?」 ひょいっと何でもないように、抜き身の『剣』を差し出すと、銀色と名乗った彼は、ほんの少しだけ驚いたようだった。 「そうか」 だけであった。 だが、同時に一抹の寂しさのようなものを覚えたのも事実で。
「すっごーい! お兄ちゃん、すごいよっ!!」 と、連れていた子供――狐鈴というらしい――が叫んだ時には、やっぱりちょっと嬉しかった。
「ならば、明日にでも俺は家に帰る。お前が真の勇者なら、渡す必要があるからな」 思いがけないとんとん拍子。 ちらりと見やったリオらも、何の警戒心も訝しげな様子も見せてはいなかった。
「じゃあ、お願いします」 見抜かれていた。 少しふくれっつらになった碧と紅光に、銀色はくくっと笑った。
「お前たち面白いな。若い頃の薔薇によく似てる」 「お前たちの父親。俺はそう呼んでる」 薔薇みたいな赤毛だからな。 自分たちは……両親の顔どころか、髪の色も知らなかった。
「? どうしたの?」 狐鈴に問われ、紅光が言う。 「いや……髪の色なんて、教えて貰ってなかったからな」 「「…………」」 言いたいことは何となく分かる。 けれど、双子のうち2人とも違うとなると……血の繋がりを疑われることもあるのだろう。
「ってことは、母さん何色だったんだ?」 「薔薇の血筋にはいない。グランバニアに『伝説の勇者』の血筋がなかったことは、調べ済みだ。その時ついでに、大体の系統を調べたが、金や銀ならばともかく、白銀色の髪になるような人種はいなかった」
「いつ? どうやって?」 「……ついで£度で出来ること?」 ふんっと尊大に言うが、それが似合っているから、おそろしい男だと思った。
「だが何故だ? 何故、わざわざ父の家系を? 『伝説の勇者』を求めるなら、父の家系でなくてもいいだろう?」 聞いた話は、これまた驚きの連続だった。
彼の姉が、父の母……行方不明となっている、自分たちの祖母であったとは。 そんな祖母の息子なのだから、勇者かも知れないという淡い期待を込めて、家系を調べたとしても不思議はない。 大叔父や家臣たちも、色々教えてはくれたけれど、今ひとつはっきりしない部分が多く、今日まで知らないことだらけだった。
「なら、碧の獣耳や尾は、貴方の一族のものか?」 「分からないのか?」 「え? 兄? 母さん、兄がいるのか?」
「へえ……あ、じゃあ、兄さんの金髪は?」 一度言葉を切って、銀色は言う。
「お前の目は、碧の獣耳等と同じく、俺たちの家系だ。今は碧眼だが、緋色になることがあるだろう」 否定しないのが、肯定の証だった。 銀色は続ける。
「感情の高ぶりによって、色が変わる瞳。それも決まって、碧眼から緋色になる……それは銀狐一族でも、極まれにしか発動しない、先天性特殊能力、『緋の目』だ」 何もないとは言わせない。
「気づいていないのか? お前が緋の目になった時、周囲で変化があるだろう」 しばらく考えたが、これといって変化らしいものは思いつかない。 「少し手合わせするか」 そう言って立ち上がり、近くにあったホウキを手に取った。
「お前は真剣でいい」 つまり、ホウキと真剣でも勝てると言いたいのだろう。 力量の差は分かっている。 だが、逃げたくなかった。
「はあっ!!」 両刃の剣で斬り込んでいるにもかかわらず、その全てを銀色はホウキと素手で受け止めていた。 そのことが余計に紅光の神経を逆撫でする。
「だああっ!!!」 体重を載せた一撃。 だが、紅光がその驚愕冷めやらぬ内に、
「リオ、喋ってみろ」
≪え? 何をですか?≫
「!!?」
突然聞こえた音……それは、聞いたことのないものだった。 驚きのまま、ゆっくりと発信源を見つめる。 いつものように、見慣れた獣がこちらを見上げていた。
「……リオ?」 ≪何? ピカくん≫ 気のせいではない。
「分かったか? 緋の目は、モンスターなどの邪心に反応する力。かつては邪心を消し去るものだが、そこまでの力が発動する者はほとんどいない。薔薇もモンスターを仲間に引き入れるくらいだったし、お前の場合は、言葉が分かるくらいだろうな」 言いながら、ホウキを戻そうとした、その時。
「何だ?」 『伝説の勇者の剣』を受け止めながら、銀色は答えの分かっている問いをした。 「決まってるだろ……兄さんだけなんて、ずるい。俺もやる」
……その夜、城壁外のその家は、とてもとても賑やかであった。 何度挑んでも勝てなかったけれど。
「強いな、お兄ちゃんたち。かなわないや」 また、狐鈴との組み手は、まるで弟が出来たようで楽しかった。 双子というものは、あまりに近くて、感情的に上下の差がない。 聞いたところ、双子の妹がいるらしい。
「……リオ」 「よし、聞こえた。もう一度だ……」 紅光は何度も緋の目になったり戻ったりと、感情に左右されず、自力で緋の目を発動させる特訓をした。
「次に来る時までに、完璧にしておけ。碧はもう少し基礎練習をな」 そう言って、去っていった銀色と狐鈴。 特に、面倒なことは嫌いだけれど、負けず嫌いな一面もある碧の努力は生半可ではなく、城の誰もが感心を通り越して、何かの前触れではないかと、口々に噂した。
最も、それは間違いではない。 次に銀色が来たら、『剣』と『盾』を持って、旅立つ。
当然、数ヶ月後のその時になってみれば、大叔父はじめ、家臣たちにも大反対されたけれど。 それでも出発を許されたのは、内心、彼らも必死だったのだろう。 そんな気持ちだったのだ。
当たり前のように、数多くの兵士たちが同行を申し出たが、もちろん全て断った。 それでもしつこく食い下がってきた連中を、さてどうしようかと思っていた紅光の目に入ったのは。
「あの人に勝てたら、考えても良い」 一瞬の沈黙。
……結果は言うまでもないけれど。 それも、後々面倒を背負いたくないと、誰一人殺していないし、怪我すらさせていない。
その様と、『伝説の勇者』が纏っていた『天空の盾』を持参したことで、大叔父たちは銀色を信じることにしたらしい。 あまりの強さと威圧感に、何も言えなかったともいうかもしれないが……。
「自分の身は自分で守れ」 小さくそう言われていたことは、皆には黙っておいた。
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