<2 手紙>

 

 

 

 碧たち兄弟が旅に出たのは、そう前の話ではない。

 実のところ、つい数ヶ月前のことだった。

 

 

 

 それまでの彼らは、見た目も立場も暮らしも何もかも、ほとんどが『グランバニアの王子様』たちだった。

 立派な装束に身を包み、安全な城壁の内側で、勉学に鍛錬に励んでいた。
 ……最も、碧は生来面倒くさがりなところがあって、ちょくちょく城を抜け出して、試練の洞窟というところで遊んでいたのだけれど。

 それを知った時、子供ながらに、入り口付近とはいえ試練の洞窟に入れたことに、王家も国民たちも感涙極まった。
 何せこの洞窟の試練を超えなければ、王にはなれないのだから。

 

 無論、王位継承は長男たる兄・紅光の方が、優先である。
 だが、弟がこなせるのならば、兄も出来ると、皆悟っていた。

 それは決して押しつけや無理な期待からではなく、日々精進する彼の姿と、その実力を考慮した結果である。
 確かに碧は強かったけれど、体格差と日頃の熱心さからか、やはり紅光の方が一歩先に進んでいるようなところがあったから。

 

 

 とにかく、2人はどちらも、将来をとてもとても期待されて、育っていた。

 とりわけ彼らが生まれた直後に、父たる王・蔵馬が行方不明になって以来、城の実権は頼りないと言われた叔父の手にゆだねられているのだ。
 王が残していった政治体制のおかげで、今のところ国はこの上なく安定している。
 対立勢力だった大臣がいなくなったこともあり、叔父のやや物足りない手腕であっても、国は充分治まっていた。

 だが、一度有能な王がたつと、国民はそれと同等か、それ以上を望んでしまうもの。
 彼の者の血を引く、それも今から有能さが垣間見えている王子が、王位に立ってくれたら、かつてのような……そう思ってしまっても、無理はない。

 

 

 

 碧や紅光としては、さほど王位継承には興味はないが、紅光は期待されると応えようとするところがあり、日々勉学に、剣術に、魔術に励んでいた。

 碧はやはり面倒なので、そこそこにのみ行い、後は比較的好きに生きていた。
 実際、双子の兄弟では、彼らを中心に家臣などの間で、派閥などを作られる可能性があるので、この方がよかったのかもしれない。

 2人はとても仲の良い兄弟で。
 自分たちをダシに、争われることだけは、決して好まなかったから。

 

 

 

 

 ……そんな日々に、終止符が打たれたのは。
 あの日、碧が大叔父の執務室で、あるものを発見したことが、きっかけだった。

 

「これ……まさか……」

 それは何年か前のものらしい、手紙だった。

 たくみに隠されていたそれを、碧が見つけることが出来たのは、父が置いていったモンスターたちと隠れん坊をしていたからに、他ならない。
 リオコという名の獣のようなモンスターが、所謂「頭隠して尻隠さず」をやっていたので、しっぽを掴んで引っ張った時。
 上半身を突っ込んでいたタンスの奥の隠し扉が開いたのだ。

 

 一度も開かれた様子のない古びた手紙。
 少し躊躇ったものの、封を切った。

 そこに書かれてあったのは……『伝説の勇者』のこと。

 

 無論、碧とて『伝説の勇者』は知っている。
 母・梅流と親しかったという乳母が、何度も聞かせてくれたことだ。

 かつて世界を救った存在であり、両親は再来するはずの彼を捜していると。
 その勇者だけが、父の母――碧たちからすれば、祖母を救えるのだと。
 彼女は闇の世界によって、連れ去られているのだと。

 手がかりは、『剣』『兜』『鎧』『盾』のみであり、そのうち鎧だけが見つかっていないらしい…と。

 剣はこの城にあるが、やはり誰にも抜けないこと。

 

 

 

 ……幼少時、碧は一度だけその剣を見たことがあった。

 ある年の……確か、いつかの誕生日だった。

 

 誰かに呼ばれた気がして、立ち入り禁止だと言われていた小部屋に行ってみると、一本の剣が光っていた。

 

『……誰だ? 俺を呼んだのは……お前なのか?』

 

 応えるかのように、僅かに強く光った気がした。
 けれど、触れることは出来なかった。

 忍び込んだことがすぐにばれて、連れ戻され、もう入らないように叱られたのだ。

 ……誰かに呼ばれたことは、言わなかったけれど。

 

 

 

 しかし、手紙を見て、すぐに分かった。
 手紙に書かれた日付は、丁度碧が剣と対面したその日。

 差出人は、テルパドールという国の女王から。
 『伝説の勇者』縁の国であり、『兜』を所持しているそこからだった。

 内容は……兜に生じた異変。

 一瞬のことだったそうだが、『勇者』再来の証かもしれないと。

 

 そう、まさに碧が剣に呼ばれた刻限、兜もまた勇者の存在を感じ取っていたのだ。

 

 

 

 宛先は碧の両親。
 渡すべき人物のない手紙は、探ってみると他にもあった。
 消印はテルパドールだったり、ラインハットだったり、サラボナだったり……様々なところから来ていた。

 その全てが、封が切られていない。
 一度は切ろうとしたこともあるらしく、躊躇ったような切り後があったものもあったが、やはりどれも開かれた形跡はなかった。

 

 きっと大叔父は悩んだのだろう。
 もしかしたら、2人の手がかりがあるかもしれない。

 だが、行方不明である2人にあてた手紙である以上、差出人たちは2人の失踪を知らないことになる。
 となると、手がかりはおそらく、ない。

 手がかりがないと察しているのに、人にあてた手紙を読む気には、どうしてもなれなかったのだ。

 

「……生真面目だよな、おっちゃんも」

 溜息混じりに言ったが、心の何処かではドキドキが隠せずにいた。

 だって、この手紙が本当なら。
 『伝説の勇者』というのは……。

 

 

 

「……試すだけ、試してみるか」

 その足で、碧は封印されたあの小部屋に向かった。

 解錠はさほど困難ではない。
 城の宝物庫は遊び場にうってつけのため、よく忍び込んでいるのだ。
 そのたびに、新しい錠をつけられるので、毎度違うタイプの鍵を開けていることになる。
 いつのまにか、解錠のプロのようになってしまったのも、無理はないだろう。

 リオに見張らせ、扉を開く。
 あの時と同じく、剣は光っていた。

 

「……抜けたら、OKなんだよな」

 誰にも使うどころか、抜けなかったのだ。
 抜けたら、多分OK。

 慎重に手を伸ばす。
 確か兵士の話では、滅茶苦茶重いらしいけれど……。

 

 

「…………。……マジ? 軽っ」

 手に取った剣は、本当に軽かった。
 重みがないとはいわない。
 所謂、心地よい重みだ。

 振るうことを考えると、重すぎず軽すぎず。
 適度としか言いようがなかった。

 

 

「…………」

 ごくりと息を呑んで、グリップを右手で、鞘を左手でつかんだ。

 すらり。

 剣はあまりにすんなり抜けた。

 

 

 

「……ってことは」

「そういうことだろうな」

 いきなり第三者の声がし、驚いて振り返る。
 見張らせていたのに。

 だが、そこにいたのが兄だったことで、納得した。
 リオも、紅光ならば通すだろう。
 人見知り激しい性格だけれど、兄には自分と同じくらいに懐いているから。

 

 

「兄さん……抜けたみたい」
「ああ。分かっている……お前が、勇者だったんだな」

 兄の表情は、驚きと嬉しさで、少し火照っていた。