第4章 勇者の旅

 

<1 再来>

 

 

 

 ……旅に出たきっかけは、一通の手紙。

 ……旅に出られたきっかけは、一人の男。

 

 でも、それらはきっかけに過ぎない。

 

 多分、いやきっと。

 旅立つことそのものは、運命だった。

 生まれる前から、決まっていたこと……。

 

 でも、強いられてはいない。

 強いられたなら、そんな面倒なことしない。

 

 

 だからこれは……あくまでも、自分の意志。

 

 

 まだ見ぬ両親を捜すため。

 

 

 

 

 

 自分たちを生んでくれた人は、とても優しくて、とても泣き虫で、とても想う心の強い人だそうだ。

 だからきっと、自分たちのことを心配している。
 何となく、分かる。
 己がことよりも、自分たちのことを考えている。

 だから、見つけてあげないと。

 自分たちは平気だよって、安心させてあげないと。

 

 

 その彼女が選んだ人は、とても頭が良くて、とてもイイ性格してて、とても冷たくてあったかい人だそうだ。

 だから一度会ってみたい。
 会って、戦いたい。
 話だけしか聞いたことがない彼だけれど、自分たちにとっては存在だけで、大きな壁だ。

 だから、見つけて戦いたい。

 容易に超えられるとは思っていないけれど、一度でいいから戦いたかった。

 

 

 

 ……旅の動機はそんなもの。

 他のことは正直、どうでもよかった。

 

 ああ、祖父母のことは、少し別。

 祖母は両親に会いたいのとは、もっと別な想いで、見つけてあげたかった。
 祖父の敵はとってあげたい。

 でもこれは多分、自分たちの役目じゃない。
 それでも、手伝いくらいはしたかった。

 

 

 だが、他のことは本当にどうでもいい。

 世界の平和とか、『伝説の勇者』とか、かなりどうでもいい。

 例え自分が、その運命の下に生まれてきたとしても。

 

 だって、面倒だから。

 

 

 

 

 

 

 

「碧。そろそろ着くよ」

 声に気づき、マストのてっぺんでうたた寝をしていた少年は振り返った。
 その際に、バランスを崩すような間抜けな真似は、決してしない。

 

 彼の視線の先では、ピンクの衣装を纏った子供が、マストのロープを掴んでこちらを覗き込んでいた。

 上空に広がる青空のような澄んだ碧眼に、真珠のような色白の肌。
 リボンで二つくくりにした髪の毛は、輝く金色。
 どう見ても、女の子にしか見えないけれど。

 

 彼は、少年の双子の兄。

 

 二卵性のようで、あまり似ておらず、背丈も彼の方がかなり高い。
 にも関わらず、旅に出てからこれまで、一度も男だと見抜かれたことはなかった。

 そのことについて、本人は非常に複雑な気持ちになるらしい。
 女顔が役に立っているといえば、聞こえはいいが、男として微妙な気持ちになるのは、否めないそうだ。

 

 

 

「着くのか。思ったより早かったな」

 もうちょっと昼寝してたかったのに。
 暗にそう含ませて言うと、兄はくすくすと笑った。

「仕方ないだろう。戦闘がほとんどなかったのだからな」
「まあね。連中も間抜けだよな。こうして、身分隠してたら、全然気がつかないんだから」

 言いながら、ばさりとマントを風にのせる。
 それだけで、ほつれた糸が数本飛んでいった。

 

 無理もない。
 2人が纏っているのは、マントだけでなく、その下の衣装まで、決して高級品ではなかった。

 魔力が編み込まれた防具である故、戦闘時の防御力という点では、効果を発揮するけれど、見た目はまさに「旅人」。
 それも世界各国、放浪してきた後のような有様だった。

 

 一体誰が、この2人を見て、世界でも指折りの王国・グランバニアの第一皇子と第二皇子だと思うだろうか……。

 

 

 そして、それはモンスターにとっても同じことらしい。

 大型ではあるが、明らかに要人の乗りそうにない輸送船に乗ってから、ほとんどモンスターに出会っていない。
 会うのは、普段から大型船を狙うような大型海洋モンスターくらいだ。

 乗り賃節約のため、護衛として乗ったのに、タダ乗りではないかと不安になった時期もあったが、同行者曰く、

「正規の護衛を雇えば、もっとかかる。得をしているのは、向こうだ」

 だそうなので、気にしないことにしている。

 

 それにしたってヒマだった。
 とはいえ、モンスター襲撃が減ったのは、本当のところ、船に乗るよりも、ずっとずっと前。

 旅に出てしばらくして……この衣装に着替えて以来、闇の世界からの刺客らしいモンスターには出くわしていないのだ。

 

 

 

「おっちゃんに貰った服着てた間は、結構狙われてたのにな。『高貴な身分の男子』には見えない服に着替えた途端、音沙汰ナシだ」
「刺客といっても、下っ端連中では、情報も禄に貰っていなかっただろうからな。ましてや、『伝説の勇者』の手がかりなど、知るよしもないだろう」

 情報がない以上、それっぽい格好をしている男の子を狙う他ないのだろう。
 街や国を襲う度胸のないような連中は、特に。

 

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとはよく言ったもので。
 しかし、その鉄砲も狙う方向を間違えば、流れ弾でもまず当たらない。

 今、刺客モンスターたちは、全く見当違いに乱射しているといえる。
 求めている『伝説の勇者』が、真逆の道をゆうゆう歩いているなど、思いも寄らずに。

 

 

 

「だが、これから行くところを考えると、『伝説の勇者』の情報が知られる可能性も否定できない。油断するな」
「分かってるよ」

 ひらひらと手を振って、少年は水平線に見えてきた陸地を見つめた。

 大きいとは言えないが、立派な大陸。
 そのほとんどが砂漠だというけれど、砂漠に今まで縁のなかった兄弟には、どんなところなのか、あまり想像がつかなかった。

 

 だが、そこにあるのだ。

 『伝説の勇者』の兜が。

 

 

(……これでまた一歩近づける……父さんと母さんに)

 知らず、少年は拳を握りしめていた。

 

 

 彼の名は、碧。

 世界が待ち望んだ、伝説の勇者の再来だった。