番外編

 

〜ひとときの安らぎ〜

 

 

 

「だから、この家宝が、それを終わらせられるかもしれないのよ」

 お母さんの明るい声に、ぱっと顔を上げた。
 穏やかな微笑みは、確かな確信を持っていた。

 

「本当!? どうして!?」
「だからね、狐白。これも『伝説の勇者』の装備だったものでしょう? これと剣を使って、碧くんが闇の世界を倒してくれたら」
「そっか! そうしたら、もう狐鈴もお父さんも何処にも行かなくていいもんね!」

 やっと分かった。

 碧兄ちゃんが世界を救ってくれたら。
 御祖母様を助け出してくれたら。
 モンスターたちの脅威をなくしてくれたら。

 狐鈴もお父さんも、旅を続ける必要はなくなるんだ!!

 いつも一緒にいられるんだ!!

 

 

 

「最もそう簡単にはいかないだろうがな」
「どうして?」
「『伝説の勇者』の鎧だけは、手がかりがなかったはずだ。薔薇からの最後の手紙にも、それらしい情報はなかった。鎧なくして、闇の世界に勝つことは出来ないだろう……何より、碧はまだ子供だ。一人で旅はまだ無理だ」

 一呼吸おいて、お父さんは言った。

 

「例え、旅に出られるようになっても、薔薇と梅流の探索が優先されるだろう。まあ、あいつらの行方不明に闇の世界が絡んでいるなら、一石二鳥だがな」
「でも……薔薇さんは王子様なんでしょう? だったら、やっぱり闇の世界のせいじゃないのかな?」

 狐鈴を狙っているやつらは、『高貴な身分の男の子』を探している。
 だったら、薔薇さんだってそうなはずだ。
 もう男の子って年じゃないかもしれないけど、モンスターの年齢の感覚なんて、分からない。

 

 

「いいところに気づいたな、狐白」

 言いながら、お父さんもその可能性には気づいていたみたい。
 特に驚きもせず、かといって呆れもせず、

「だが、グランバニア国内でも不穏な動きがあったらしいからな。闇の世界の単独犯だと、確信は持てないのが現状だ」
「そっか……」

 

 どっちにしたって、わたしだって薔薇さんや梅流さんが心配だ。
 それはお父さんもお母さんも狐鈴も同じ。

 息子のピカお兄ちゃんや碧兄ちゃんは、もっともっとだろう。

 

 狐鈴とお父さんが傍にいてくれたら嬉しい。
 でも、誰かが不安でいる時に……わたしだけ幸せには、なりたくない。

 

 

 

 

 

「ね、狐白」

 お父さんのお話が終わって。
 お父さんとお母さんが2人きりで、夜のお散歩に出かけていったから、わたしたちも2人でお庭に出た。

 此処には、結界がある。
 ずっと……とはいかないけれど、何かが攻めてきても、お父さんたちが駆けつけてくれるくらいまでは、充分わたしたちを護ってくれる。

 でも今夜は何もない。
 何となくだけど、そう思った。

 

 

「なあに、狐鈴」
「いつかね……いつか、碧兄ちゃんが世界を救ってくれたら……」

 ごくんっと息を呑んで、言った。

 

「今度は一緒に旅しよう」
「ええっ?」

 びっくりした。
 まさか、そんなこと言われるとは思わなかったから。

 

 

 

「あのね。狐白は、外の世界が危ないって……怖いところだって思ってるかもしれないけど。でも、それだけじゃないんだ。すっごく楽しいことも、いっぱいあるんだよ!」

「本当?」
「うん! 例えばね……」

 

 ……狐鈴の話は、すごかった。

 すごいとしか言いようがなかった。
 ずっと国に留まっているわたしには、想像もつかないくらい、すごかった。

 同時に、すごく心惹かれた。

 だって、危ないことや悲しいことは嫌いだけれど。
 ドキドキすることや、わくわくすることは、わたしも大好きだから。

 

 

「だからね! 悪いモンスターから身を隠してるってこと以外は、毎日が新鮮で楽しいことで、いっぱいなんだ! それに、お父さんも一緒だから、あんまり危ないとか怖いとか思ったことないしね」
「本当すごいんだね!!」

 外の世界。
 ドキドキすることに溢れた世界。

 お屋敷での生活が嫌なわけじゃないけれど。
 でも、単調な生活が退屈なのは、確かだ。

 

 そう考えたら……

 旅をする方が、ずっと楽しいのかもしれない。

 

 

 

「わたしも一緒にいけないかな〜」
「う〜ん。ぼくも何度かそう言ったんだけどね、お父さんに」

 ちょっと難しそうな顔で、狐鈴は言った。

「今はぼくと2人旅が精一杯だって。ぼくみたいなのが、もう1人いたら、ちょっと厳しいんだって」
「やっぱり、そっか……」

 

「もっと大きくなったら、出来ないこともないけどって」
「本当?」
「うん。だって、ここ何年かで、ぼくも戦いに参加出来るようになってね! 戦力として、数えてもらえるようになったんだ!」

「すごい! すごいよ、狐鈴!!」
「えへへ、ありがとう」

 すごいなんてもんじゃない!!
 だって、あのお父さんに、力を認めてもらえたんだもん!!

 

「お父さんに比べたら、まだまだだけどね」
「お父さん強いもん、しょうがないよ。でも、狐鈴だって、すごいよっ!」

 そう言って……わたしは、決めた。

 

 

 わたしも強くなろうって。

 いつか、旅に出る、その日までに。

 

 わたしが強くなったら、お母さんも一緒に、4人で旅に出たい。

 その頃には、世界も平和になって、お父さんも盗賊じゃなくなっているはずだ。

 

 

 だから、頑張る。

 皆で、ドキドキして、わくわくして。

 

 いっぱいいっぱい笑えるように。

 

 

 

 

 ……そして、3日後。

 お父さんと狐白は、予定通り、家宝を持って旅立っていった。

 決意を新たにした、わたしの手の中には、一房の髪の毛。
 狐鈴の手の中にも、おんなじものがある。

 

 これは、2人の約束のあかし。

 だんだん見えなくなっていく背中を見つめながら、ぎゅっと握りしめた。

 

 

 

 終わり

 

 

 

 *後書き*

 連続で間章でした。
 狐白ちゃん視点で一人称。
 一人称はあんまりやらないので、難しかったです。

 次章は本編へ戻って、第4章へ。
 今までも思いっきりオリジナル要素満載でしたが、今後は更にヒートアップいたします(汗)

 視点が梅流さんから、息子の碧くんたちに移動する上、ストーリーの順番がかなり変わる予定……。
 本編ご存じの方は、混乱されないように、お気をつけ下さいませ!