番外編
〜邂逅〜
……彼らが共に居たのは、ほんの一時のことだった。
「じゃあ、行くから」 とある古びた宿の扉が開く。 主たる宿守は留守。
では、彼は一体誰に声をかけたのか? 答えは簡単。 正確に言えば、一昨日から昨日までの相方。
「ああ……頼んだぞ」 部屋にたった一つしかないベッドで、包帯まみれで寝ころんでいるのは、銀髪の青年。
獣の耳と尾を持つ、銀狐。 当初蔵馬は、銀狐の末裔であり隔世遺伝でも起こしたのかと思っていたのだが、本人曰く、違うという。
伝説で語り継がれているような攻撃的な連中ばかりではないらしく、むしろそういう野心家は珍しいそうだ。 そして、種族の誇りが高いが故に、異種族婚も少なく……というより、基本的には認められていない。
現に、彼の生まれた里では、決して認められず、大罪とまで言われるようなことだったらしい。
とにかく、異種族婚が稀であることに違いはない。 今となっては、その里自体も廃れてきているらしく、存在が伝説となっていることから分かるように、里から出るのは数十年に1人いるかいないか。
……そんな銀狐の中で、「稀」なのが、彼。 里を出たのは、もうかなり前のことだとか。 捜し物は何かを聞いたが、答えてくれなかった。
……蔵馬が彼と出会ったのは、つい一昨日のこと。 結果、彼はこの大怪我。
しかし、その答えはある意味予想外だった。 何でも好いている女性に、婚約者があてがわれそうなので、阻止のついでにかっ攫おうと言うらしい。 その顔には出さずとも、必死なのが分かるだけに、協力を申し出たのだ。 無論、こちらに利益がない以上は引き受けられないけれど。
向こうも向こうで、蔵馬のそんな、親切なような不親切なような態度が気に入ったらしく、旅のワケを聞いてきた。 どうかしたのかと問うたが、何でもないと返されて。
見返りにと教えられたのが、とある指輪の話。 婚約者騒動にも関わっているとかで、ならば尚更引き受けるしかない。
翌朝、蔵馬は早速サラボナに向かうことにしたのだった。 勇者の手がかり、闇の世界の手がかり、そして約束を果たすために。
「……おい」 出ようとした途端、呼び止められ、再び銀狐を振り返る。 「何だ? 銀色」 「銀色」というのは、もちろん渾名だ。 彼の名前を聞いて驚いた。
無論、驚いたのは向こうも同じ。 だが、彼はその後ほんの少しだけ、何か考えていたように見えた。 随分と秘密主義らしいが、ついこの間まで、似たような秘密主義者と行動を共にしていたせいか、さして気にはならなかった。
「いや……お前、母親探しているんだったな?」 旅の目的は、父親の敵討ちと、生きていると教えられた母親の捜索。 そもそも蔵馬は、あまり他人に興味が持てないのだ。 そんな蔵馬が、ほとんどが赤の他人で構成されている世界を気にするわけもなかったのだ。
「何処の出身か聞いているか?」 「それがどうかしたか?」 何だったのか分からないまま、蔵馬は出て行った。 片手には、鞘から抜けない剣。
「……あれを見た時から、予感はしていたがな」 誰もいない室内。
伝説の勇者が使っていたという剣。 あれは間違いなく、あの男に渡したものだ。 賊として盗みだしたが、目立つ自分……ましてや、まだ子供だった自分が持っていることは危険と悟り。
……一時は憎みもした相手。 他に肉親のいない蔵馬にとって、たった1人の姉。
それが突然現れたあの男によって、連れて行かれた。 そうでなければ、まだ幼かった蔵馬を残してなど、行けるわけがない。 里ではどうしても結ばれない。 だから、里の者に蔵馬を託し、そして愛する男の元へ。
分かっている。 それでも、1人になってしまった辛さから、あの男を憎む気持ちは抑えられなかったのだ。
だが、他に頼れる者などない。 結局、彼に託した。
……その時、会っていた。
「大きくなったものだな」 男と共にいた、自分よりも小さな子供。
顔は誰に似たのか、父親にも母親にも似ていなかった。 そのため、もしかしたら……と思い、あえて言わなかったのだが。
確信を得たのは、ついさっき。 宿から出て行こうとした蔵馬の背後にうっすら見えた影。 振り返った彼の瞳が……紅かったから。
「母親譲りだな」 銀狐の中でも、ごく稀にしか発動しない、『緋の目』。 だが、一度瞬きをしただけで、その輝きは消えてしまった。 おそらく制御出来ないどころか、気づいてもいないのだろう。
教えたところで、多分使うことは出来ない。 だから、教えない。 そして、母親の故郷のことも……。
「まだ、早い」 今、連れて行ったところで、里の者は納得しないだろう。 せめて、何か一つでも、彼が姉の子だと証明できるものがあればいいのだけれど。
「いずれ、な」 おそらく、いずれは赴くことになるだろう。 ただ、今はその時でない。
その時になれば、必ず伝える。 そう、遠くはない日に。
……だが、この数年後。 赤い髪の蔵馬は完全に消息を絶つことになる。 真実を伝えられぬままに……。
番外編 終わり
*後書き* 蔵馬さんと妖狐さんが出逢っていた…というところを、ちょっとだけ。
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