番外編

 

〜邂逅〜

 

 

 

 ……彼らが共に居たのは、ほんの一時のことだった。

 

 

「じゃあ、行くから」

 とある古びた宿の扉が開く。
 空模様を確認した後、蔵馬は行き先とは真逆の室内へ、視線を向けた。

 主たる宿守は留守。
 しかし、金を踏み倒そうというのではない。
 こういう所は前払いが基本で、食事はつかないから、後は好きに出て行ってくれて構わないというのが、定番だ。
 そして此処もその定番だった。

 

 では、彼は一体誰に声をかけたのか?

 答えは簡単。
 共に宿に泊まった、昨日までの相方だ。

 正確に言えば、一昨日から昨日までの相方。
 そう、二人が一緒にいたのは、たったの一日限りのことだったのだ。

 

 

 

「ああ……頼んだぞ」
「分かっている。お大事に」
「余計だ」

 部屋にたった一つしかないベッドで、包帯まみれで寝ころんでいるのは、銀髪の青年。

 

 獣の耳と尾を持つ、銀狐。
 その生き残りだった。

 当初蔵馬は、銀狐の末裔であり隔世遺伝でも起こしたのかと思っていたのだが、本人曰く、違うという。
 銀狐は滅んで等いない。
 今もひっそりと生き残っているのだと。

 

 伝説で語り継がれているような攻撃的な連中ばかりではないらしく、むしろそういう野心家は珍しいそうだ。
 さほど外の世界に興味を惹かれず、一生を生まれた里で過ごす者がほとんど。
 最も、プライドが高くて、味方でない者に対して容赦ない辺りは、ほぼ全員に当たっているそうだけれど。

 そして、種族の誇りが高いが故に、異種族婚も少なく……というより、基本的には認められていない。
 遺伝子的には不可能でないが、性格的に行わないのだ。

 

 現に、彼の生まれた里では、決して認められず、大罪とまで言われるようなことだったらしい。
 彼自身は「個人の勝手」だと思っているそうだが。

 

 

 とにかく、異種族婚が稀であることに違いはない。
 そのため、里を離れ、外界へ出たとしても、高い確率で未婚に終わるため、結局外の世界では長く繁栄出来なかったらしい。

 今となっては、その里自体も廃れてきているらしく、存在が伝説となっていることから分かるように、里から出るのは数十年に1人いるかいないか。

 

 ……そんな銀狐の中で、「稀」なのが、彼。

 里を出たのは、もうかなり前のことだとか。
 外の世界へ出て以来、一度も帰っていないという。
 理由を聞いてみれば、捜し物があるのと、狭苦しい檻の中は性に合わないとのこと。

 捜し物は何かを聞いたが、答えてくれなかった。

 

 

 

 

 ……蔵馬が彼と出会ったのは、つい一昨日のこと。
 森の中で出逢い、わけあって一緒に戦った。

 結果、彼はこの大怪我。
 とてもすぐには動けそうにないのに、急いでいるというので、ワケを聞いた。
 いちおうは庇われた形になるので、多少の責任を感じたせいもある。

 

 しかし、その答えはある意味予想外だった。

 何でも好いている女性に、婚約者があてがわれそうなので、阻止のついでにかっ攫おうと言うらしい。
 何処まで本気なのか分からないが、少なくとも想う気持ちだけは本物だった。

 その顔には出さずとも、必死なのが分かるだけに、協力を申し出たのだ。

 無論、こちらに利益がない以上は引き受けられないけれど。
 庇われはしたが、だからといって無償で引き受けるほど、蔵馬はヒマではないから。
 目的地が一致していたのが、最大の理由だったのだし。

 

 

 向こうも向こうで、蔵馬のそんな、親切なような不親切なような態度が気に入ったらしく、旅のワケを聞いてきた。
 彼には闇の世界の雰囲気はないし、さらりと話すと、少しだけ驚いた表情になった。

 どうかしたのかと問うたが、何でもないと返されて。

 

 見返りにと教えられたのが、とある指輪の話。
 蔵馬が向かうサラボナの街には、彼が探している『伝説の勇者』に関するものがあるらしいが、それ以外にも闇の世界に関係するものがあるという。

 婚約者騒動にも関わっているとかで、ならば尚更引き受けるしかない。

 

 翌朝、蔵馬は早速サラボナに向かうことにしたのだった。

 勇者の手がかり、闇の世界の手がかり、そして約束を果たすために。

 

 

 

 

「……おい」

 出ようとした途端、呼び止められ、再び銀狐を振り返る。

「何だ? 銀色」

 「銀色」というのは、もちろん渾名だ。

 彼の名前を聞いて驚いた。
 彼もまた、蔵馬と同じ、「蔵馬」という名前だったのだ。

 

 無論、驚いたのは向こうも同じ。

 だが、彼はその後ほんの少しだけ、何か考えていたように見えた。
 ためしに聞いたが、やっぱり答えてくれなかったけれど。

 随分と秘密主義らしいが、ついこの間まで、似たような秘密主義者と行動を共にしていたせいか、さして気にはならなかった。
 最も、彼は銀色と違って、結構分かりやすかったけど。

 

 

 

「いや……お前、母親探しているんだったな?」
「ああ」

 旅の目的は、父親の敵討ちと、生きていると教えられた母親の捜索。
 闇の世界が関わっている以上、世界の平和云々も目的といえば目的だが、正直さほど興味はない。

 そもそも蔵馬は、あまり他人に興味が持てないのだ。
 軽く気にする程度のことはあったとしても、それだけのこと。
 深く関わろうという気は、何に対しても、滅多に起きない。

 そんな蔵馬が、ほとんどが赤の他人で構成されている世界を気にするわけもなかったのだ。

 

 

「何処の出身か聞いているか?」
「いや……聞くヒマもなかったしな」
「そうか」

「それがどうかしたか?」
「いいや、何でもない。早く行け」
「? ああ」

 何だったのか分からないまま、蔵馬は出て行った。

 片手には、鞘から抜けない剣。
 伝説の勇者の手がかり。
 いずれは母を救ってくれる勇者に渡すもの……。

 

 

 

 

 

 

「……あれを見た時から、予感はしていたがな」

 誰もいない室内。
 1人でぽつりと呟く……銀髪の「蔵馬」。

 

 伝説の勇者が使っていたという剣。
 新たなる勇者にしか使えない剣。

 あれは間違いなく、あの男に渡したものだ。

 賊として盗みだしたが、目立つ自分……ましてや、まだ子供だった自分が持っていることは危険と悟り。
 妻を攫われ、助け出すためにグランバニアを出立する王の噂を聞いて。
 追っ手を撒きながら、何とか彼の元へ。

 

 

 ……一時は憎みもした相手。
 それはそうだ。

 他に肉親のいない蔵馬にとって、たった1人の姉。
 年の離れた彼女は、親代わりも同然だった。

 

 それが突然現れたあの男によって、連れて行かれた。
 いや、連れて行かれたというのは、語弊がある。
 あれは無理矢理ではなく、彼女の意志。

 そうでなければ、まだ幼かった蔵馬を残してなど、行けるわけがない。

 里ではどうしても結ばれない。
 大罪とまで言われていたことだ。

 だから、里の者に蔵馬を託し、そして愛する男の元へ。

 

 

 分かっている。
 あれは彼女の意志だから、と。

 それでも、1人になってしまった辛さから、あの男を憎む気持ちは抑えられなかったのだ。

 

 だが、他に頼れる者などない。
 姉が攫われたと知っても、大罪人だからと、ろくに動こうとしない里の連中はアテにならない。

 結局、彼に託した。
 勇者の手がかりだと。

 

 

 

 ……その時、会っていた。

 

 

 

「大きくなったものだな」

 男と共にいた、自分よりも小さな子供。
 赤毛の蔵馬。

 

 顔は誰に似たのか、父親にも母親にも似ていなかった。
 名前は同じだけれど、世界規模でみて、珍しいのかどうか、分からない。
 剣は所持していても、父親が一緒じゃなかったことが、引っかかっていたから。

 そのため、もしかしたら……と思い、あえて言わなかったのだが。

 

 

 確信を得たのは、ついさっき。

 宿から出て行こうとした蔵馬の背後にうっすら見えた影。
 銀狐の証である、銀色の獣耳と長い尾。
 本体ではなく、強い気が実体化したものだったけれど、間違いなかった。

 振り返った彼の瞳が……紅かったから。

 

「母親譲りだな」

 銀狐の中でも、ごく稀にしか発動しない、『緋の目』。
 悪の力……とりわけ、モンスターの邪心を消し去る力を受け継ぐ証。

 だが、一度瞬きをしただけで、その輝きは消えてしまった。
 同時に獣の尾も耳も。

 おそらく制御出来ないどころか、気づいてもいないのだろう。
 彼をとりまくモンスターたちの様子から、多少は無意識で力を使っているようだけれど。

 

 教えたところで、多分使うことは出来ない。
 あの力はそういう力だから。
 意志を持ってではなく、本能的に出来てしまうはずのものだから。

 だから、教えない。

 そして、母親の故郷のことも……。

 

 

 

「まだ、早い」

 今、連れて行ったところで、里の者は納得しないだろう。
 何せ、銀狐の血がほとんど覚醒していないのだから。
 ごくたまにしか外見に現れないのでは、意味がない。

 せめて、何か一つでも、彼が姉の子だと証明できるものがあればいいのだけれど。
 本人が分かっていないのでは、話にならない。

 

 

 

「いずれ、な」

 おそらく、いずれは赴くことになるだろう。
 帰りたくない里だけれど、帰らざるを得ないことになる。

 ただ、今はその時でない。

 

 その時になれば、必ず伝える。

 そう、遠くはない日に。

 

 

 

 

 

 ……だが、この数年後。

 赤い髪の蔵馬は完全に消息を絶つことになる。

 真実を伝えられぬままに……。

 

 

 

 番外編 終わり

 

 

 

 

 

 

 *後書き*

 蔵馬さんと妖狐さんが出逢っていた…というところを、ちょっとだけ。
 別に入れなくてもいい話なんですが、書きたくなって。