<10 悲劇>

 

 

 

 ……悲劇とは、何の前触れもなく訪れる。

 蔵馬の父が亡くなったのも、反逆者の村としてサンタローズが滅ぼされたのも。
 蔵馬が10年間も、奴隷生活を強いられたのも、あの突然の悲劇さえなければ、なかったことだ。

 

 だが、悲劇は繰り返される。

 まるで毎日を賢明に生きる人間たちをあざ笑うかのように……。

 

 

 

 

 

「う…ん?」

 目が覚めた時、梅流は全く知らない場所にいた。

「ええ? 此処何処?」

 答えは返らない。
 ただただ静寂がその場を支配していた。

 

 

「一体……」

 起き上がろうとして……起き上がれなかった。

「なっ……」

 体が動かない。
 金縛りにでもあったようだ。

 かろうじて動くのは、首から上だけ。
 他は指一本動かせなかった。

 

 

「く、くう……」

 何とか動かそうと試みるが、やはりダメ。
 仕方なく、首だけ動かして周囲を確認。

 古城か何かだろうか?
 グランバニアと比べると、粗末でホコリっぽく、何より嫌な空気が漂っていた。

 何だか……息が苦しい。

 

「そうだ……私以外には……」

 まさか蔵馬や子供たちまで……と思ったけれど、どうやら梅流1人らしい。
 一人きりなのが恐怖心を煽るが、それ以上に家族の誰にも被害がなくてよかったと、少しほっとした。

 

 

 

「えっと……私どうしたんだっけ……」

 必死に記憶の糸をたぐり寄せる。

 確か、出産の翌日、蔵馬の即位式と宴が催された。
 梅流はまだ体調が万全でなかったため、部屋で安静にしていた。
 紅光と碧と、いつもお世話になっているシスターと一緒に。

 

 そうしたら、何だかウトウトしてきて……

 そう。
 何だか甘い香りがした。
 明らかに、睡眠薬の香り。

 

 危険が迫っている。
 ほとんど本能的に感じ取り、梅流は眠りかけていたシスターに、子供たちを抱かせ、ベッドの下に入るよう言った。
 寝ぼけ眼のまま、彼女が入ったのを確認して、自分も何処かに隠れようとして……

 そこから先の記憶がない。

 

 

 

 

「おや、お目覚めかい」

 ふと聞こえてきた声に、梅流ははっとしてそちらを見た。
 幸い背後ではなく、頭上の方から聞こえたきたため、声の発信源はすぐに分かった。

 

「モンスター?」

 しかし、喋っている。
 だが、どう見ても人間ではなかった。
 牛の化け物……そういうのが、一番正しいと思う。

 

 

「ぐふふ。わしはジャミ」
「ジャミ……」

 何処かで聞いたことがあるような。
 しばらく考えて、梅流は思い出した。
 同時に脳天から日が出そうなほどの怒りに狩られる。

 

「思い出した!! あんた、蔵馬のお父さんを殺したうちの1人でしょ!?」
「殺した? さてなあ、人間など何人殺めたかしれん。いちいち覚えてられん」
「なっ……」

「ああ、しかし『蔵馬』は知っておるぞ。グランバニアの王であろう。まあ、それも後数日の話じゃがな」
「ど、どういうこと……?」

 狼狽しながらも尋ねると、ジャミは高笑いをしながら言った。

 

 

「ヤツを殺し、わしが成り代わるからじゃ」
「そ、そんなこと出来るわけない!!」

「そうか? そう難しくもないぞ。既に取引を交わしたからな」
「取引……まさか、大臣?」

 既にグランバニアは、ほとんどが蔵馬の味方。
 その中で、モンスターと取引し、蔵馬を殺めようとするのは……1人しかいない。

 

「あの男は口車に乗せやすかった。世界が闇に包まれても、お前の国だけは護ってやろうと言ったら、あっさりのってきおった。莫迦なやつよ。そのようなこと、あるはずがあるまいに」
「酷いっ!」

 叫んだ後、はっとした。

 

「大臣は……」
「ん?」
「大臣はどうしたの?」

 おそらく取引の中に、梅流の誘拐も含まれているはず。
 なのに、此処に彼はいない。
 容疑がかかることが必須なのに、国へ戻ったりはしないだろう。

 

 

「さあな。その辺のモンスターどもが喰っただろう」
「!?」
「何じゃ、その顔は。お前らにとって、あの男は厄介種じゃろうが」

 心底分からない、と言わんばかりのジャミの前で……梅流は泣いていた。

 確かに好きか嫌いかと聞かれたら、あまり好意を持っていたとは言えない。
 彼のせいで、蔵馬は胃を壊したこともあったくらいだ。
 決して、好きとは言えない。

 だけど、そういう問題じゃない。
 例えどんな人間だって……梅流には死ぬなんて、耐えられなかった。

 

 

 

「うっうっ……ひっく……」

「全く鬱陶しい小娘じゃ。心配せんでも、もうすぐ王が来る」
「!」

「よくエサがきいておるようじゃの。既にこの塔に入った」
「エサ……」

 自分のことだと、梅流はすぐに気づいた。
 ジャミは自分を囮に、蔵馬をおびき寄せている。

 

「そうしたら、一緒にあの世へ送ってやるわい」

「蔵馬っ……」

 

 

 

 来ないで。
 ダメ。
 危険。

 逃げて……。

 

 叫びたかった言葉は、ジャミによって封じられたのだった。