<9 名付け>

 

 

 

 梅流が生んだのは、男の子だった。

 正確に言えば、男の子たちだった。

 そう、双子だったのだ。

 

 長男は、金髪に深紅の瞳。
 どことなく、蔵馬に似ている男の子。

 次男は、白銀の髪に金色の瞳の……白狐だった。

 生まれた時、産婆やシスターたちは驚いたらしいが、蔵馬が差ほど驚いていないことから、心当たりがあるのだと気づき、何も言わずに誕生を祝ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蔵馬」
「ん?」

「蔵馬のお母さん、白狐なのかな? それとも……私の生みの親が白狐だったのかな?」
「梅流……知ってたのか……」

 目を瞠った後、蔵馬は切なそうに目を細めた。

 

 

 

 ……婚儀の前に、梅流の兄たちから聞かされたことだった。
 梅流とは血の繋がりがないことを。

 理由は分からないが、彼女は生まれて間もなく孤児となり、白狐の両親が引き取り、実の娘として、また麓たちの実の妹として、育てたのだと。

 外見は明らかに違うが、そもそも兄弟であっても、白狐の血が覚醒しないことは、よくある話。
 周囲の人間は皆、血の繋がった家族だと思っていた。

 だが、梅流以外の家族は……皆、知っていることだった。

 

 

「梅流には告げていない。自分だけ、血が繋がっていないと知れば、きっと悲しむからな」
「それでも俺たちは、梅流のことを、実の妹だと思っているけどね」

 兄たちの眼差しは、何処までも真摯だった。
 いや、汀兎の瞳には麓にはないものもあった。

 

 蔵馬はすぐに理解した。
 汀兎の恋心を隔てているもの……兄妹であるということを。

 

 地域によっては、兄弟姉妹での婚姻も、そう珍しくないが、少なくともサンタローズ・アルカパなどの地域では認められたものではなかったはず。
 住む場所が移っても、長年の常識や習慣はなかなか覆せないものだ。

 もしも、血の繋がった兄妹であれば、もっと早くに諦められたかも知れない。
 実際には血縁がないと思うと、なかなか諦められないものだ。

 

 

 けれど……血縁がないからこそ、絶対に伝えられなかった。

 告げれば、それはつまり、血の繋がりがないことも告げることになる。
 今まで慕ってきた両親、そして兄姉たちと血の繋がりがない。

 そんなこと、梅流を何よりも大事に思っている汀兎に、言えるわけがなかったのだ……。

 

 

 

 

「うん、知ってた。結構前から」
「……そう、か」

 おそらく汀兎も麓も必死に隠してきただろう。
 そうでなければ、告白を躊躇うことも、あれほど厳重に梅流の不在を確認した上で、蔵馬に釘を刺すような真似もしないはず。

 

「あ、麓兄たちは知らないかもしれないから。黙ってて、お願い」
「もちろん」

 本当のことは、多分言う必要はないと思う。
 だって、彼らは……血の繋がりがないだけで、本当の兄妹なのだから。

 

 

 

 

 

「梅流」
「なあに、蔵馬」

「名前どうする?」
「名前……どうしよう?」

 全く考えていなかったわけではない。
 だが、生まれる子が男の子か女の子かも分からなかっただけではなく、双子であることも分からなかったのだ。

 候補はあったけれど、長男・次男をはっきりさせるような名前は、あまり付けたくない。
 せっかく、双子なのだから。

 

 

「う〜ん、どうしよ……あれ?」

 ふと見ると、眠っていた金髪の子が目を覚ました。
 そこまではいい。
 だが、その瞳の色が……先ほどと違ったのだ。

 

「この子……さっき、紅かったよね?」
「ああ……」

 蔵馬も覗き込んだその子の瞳は……今、晴れ渡った秋空のような水色だった。
 生まれ落ちた時。
 弟と共に泣いてた時は、間違いなく、紅かったはず。

 

 

「もしかしたら、これも特別な種族の血なのかもな」

 まだ見ぬ蔵馬の母、そして何処にいるか分からない梅流の生みの親たち。
 誰が白狐で、誰がこの瞳を持っているのか。

 もしも、蔵馬の母ならば、探すための手がかりになる。
 梅流の家系ならば、真実を知っただけだけど。

 梅流には生みの親を捜すつもりは、全くなかったから。
 彼女にとっての両親は、育ててくれた白狐の両親だから。

 

 

 

 

「そうだ! この子、『紅』に『光る』で、『紅光(クラピカ)』にしない!?」

「紅光……紅光か。いい名前だね」
「本当? よかった! じゃあ、あなたは今日から紅光だよ!」

 金髪の子を……紅光を抱き上げ、梅流は叫ぶ。

 その様子を微笑ましげに見つめながら、蔵馬はもう1人の息子を見た。
 抱き上げると、少し不満そうな顔でぐずる。
 どうやら、母親がいいらしい。
 くすっと笑って、言った。

 

 

「じゃあ、この子は……『碧(あお)』」
「? 素敵な名前だけど、どうして?」

 綺麗な名前だと思う。
 他に何の言葉もつけずとも、それだけで人柄を表しそうな。
 だが、この子の体で碧いところはなさそうだが。

 

「この子の纏っている気がね……碧いんだ。それもすごく澄んだ碧……梅流のに似ているけど、ちょっと違うかな」
「気?」
「オーラみたいなものだよ。梅流には見えない?」
「うん」

「まあ、俺もぼんやり見えるだけだけどね。子供の頃は、よく見えたけれど」
「そうなんだ」

 よく分からないけれど、梅流が見えている「人には見えないもの」とは違うらしい。
 子供の頃から見えていた……蔵馬が纏う不思議な力は、今でも見えているから。

 

 

 

 

「紅光と、碧。私たちの子だね!」

「ああ」