<8 出産>
痛い…… 痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛いーっ!!
心中ではそう思っているのだが、声に出なかった。 というより、言葉が出てこない。
息が出来ない。 鬼婆と間違えた老婆を見上げた時にも、息が詰まったけれど、あの時とは比較にならない。
息が出来ない上に、痛みが全身を駆け抜ける。 今までどんなモンスターに攻撃を受けたとしても、これほどの痛みや苦しみを味わったことはなかった。
「奥方様! しっかりなさいまし!」 シスターたちの声が遠く聞こえる。 いっそ失神してしまいたいのに、それすら出来ない。 いや、失神したら確実にあの世いき。
だが、そんなことすら、梅流の頭の中にはなかった。 とにかく痛い、苦しい。 そればかりであった。
「……難産なのか」 下の階では、王が謁見の間を行ったり来たりしている。
「蔵馬殿は……まだ帰還されないのかっ」 苛々するのも無理はない。 難産な上に、夫は不在。 なまじ、自分が挑戦していないだけに、どれほどの困難なのかが、見当がつかないのだ。 それだけ甥の嫁が可愛く、その子供達の誕生を心待ちにしているのだから、やはりいい人なのだろうけれど。
「ああ、蔵馬殿は一体……」 「!!」 天窓から見える見張り台の兵士の声に、王はがばっと顔を上げた。
「本当か!?」 兵士の返事を待つ必要もなかった。 城に激突すると思われた直前に、馬車とモンスターだけが中庭に落ち、窓を開いて人影が舞い降りる。
「遅くなって申しわけありません。ただいま帰りました」 軽やかに着地をしながら、蔵馬は王家の証を王に差し出す。
「いや、よくやってくれた……って、そんなこと言ってる場合ではない!」 「!」 流石の蔵馬も顔色を変えた。 その姿に、一瞬広間にいた者はぽかんっとしてしまったが、次の瞬間には、 「いや、お若いですな」 と、張り詰めた空気が切れたような、ほのぼのした雰囲気になったのだった。
一方、梅流は蔵馬の帰還にも気づかず、未だ苦しみの中であえいでいた。 痛みは酷くなるばかり。 生みたい。 その気持ちは強いのに。
「はっ……はあ…は……」 「奥方様っ!!」 何度目かになる産婆の平手。 出産体制に入った頃には、体力は底をつきかけていた。
けど……。
(私を生んでくれた人も……こんな感じだったのかな……)
ふと頭の片隅で思った。 今まであまり考えたこともないことなのに。
……梅流は、麓たちの妹。 だが、血の繋がりはなかった。
梅流は物心つく前に孤児となったのだ。 そのことを知ったのは……もう随分前だ。 けれど、知ってからも知る前も。
生んでくれた人たちのことを悪く思ったことはない。 ずっと育ててくれた……梅流に愛情を教えてくれた、お父さんとお母さん。 あの人たちこそ、間違いなく、梅流の『両親』。
そう思っていたし、今でもそうだ。 けど。
(ありがとう……生んでくれた……私をこの世に送り出してくれた人達……)
今、心から感謝している。
そして。
ほぎゃほぎゃ… ほぎゃほぎゃ…
「梅流っ!!」 蔵馬が駆けつけた、丁度その時。
新しい命が誕生した。
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