6.グランバニア

 

 

 

 そうして、抜け出た洞窟の先に……その国はあった。

 グランバニア。

 

 

 ラインハットもテルパドールも、梅流にとっては驚きと感激の嵐だったけれど。
 此処もまた、新鮮な感動を与えてくれる国だった。

 ラインハットは広々とした城下町。
 テルパドールは砂漠に点在する土の家々。

 しかし、グランバニアは城の中に街があった。
 だからといって、小規模の街ではなく、むしろサンタローズやアルカパよりもずっとずっと広い。
 武器屋・防具屋・道具屋・教会……とにかく何でも揃っている。

 

 

「買い物はひとまず後にしようか。先に謁見出来るか確認しよう」

 蔵馬もやはり気になっているのだろう。
 先ほどから、町人たちが口々に噂をする、前王と王妃のこと。

 これだけの街を作り上げたのは、旅立ってしまった前王だという。
 その王妃も素晴らしい人だったとか。
 行方不明の王子についても、皆気にかけているらしい。

 それが蔵馬なのかどうか……答えを知っているのは、おそらく今の王だけ。

 

 

 だが、残念なことに、謁見は聞き入れられなかった。

 これだけの規模の国では、面会状もなしには謁見は無理なのだろう。
 ラインハットもテルパドールも、上手くいきすぎたのだ。

 

「……蔵馬。どうしようか」

 こんなところで諦めるわけにはいかない。
 せっかく来たのだから。

 ここから先へ進むには、どうしても王に会わねばならないのだから。

 

 

「……とりあえず、外へ出よう。洞窟で聞いた話が本当なら、居るはずだから」

 俺の昔の使用人が。
 蔵馬は言って、踵を返した。

 

 

 洞窟で聞いた話……それは、グランバニアを目前にした時、吟遊詩人(銀色ではない)から聞いた話である。

 滅多に人が行き来しない、この洞窟を以前通ったのは、寂しそうな顔をした中年の男性。
 その名には、蔵馬も梅流も聞き覚えがあった。

 

 滅んだサンタローズ。
 そこで、幼少時の二人が出逢った、恰幅のいいあの男性。

 主人もその息子もいなくなり、村も滅ぼされたなら、おそらくは国へ帰ろうとするだろう。
 今になって思い返してみれば、サンタローズの他の住人らとは、明らかに顔かたちが違っていた。
 異国民だったことは明らかだ。

 そして、もしも彼が蔵馬が生まれた頃、あるいは生まれる前から仕えていたのならば……この国の人間のはずだ。
 今はそれに頼るしかない。

 二人は最後の望みをかけて、その門を叩いた。

 

 

 

 

「ぼ、坊ちゃん!?」

 出逢った途端、第一声はそれだった。
 あの時よりも老けたその男性は、間違いなく、蔵馬の父に仕えていた彼だった。

「ああ……生きておられたんですね!!」

 涙をぼろぼろこぼしながら、蔵馬にしがみつく様は、まるで亡くした息子が帰ってきたといわんばかりだった。

 

「ようも此処まで来られました! ああ、立派になられて……」
「お前もよく無事だったな」

 ぽんっと肩を叩くと、男はごしごしと顔を拭きながら、ようやく立ち上がった。

 

「本当によくぞご無事で……故郷までお帰りになられました」
「……故郷?」

 蔵馬が尋ねると、男は顔を引き締め、言った。

「はい。此処が貴方様の故郷であり、貴方様の国です。旦那様は……貴方様のお父上は、この国の王だったのですよ」

 予感は確信に変わった。

 

 

 

 

 

「ささ、こちらです」

 男の案内で、蔵馬たちは城内を進む。
 先ほどは頑固に絶対通そうとしなかった兵士たちも、彼の姿に敬礼をして、道を開けた。

 

(……偉い人だったんだ、この人)

 初めて会った時は、本当にそこらへんにいる小父さんのようだったのに。
 今では何だか威厳すら感じられた。

 謁見も驚くほどすんなりと通り、いよいよ王の前へ。

 

 

 

「おお……蔵馬殿、蔵馬殿であったか……」

 王は、ラインハットの幽助の弟とも、テルパドールの躯とも雰囲気の違った男性だった。
 彼は亡くなった蔵馬の父の弟とのことで、彼からすれば、蔵馬は甥ということになる。
 先ほど、すれ違ったのが、王女だというから、彼女は従妹だろう。

 

「よくぞ、無事に帰られた……兄上は…あ、いや、父君は……いかがされた」
「……実は」

 蔵馬は嘘偽りなく、全てを語った。
 王は最初のうちこそ、冷静に聞いていたが、最後には頭を抱えていた。

 

 

「そうか……よく、話してくれた……」
「いえ」

「おお、そうだ。そちらの女性は?」

 話題を明るくしようとしたのだろう。
 王は、梅流へと視線を移した。

 急に話題を振られたことにドギマギしながら、梅流は口を開いた。
 開こうとした。

 

 ぐらり。

 

 

 

「! 梅流!」
「梅流殿!?」
「どうされた!?」

 皆の悲鳴がやけに遠く聞こえる。

 こたえなければ。
 心配をかけてしまうのに。

 

(ダメだ……)

 どうしても言葉が出てこず、そのまま梅流の意識は闇に沈んだのだった……。

 

 

 

 

 

「……本当?」

「うん……」

 謁見の間より上階。
 王族の住まいである其処で、梅流は目覚めた。

 自分から告げたかった真実は、残念なことに倒れた後に彼女を看たシスターによって、蔵馬に知らされてしまっていたが。

 それでも蔵馬は梅流の口から聞きたいと、面会を許されてすぐに駆け込んできたのだ。

 

 

「びっくり…した」

 蔵馬の様子は、今まで見たことがなかった。
 これまでどれだけ驚いても、顔にはっきり出るほど驚いたことは、数えるほどしかない。
 ましてや、声もとぎれとぎれ、見開いた瞳を閉じられずにいることなど、初めてだった。

 蔵馬のことだから、もしかしたら感づいているのでは……とも思っていたのだけれど。

 

 

「……体調が優れないのは気づいてたけど……まさかそういうこととは思ってなかったよ……」
「ごめんね。言い出せなくて……」

「謝ることないよ……気持ちは分かるから」

 まだ動揺が抜けきっていないようだが、蔵馬は梅流の手を取った。

 

「……気を遣わせてたね。俺の方こそ、すまなかった」
「そ、そんな! 私が言わなかったんだもん! 蔵馬は悪くないよ!」

 そうだ。
 蔵馬が責めを負う必要など、微塵もない。
 自分が黙っていたのだから。

 

 

 

「……あのね、蔵馬」
「何?」

「私……生むことに専念しようと思うの。この子を無事に生んであげたいの。ううん、生みたいの。元気なこの子に……会いたいから」

 それだけで蔵馬は分かってくれた。

 

「俺には、何もしてやれないけど……頑張って」

 梅流は繋いだ手を力強く握った。