5.決意
「梅流?」 ふっと目を開けた時、目の前にあったのは心配げな蔵馬の顔だった。
「大丈夫?」 言われて思い出す。
数日前、老婆に礼を言って、翌朝には再び山を登り始めた。 ようやく、チゾットという山頂の村へ到着した直後だった。
「梅流?」 起き上がろうとしたが、眩暈がして布団に沈む。
「無理しないで」 山頂に到着したのだ。
「モンスターたちにも無理をさせすぎたから、休ませてある。2〜3日泊まることにしたから、梅流も休んで」 倒れたことで、何か感づかれたのでは……と思ったが、どうやら気づかれていないらしい。 蔵馬は梅流を布団に押し込むと、一度外へ出て、すぐに戻ってきた。
「なあに? それ」 「そうなんだ……ねえ、蔵馬」 「……ううん。何でもない」
これから先、蔵馬はもっと過酷な地へ赴くのだろう。 いつまでも、黙っているわけにはいかないと。 だが、まだ……。
老婆に知らされてから、もう何日になるか。 だからといって、こんな重要なこと、自分で何も決断せずに蔵馬に一任することも……出来なかった。 ただでさえ、蔵馬が背負っているものは重くて大きい。
(分かってる……いつまでも黙ってなんかいられない) でも、まだ決められない。 子供を諦めるなど、最初から考えていない。
だから、悩んでいるのは。 無理してでも、大きなお腹で旅を続けるか。 その、二つに一つの道だった。
妊娠した自分は、明らかに蔵馬にとって負担になる。 もしくは生んで、子供がある程度大きくなるまで……それこそ、蔵馬がそうだったように、一緒に旅が出来るようになるまで、兄たちの下へ帰るか。
不可能ではない。 何処か目印になるような地点さえあれば、一度梅流だけ連れて行って、すぐに戻ってこられるはず。
ただその場合、最低でも2年か3年は一緒にいられなくなる。 出来ることなら、もう蔵馬を1人にしたくない。 彼が……1人でいることを、辛く思っているのが、分かるから。
(どうしよう……) お腹が目立つ前に決めなければ。 まだしばらくは大丈夫。 そう自分に言い聞かせた。
そして、 (……そういえば、躯がこの薬持ってたってことは……躯も妊娠してたのかな?) そんなそぶりは見せなかったけれど。 そう思うと、ちょっとだけ何処かへ行ってしまった彼女の恋人に腹が立つ。
(傍にいてあげればいいのに! 何処に行ってるんだろ!) それぞれ事情もあるから、一概には言えないが。 ……まあ、知らないのならば、仕方ないけれど。
(また……会いに行けるよね) 彼女のところには、天空の兜がある。 だって、お母さんの手がかりなんだから。
(勇者……伝説の勇者……何処に居るんだろう……) せめて何処にいるかだけでも分かれば……そう思いながら、溜息をついた時だった。
「梅流? 何処か苦しいのか?」 無理に明るく振る舞う。
(伝えられない……ゴメンね、蔵馬……) 梅流は心の中で、少し泣いた。 悲しかったのではない。
……しかし、この後。 梅流は嫌でも決断せねばならない自分を、実感することになるのだった。
……グランバニアまでの洞窟というのは、登山の時と比べ、確かに入り組んでいた。 梅流は確信した。
「迷子じゃすまないよね……絶対に、一生出られなさそう……」 なさそうというよりは、確実に出られなくなる。
今のところ、体に不調はない。 お腹が大きくなったら、なるべく馬車に乗せてもらって。 ひょっとしたら、このまま一緒に……。
そう思った……けれど。
「梅流」 蔵馬は軽く聞いただけかもしれない。
彼が指さす先を、そっと覗き込む。 だが、いつもならば大して気にしなかったろう。 でも今は……、
(お腹……大丈夫かな……) 老婆から聞いた限り、安定期には入っている。 かといって、今妊娠していると告げても、こんな洞窟内ではルーラは使えないはず。
「……えっと、蔵馬……」 梅流が答えるよりも前に、蔵馬がモンスターを呼んだ。 ぽにょぽにょと転がるように出てきたスライムで、辺りは賑やかになった。 スライムたちは、合点承知と言わんばかりに、次々穴へと飛び込んだ。 そして有無を言わさず、抱き上げた。
「え? え?」 抱えて飛んでくれると言っていると気づき、梅流はぎゅっと彼にしがみつく。
「行くよ」
……梅流は気づいた。 一番大事なことに。
蔵馬と一緒にいたい。 その気持ちに偽りはない。 本心だ。
けれど、この一件で分かった。 今回は蔵馬が抱えて飛び降り、スライムたちのクッションで事なきを得たけれど。 そんな時、果たして自分はお腹の子たちを守れるだろうか?
(私……まだ、母親になってなかった……) 生まれていないから、という意味ではない。 自分たちの気持ちよりも。
(蔵馬……私、旅をやめるよ) グランバニアに着いたら、言おう。
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