4.不調の理由(ワケ)
夕飯は至って普通だった。 少量ではあったが、満腹感があり、疲れもあった梅流は、食後早々に寝入ってしまった。
……違和感に目が覚めたのは、かなり時間が経った頃だった。 何か妙な音がする。
だが……戦っているにしては、モンスターたちは起きない。 けれど、何処かで聞いたことがある。
(何処だろう……そう。そうだ。台所だ) 母親が存命の頃、台所から聞こえていた音だ。 その、していたこととは……。
(包丁研ぐ音……だよね)
さあっと背筋が凍りつく。 (ど、どうしよう! そうだ、蔵馬に知らせ……あ、あれ? 体動かない!?) そういえば、さっき顔を動かそうとしたのに、頭が重くて、仕方なく視線だけ動かしたのだ。
(な、何で!? どうして!?) パニックに陥りかける梅流の耳に、更なる音が。
ひたりひたり。 足音。 蔵馬ではない。
(う、嘘っ!? こ、来ないで! 動いて動いてっ!) 目を瞑り、必死に内心で言い聞かせるが、どちらも聞き入れてはくれなかった。 どちらも叶わぬまま、足音はついに梅流の枕元までやってきた。 おそるおそる目を開くと、眼前には白髪を振り乱した老婆が……にやりと笑った。
(く、蔵馬ぁっ!!!)
「こりゃ、そんな様では息が詰まるぞよ」 「……?」 「ほれ、しっかり吸ってみい」 ぐっと背中に手を入れて起こされ、パシパシ背中を叩かれる。
「はあはあ……」 「え? あの……」 ちらりと見上げた老婆は、先ほどと寸部も変わらない。 「それ……蔵馬の剣?」 何だかどっと疲れが出た。
「ああ、安心せい。やつには代わりの刀を貸しておるわい。ニヒヒ……」 妙な笑い方だが、どうやら悪い人ではなかったらしい。 早とちりしたと、己を恥じる梅流。 とはいえ、人を外見で判断するような梅流ではない。
「それはそうと、娘よ」 「お前さん、これからも旅を続ける気かい?」 先ほどまでの笑みが消え、真剣な眼差しになった老婆に、梅流は少し身構えてしまった。 もし、蔵馬に告げられたらどうしよう。 だが、老婆の口から出たのは、衝撃の言葉だった。
「赤子を宿した体に、旅は酷じゃろうが」
「……え?」
赤子?
赤子って、赤子って……赤ちゃん!?
「ええっ!?」 思わず自分の腹を見下ろす梅流。 その梅流の様子に、老婆は呆れたように、 「何じゃ。気づいておらなんだか」 きっぱり言い切られ、梅流は先ほどと別の意味でパニックになりかけた。
赤ちゃんがいる。
……蔵馬との子が。
そりゃあ、欲しいか欲しくないかと聞かれれば、欲しいと答えるけれど。 結婚してまだ間もないのだ。
それがいきなり、第三者から言われて。 嬉しさよりも驚きの方が大きかった。
「娘よ」 老婆は声を落として、梅流を見据えて言う。 「わしからは何も言わん。自分で言うがええ」 つまり、自分で選べと言っているのだ。
だが、梅流には……、 (どっちも……選べないよ……)
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