3.次なる目的地

 

 

 

 躯に別れを告げ、蔵馬たちは再び船出した。

 彼女の言ったグランバニアは、砂漠から徒歩では不可能。
 船で行くしかないが、それも途中までだ。
 相当入り組んだ山奥の向こう、かなりの内陸部にあるらしく、上陸後は険しい山越えを覚悟しなければならないらしい。

 

 それでも迷いなど無かった。

 伝説の勇者の手がかりは、剣・盾・兜、そして鎧。
 ここへ来て、鎧の手がかりだけは、さっぱりないのだ。
 となれば、闇の世界の手がかりを探るしかないけれど、指輪以外の手がかりは全くつかめていない。

 

 これから先、何を求めればと思っていたところへ、この情報。

 その攫われた王妃が蔵馬の母であり、探しに出た王が父であるならば、その国に何か手がかりがあるかもしれない。
 あまりにもはっきりとした目的地だった。

 

 

 

 

「梅流。大変だと思うけれど」
「大丈夫だよ。言ったでしょ? 私は蔵馬の隣にいるって」

 笑顔で言って、蔵馬の横に立つ梅流。
 しかし、内心は戸惑いもあった。

 山越えが嫌なわけではない。
 ずっと山村で暮らしてきたのだ、今更山登りなど大したことはない。
 蔵馬と一緒にいることと、秤にかける必要すらなかった。

 

 

 心配なのは……己の体調。

 気のせいか、此処しばらく何となく優れないのだ。
 テルパドールに入る少し前からで、てっきり暑気辺りを起こしたのだろうと、オアシス滞在中はなるべくゆっくりと過ごしていた。
 いつもなら、モンスターたちとはしゃいで見て回る探険も、今回は辞退。
 花畑でのんびりしたいと理由をつけると、彼らも納得してくれた。

 

 更に、変調を察したらしい躯から貰った薬を飲むと、比較的落ちつくようになった。
 彼女も常備しているとかで、薬草や毒消し草では効かなかった症状が、かなり緩和される。

 が、それも毎度毎度効果が出るわけではなく、時折どうしようもない脱力感に襲われる。
 下手をすると、食欲もなくすほど。

 海へ出てしばらくは続いていたそれも、最近は大分楽になり、薬に頼ることもなくなった。
 けれど、いつまた再発するか分からない。
 それが怖かった。

 

 

 体をこわすことではなく……蔵馬に知られることが。

 隣にいたい。
 誰よりも傍にいたいのだから。

 

 気づかれなければいい。
 そう思って、笑顔を見せていた。

 

 

 

 

 

「……すごい山だね」

 見上げた山の高さに、梅流はあんぐりと口を開けた。
 テルパドールの庭園も凄かったが、あれとはまた違う趣がある。
 梅流が過ごしていた山奥すら、平地に見えるほどの……断崖絶壁にも近い山々だった。

 

「とりあえず、今日はあそこの宿屋に泊まろうか」

 蔵馬が指さす先に、宿屋らしき小屋があった。
 らしき…ではなく、本当に宿屋だったが。

 いきなり山登りでなくて、正直梅流はほっとしていた。
 ずっと船に乗っていて、少しばかり疲れている。
 蔵馬は無理矢理飛ばしてはいないけれど、内心焦っているのだろう、いつもよりも急いた航海だった。

 

(会いたいよね……お母さんに)

 手がかりがあるならば、世界の果てへでも……そんな雰囲気に、梅流は絶対に己の不調を知られまいと、心に誓った。

 

 

 

 

 翌朝。
 梅流たちは早速山越えを始めた。

 傾斜は予想以上、壁を上るに等しい場所さえあった。
 馬車がなかなか通らず、皆で押し上げなければならない所も少なくない。
 また上るだけならばいいのに、下らねば先に進めず、無駄に上下運動を繰り返すことにもなった。

 おかげで、三半規管が悲鳴を上げている。
 モンスターたちでさえ、息を荒くしていた。

 

「梅流? 大丈夫か?」
「う、うん……」

 本当はかなり疲れているけれど、そんなこと口が裂けても言えるわけがない。
 不調を訴えれば……。

 ……最も、この状況では疲れを訴えない方がおかしいのだけれど。

 

 

「……梅流」
「な、何?」

 ぎくりとした梅流だったが、蔵馬は予想に反して、

「俺も今日は大分疲れたよ」

 と、あっさり言ったのだった。

 

「だから、そろそろ休まないか? あそこに洞穴があるし」
「う、うん。分かった!」

 ほっとして、馬車の皆に報告する梅流。
 そんな彼女の姿を、蔵馬は少し複雑な顔で見つめる。

 

 

 

「……嘘が下手だね」

 でも、

「言ってくれるまで……待つから」

 もちろん、無茶はさせないけど。

 

 

 

 

「おや、お客さんとは珍しいねえ、ニヒヒ……」

 洞穴だと思って入った其処は、どうやらただの穴ではなかったらしい。
 生活用具が置かれ、明らかに人の手が加えられた造り。
 といっても、荒ら屋でももうちょっとマシだろうというほどの粗末なものだったけれど。

 奥から出てきたのは……しわしわの老婆だった。

 

(こ、怖い……)

 引きつった顔を、ぱしぱしと叩きながら、梅流は現実を見た。

 モンスターなどの類ではなさそうだが、まさに山姥さながらの風貌。
 洞窟内の薄暗さも相まって、なお恐怖心を煽る。

 昔、絵本で見て大泣きした鬼婆そのものだった。

 

 

「ニヒヒ……疲れたなら、泊まっていきな〜」
「ええ。お言葉に甘えて」

 即答した蔵馬に、梅流は若干の頭痛を覚えた。
 無論、それが最近の体調不良とは全く関係ないことを自覚した上で。