2.伝説の勇者
「はじめまして。おれは躯。この国の王だ」 威厳に満ちあふれながらも、恐怖以外の、人間味溢れる精神も感じられる……さりとて、それだけでない、神秘的な雰囲気。
「お初にお目にかかります。私は蔵馬と申します」 まず蔵馬が会釈をし、梅流も頭を下げた。 躯は特に表情を変えていない。
「お前は……」 「……着いて来い」 すっと立ち上がる躯に、蔵馬と梅流は一瞬顔を見合わせたものの、着いていくことにした。 むしろ、何かに期待するような……そんな感じがする。
躯に連れられていったのは、庭園を出て、謁見の間も抜け、更に城の外壁を歩いてやっと辿り着ける、最奥の間。 庭園とは違い、何処までも深いそれは、まるで無限地獄への入り口にも思える。
思わず、梅流は蔵馬の服の裾を握った。 降りたくないのではない。
「…………」 蔵馬はそんな梅流の心中を正確に察した。 大丈夫。 見上げた瞳が、そう言っていた。
「仲がいいんだな」 先を行く躯が、面白そうに言った。
「ええ。見たとおりです」 「……分かった、躯」 呼んで、蔵馬はふっと笑った。
「君だね? 飛影の恋人って」 彼の言葉に、躯は一瞬目を瞠ったが、すぐにその顔は呆れへと変わる。
「……やはり、飛影の知人だったか」 「? 蔵馬。飛影って誰?」 梅流は初めて聞く名前だった。
「例の場所を抜け出してから、出逢った冒険者だよ。正確に言えば、銀色の裏の同業者なんだけど」 ということはつまり、盗賊なのだろう。 また、蔵馬が楽しそうだし、この躯という女王の恋人とあらば、決して根っから悪い人ではないだろう。
「お前に会った後だろうな、一度帰ってきた。三日もしないで、出て行ったが」 「口の減らん、気にくわないヤツ、だそうだ」 くすくすと笑う蔵馬の姿に、梅流は一度会ってみたいな、とこっそり思っていた。
「まあいい。着いたぞ」 そこは長き階段の最下部。
「此処は?」 瞬間、蔵馬の顔色が変わる。
『伝説の勇者』。 それは、蔵馬が語った過去の中でも、特に衝撃的なことだった。
蔵馬の母は、亡くなったのではなく、闇の世界によって連れ去られていた。 だが、話はそこで終わらない。
真に彼女を救い出せるのは……『伝説の勇者』しかいないのだと。
かつて、世界を救ったと言われる伝説の勇者。 彼は、天空の鎧を纏い、天空の兜を被り、天空の盾を左手に、そして天空の剣を右手に構え、世界を邪悪なる存在から救ったのだと。 今ではその武器防具もバラバラになり、勇者の行方は皆目不明。 そんな状況にもめげず、蔵馬の父は勇者の手がかりを探し続けていた。
そして、蔵馬に遺されたのは……天空の剣。 そう、蔵馬の父は僅かながら、希望を手に入れていたのだ。
残念なことに、蔵馬にはその剣は使えなかったらしい。 それでも蔵馬は、馬車の隠し倉庫に乗せ、交代でモンスターに見張らせている。
「……此処は、そいつの墓だと言われている場所だ」 躯の言葉が引っかかり、蔵馬は反芻して尋ねる。 「どういう意味だ? 此処は勇者の墓ではないのか?」 きっぱり言うと、躯は墓に歩み寄った。
「この国は元々、伝説の勇者の供を勤めた者が作り上げたらしい。だから、勇者縁のものが数多く残されている。これはその一つで、最も重要な代物だ」 言いながら彼女が持ち上げたのは、蒼い兜。
「……天空の兜。そうか、此処は墓ではなく、兜の隠し場所なのか」 差し出すが、蔵馬は首を振る。 「無理だろう……俺は、天空の剣も使えなかったし、盾も装備出来なかった」 悔しそうに言う蔵馬。
……彼の言う天空の盾は、実はサラボナにあった。 当初、蔵馬はその噂を聞いて、サラボナへ向かったのだ。 例え扱えずとも、何か手がかりがないか、と。 そして件の盾は、瑪瑠の家の家宝であった。
「そうか。ならいい」 蔵馬の気配に、無理を悟ったのか、躯はそれ以上強いることなく、兜を元に戻した。
「必死なんだな」 蔵馬の様子から、彼の心中を察したのだろう。
どうやら躯も、飛影からはそのことに関しては、聞いていなかったらしい。 そのため、全てを聞き終えた時には、深く溜息をついた。
「……お前、故郷は何処だ?」 そうとしか答えようがない。
「実はな……お前の話とそっくりな国王の噂があってな」 「グランバニアの王の話だ。十数年前、王妃が攫われ、国王自ら、生まれて間もない王子と共に旅立ったと。名前は……」 「…………」 硬直した横顔に、梅流もすぐに理解出来た。
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