第三章 誕生と別れ
「こんな砂漠の真ん中にお城があるなんて、すごいね〜」 ぽかんっとして梅流が見上げたのは、まさにオアシスだった。 そのまんま、砂漠のど真ん中で、木々が生い茂るオアシスにあるから……という意味ではない。
「テルパドールの城。南国一の大国として有名だ。俺も来るのは、はじめてだと思うが」 もしかしたら、父が存命中に来たことがあったかもしれない。
「瑪瑠の家もお城みたいに大きかったけど、あそことはまた違う感じがするね。ラインハットのお城とも! どこも素敵だけど!」 さりげなく、話題を変える梅流。
1.お城
瑪瑠の祖父から外洋にも行ける船を譲り受けたのは、ポートセルミという港町だった。 10年間、苦楽を共にしたあの王子に元だった。 しかし、蔵馬が長年、奴隷として扱われたにもかかわらず、心底から捻くれなかったのと同じように、件の王子もまた、心を腐らせぬ、まっすぐな青年であった。
「よお、蔵馬! 久しぶりだな!」 快活に笑って迎えてくれたのは、多分梅流と同い年くらいの青年。
「元気そうだね、幽助」 ふと目を向けられ、梅流は慌てて挨拶する。 「あ、はじめまして。梅流です。えっと、その……」 さらりと言った蔵馬の言葉に、脳天から火が噴くかと思った。
「そっかそっか! 蔵馬も結婚したのか!」 蔵馬の後ろに黒いしっぽのようなものが見えたのは、多分見間違いではなかったと思う。
その後、歓迎の宴などは丁重に断ったが、同窓会レベルのどんちゃん騒ぎは延々と続き。 しかも、王子が細かいことを気にしない性質のためか、モンスターたちも一緒になって。 それでも、出航の際には、これでもかというほど、食糧やら武器やらを提供し、最後に、 「必ず会えよ、おふくろさんに」 と告げられ、蔵馬は嬉しそうに頷いていた。
「でも本当に、可愛かったね。幽助たちの赤ちゃん!」 螢子という女性は、蔵馬たちが奴隷にされていた場所から、一緒に脱獄してきたという。 更に早いことに、二人の間には子供が。 そんなことは知らずに、母の腕に抱かれて眠る赤子は、とにかく可愛かった。
「子だくさんって感じで、賑やかな家族になりそうだね!」 大家族……そのキーワードで、蔵馬は少し切ない顔になった。
「蔵馬。私が居たいのは、此処だよ。蔵馬の隣だからね」 家族の傍は確かにあたたかだった。 でも、たった今、この瞬間此処にいるのは。
城はオアシスだけあって、比較的一般市民も出入り自由になっていた。 ラインハット以外の城に入ったことのない梅流だけれど、あそこは幽助こそ開放的だったが、過去に皇太后がすり替わるという事件があって以来、割と重厚な防備を固めている城だった。 そして、闇の世界の情報のため、謁見を申し出ると、これもすんなりと通ったのだった。
「あれ? 誰もいない?」 緊張しながらも、謁見の間に到着した梅流は、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「お留守…なのかな?」 蔵馬も怪訝に思い、傍にいた兵士に問いかける。 「おそらく、庭園でしょう。此処は砂漠の真ん中ですゆえ、元々来訪者が少ないのです。そのため、王は癒しの庭におられることが多いのですよ」 ようするに、謁見の機会があんまりないから、執務室にいる必要がないということなのだろう。
「そちらの階段から行けますよ」 侍女らしき女性の言葉を受け、半信半疑ながら、二人は階段を下りて行く。 (地下に……庭園?) 梅流の知っている地下といえば、保存食置き場か、そうでなければ木炭や普段使わない道具をしまっておく倉庫くらいである。
そして、階段を下りきった、その先は。
楽園の名に恥じぬ、異空間だった。
「これは……」 梅流は元より、流石の蔵馬も驚きを隠せなかった。 それくらい、其処は素晴らしいところだった。 いくらオアシスといっても、周囲は砂漠。
「すごいねすごいね! 蔵馬、本当にすごいよ!」 「お褒めいただいて、光栄…といったところか」 その言葉に、二人は揃って視線を向けた。 楽園の中でもひときわ花が美しい其処にいたのは、妙齢の女性。
……とはいえ、梅流は美少女だし、蔵馬に至っては、世界の傑作といっていいほどの美男子である。
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