第三章 誕生と別れ

 

 

 

 

「こんな砂漠の真ん中にお城があるなんて、すごいね〜」

 ぽかんっとして梅流が見上げたのは、まさにオアシスだった。

 そのまんま、砂漠のど真ん中で、木々が生い茂るオアシスにあるから……という意味ではない。
 昼は灼熱、夜は極寒、あるのは岩と砂ばかりのこの土地で、信じられないほど堂々とそびえ立つ宮殿は、楽園と呼ぶ他になかったのだ。

 

「テルパドールの城。南国一の大国として有名だ。俺も来るのは、はじめてだと思うが」

 もしかしたら、父が存命中に来たことがあったかもしれない。
 だが、覚えていないくらい小さい頃であれば、初めてと何ら変わりないだろう。

 

「瑪瑠の家もお城みたいに大きかったけど、あそことはまた違う感じがするね。ラインハットのお城とも! どこも素敵だけど!」

 さりげなく、話題を変える梅流。
 蔵馬も微笑を浮かべて、頷いた。

 

 

 

 

 

 1.お城

 

 

 

 

 

 瑪瑠の祖父から外洋にも行ける船を譲り受けたのは、ポートセルミという港町だった。
 出航後、蔵馬が一番最初に向かったのが、かのラインハット城。

 10年間、苦楽を共にしたあの王子に元だった。
 まあ、正確に言えば、奴隷だったのだから、ほとんど苦労しか共にしていないのだろうが。

 しかし、蔵馬が長年、奴隷として扱われたにもかかわらず、心底から捻くれなかったのと同じように、件の王子もまた、心を腐らせぬ、まっすぐな青年であった。

 

 

「よお、蔵馬! 久しぶりだな!」

 快活に笑って迎えてくれたのは、多分梅流と同い年くらいの青年。
 その隣には、微笑みを浮かべる、これまた同い年くらいの女性。
 何か白いものを抱えていた。

 

「元気そうだね、幽助」
「ま、退屈っちゃ退屈なんだけどな。こう毎日、王族の云々きかされりゃ……って、誰だ?」

 ふと目を向けられ、梅流は慌てて挨拶する。

「あ、はじめまして。梅流です。えっと、その……」
「俺の連れ合い」

 さらりと言った蔵馬の言葉に、脳天から火が噴くかと思った。
 耳まで真っ赤になったのが、自分でも分かる。

 

 

「そっかそっか! 蔵馬も結婚したのか!」
「幽助も螢子ちゃんと結婚したんだね。しかも、もう子持ちか」
「う、うるせえ。いいじゃねえか、別に!」
「悪いとは言ってないよ」

 蔵馬の後ろに黒いしっぽのようなものが見えたのは、多分見間違いではなかったと思う。

 

 その後、歓迎の宴などは丁重に断ったが、同窓会レベルのどんちゃん騒ぎは延々と続き。
 結局、梅流たちは数日間も厄介になってしまったのだった。

 しかも、王子が細かいことを気にしない性質のためか、モンスターたちも一緒になって。
 おかげで、酔いが廻ったドラゴンキッズが炎を吹いたり、ブラウニーが掘りに落ちたりと、大騒ぎに拍車をかける結果となってしまった。

 それでも、出航の際には、これでもかというほど、食糧やら武器やらを提供し、最後に、

「必ず会えよ、おふくろさんに」

 と告げられ、蔵馬は嬉しそうに頷いていた。

 

 

 

 

「でも本当に、可愛かったね。幽助たちの赤ちゃん!」
「ああ」

 螢子という女性は、蔵馬たちが奴隷にされていた場所から、一緒に脱獄してきたという。
 短い間ではあったが、共に旅をし、そして幽助との間に、仲間以上の関係を築いたのだった。

 更に早いことに、二人の間には子供が。
 蕾螺という男の子は、生まれながらに、次代のラインハット王となる地位にいるらしい。

 そんなことは知らずに、母の腕に抱かれて眠る赤子は、とにかく可愛かった。
 しかも、螢子のお腹には新しい命が宿っているという。

 

 

「子だくさんって感じで、賑やかな家族になりそうだね!」
「梅流……」

 大家族……そのキーワードで、蔵馬は少し切ない顔になった。
 慌てて梅流は言う。

 

「蔵馬。私が居たいのは、此処だよ。蔵馬の隣だからね」
「ありがとう」

 家族の傍は確かにあたたかだった。
 今なお、家族のことは大好きだ。
 また会いにいくと約束している。

 でも、たった今、この瞬間此処にいるのは。
 確かに梅流の意志、梅流の本心なのだから。

 

 

 

 

 

 

 城はオアシスだけあって、比較的一般市民も出入り自由になっていた。

 ラインハット以外の城に入ったことのない梅流だけれど、あそこは幽助こそ開放的だったが、過去に皇太后がすり替わるという事件があって以来、割と重厚な防備を固めている城だった。
 あそこに比べると、テルパドールはかなり開放的と言える。

 そして、闇の世界の情報のため、謁見を申し出ると、これもすんなりと通ったのだった。
 が、しかし。

 

「あれ? 誰もいない?」

 緊張しながらも、謁見の間に到着した梅流は、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 無理もない。
 見上げた玉座には、人影は全くなかったのだから。

 

「お留守…なのかな?」
「王はどちらに?」

 蔵馬も怪訝に思い、傍にいた兵士に問いかける。

「おそらく、庭園でしょう。此処は砂漠の真ん中ですゆえ、元々来訪者が少ないのです。そのため、王は癒しの庭におられることが多いのですよ」

 ようするに、謁見の機会があんまりないから、執務室にいる必要がないということなのだろう。
 不真面目とは言わないが、それよりも中庭とは何処だろうか。

 

 

「そちらの階段から行けますよ」

 侍女らしき女性の言葉を受け、半信半疑ながら、二人は階段を下りて行く。
 というのも、階段の段数からして、どう考えても、地上ではないのだ。
 つまり、地下。

(地下に……庭園?)

 梅流の知っている地下といえば、保存食置き場か、そうでなければ木炭や普段使わない道具をしまっておく倉庫くらいである。
 頭の中が、「???」になりながらも、一段一段下りて行く。

 

 そして、階段を下りきった、その先は。

 

 楽園の名に恥じぬ、異空間だった。

 

 

 

 

「これは……」
「すっご〜い……」

 梅流は元より、流石の蔵馬も驚きを隠せなかった。
 最も、隠す必要性などなく、素直な態度でいた方がいい。
 此処で、無理に驚きを隠そうものならば、むしろ不審者である。

 それくらい、其処は素晴らしいところだった。

 いくらオアシスといっても、周囲は砂漠。
 にも関わらず、泉が湧きいで、色とりどりの様々な花が咲き乱れ。
 地下のはずなのに、空気はむしろ地上よりも清浄に感じられた。

 

 

「すごいねすごいね! 蔵馬、本当にすごいよ!」
「ああ……流石に俺も驚いたよ」

「お褒めいただいて、光栄…といったところか」

 その言葉に、二人は揃って視線を向けた。

 楽園の中でもひときわ花が美しい其処にいたのは、妙齢の女性。
 考えるまでもなく、この国の王なのだろう。
 美しい女王だとは聞いていたが、噂に違わぬ美貌の持ち主だった。

 

 ……とはいえ、梅流は美少女だし、蔵馬に至っては、世界の傑作といっていいほどの美男子である。
 お互いに伴侶がそうなものだから、「ああ、綺麗な人だな」程度にしか思えなかったとしても、罪はないだろう……。