「じゃあ、瑪瑠。元気でね!」
「うん。梅流もね!」

 港に見送りにきた瑪瑠に、梅流は精一杯手を振った。

 

 

 

 

 

 13.船出

 

 

 

 

 

 ……夜が明けて、蔵馬が言った通り、銀色はサラボナにやってきた。

 銀狐の証である、耳と尾。
 銀髪が印象的な美青年で、蔵馬よりも見た目は少し年上だった。
 少し冷たい印象を与える眼差しだったが、瑪瑠から話を聞いていた梅流には、隠された優しさが確かに見えた。

 突然現れた来訪者に、街の皆がぎょっとしたものだが、瑪瑠が感情をあらわにして抱きついていったことが、尚更皆をパニックに陥れたのは言うまでもない。

 

 だが、瑪瑠の祖父は、瑪瑠が思っていた以上にモノの分かった男で、銀色が何者なのかは一切尋ねることなく、

「泣かせぬ覚悟はあるのだろうな」

 それだけ問うた。
 銀色は、威圧的でもなく、高慢でもなく、ただただ孫娘を案じる祖父の姿に、いささか呆然としているようだった。
 だが、それも一瞬のことで、

「ああ」

 と、それだけ言った。

 

 

 

 

 迎えた合同結婚式は、盛大に行われ、呑めや歌えやの大騒ぎは数日間続き、昨日になって、やっと梅流たちは宴から解放されたのだった。
 そして、この日、

「汀兎兄! 麓兄! 皆! 行ってくるね!」
「気をつけろよ、梅流!!」
「蔵馬! 泣かせたら、絶対に許さないからな!!」

 結婚式ときいて、飛んできてくれた兄や村人たちにも、思い切り手を振る。
 式の最中、ずっと汀兎が泣きっぱなしだったのは言うまでもないが、精一杯祝福してくれた。

 墓前には、蔵馬がルーラで連れて行ってくれた。
 墓を前にして、

「娘さんをもらいます」

 蔵馬が告げた一言が嬉しかった。

 

 

 そうして、この日。
 梅流は蔵馬と共に、住み慣れた村からも、この地からも旅立つことになったのだった。

 梅流は蔵馬の傍を離れたくなかったし、蔵馬にも手放す気は全くなかったから。
 危険な世界であることは、百も承知。
 だからこそ、もう離れたくない。

 子供の頃とは違うから。

 

 

 

 瑪瑠の祖父がくれた船に乗り込み、梅流は甲板から身を乗り出す。
 港からゆっくりと離れて行く船。

 橋桁にはたくさんの人たちで溢れている。

 兄や村の人たち、そして瑪瑠と家族……その一員になった銀色も。

 

「皆、ありがとーっ!!」

 

 

 

 

 

 すっかり沖合に出て、水平線の彼方まで水だけとなった頃。
 梅流はマストに背を預け、空を見ていた。
 正確に言えば、空に翳した己の手を見ていた。

「梅流? どうしたんだ?」

 操舵をブラウニーに代わってもらったらしい蔵馬が声をかけてくる。

 

「うん。何度見ても、綺麗だな〜って」

 その左手には、滝の洞窟で見つけた水の指輪。
 結婚式の指輪交換の際、瑪瑠と銀色は、瑪瑠の家に代々伝わるという指輪を用いたため、蔵馬たちはこの指輪を使ったのだった。

 そもそも蔵馬がとってきたものだし、もう一つの炎の指輪とあわせると丁度いいということになって。
 蔵馬も目的が果たせて、ほっとしていただろう。

 

「この先に……蔵馬のお母さんがいるんだね」
「ああ……やっと、先が見えてきた感じかな」

 長かったろう。
 10年も歳月を奴隷として過ごし、それからも僅かな手がかりをかき集めて、やっとここまできたのだ。

 

 

 

「でも俺にしてみれば……梅流とこうして一緒になれたことの方が、重畳かな」
「も、もう蔵馬……そんな恥ずかしいこと、はっきり言わないでよ」
「嬉しくない?」
「嬉しいよっ!! 蔵馬のいじわる!」

「そう? でもちょっといじわるしたい気分なんだ」
「え? 何で??」
「……古い話になるけどね。ちょっと引きずってたものがありまして」
「何を?」

 

「リオのリボン」
「うん」
「あれ。俺が初めて会った時、君にあげたものだって、覚えてなかった?」
「えっ!?」

「まあ、無理もないけどね。寝てる間に結んだから」
「そ、そうだったの……」
「でも、ちょっと焼き餅かな」
「……10年前から?」

 

「悪い?」
「悪くないよっ!」

 あつあつ新婚モードでいる二人に、リオをはじめ、モンスターたちが揃って溜息をついたことに、当の本人たちが全く気づかなかったのは言うまでもなく……。

 

 

 そして、同じ頃。
 陸の上でも、あつあつ新婚モードでいる二人がいたこともまた、言うまでもないのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 <第2章 終わり>

 

 

 

 

 

 *後書*

 ということで、第2章は結婚までをお送りしました。
 最初から「選択」という問題ではなかったわけですが、それでも恋愛中心だったので、結構大変でした(汗)

 

 

 

 

 

 

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