12.告白
「え? 何で私の名前……あ、蔵馬から聞いたの?」 梅流の問いかけに、少女はこっくりと頷いた。
「うん……薔薇には全部話したから。彼も教えてくれたの。本当の目的」 「うん。ちょっとだけ、ややっこしいね」 苦笑気味に言った少女の言葉に、梅流はきょとんっと首をかしげた。
「あぁ、あなたたちが『銀色』って呼んでる人も、『蔵馬』っていうの」 これには梅流も驚いた。 差ほど多い名前ではない。 なのに、こんな偶然。 ぽかんっとしてしまった梅流に、少女は一呼吸置いてから言う。
「私も最初はびっくりしたよ。薔薇も驚いたんだって」 「それで、私は銀髪の『蔵馬』のことを、蔵馬って名前で呼んでるから、どうしたらいいって聞いたら、薔薇でいいって。彼がそう呼ぶことにしたからってね」
ひとしきり驚いた後、梅流は少女に誘われ、テラスでお茶を御馳走になった。
「それで……薔薇は、始めてうちに来た時、私には全部話してくれたの。銀髪の『蔵馬』に頼まれたって」 「うん。その時に言ったの。「誰にも言わない、『梅流』以外には」って」 その言葉が……何故かものすごく嬉しかった。 蔵馬自身からも、信じていたと伝えられたけれど。
「「誰?」って聞いたら、私と同じ、白狐の血をひくお兄さんがいるって言ってたから。もしかしたら、街に前来た人なんじゃないかなって」 身内を褒められて嬉しくない人はいない。
「じゃあ、貴女なんだね。蔵馬に私の居場所、伝えてくれたの……」 微笑む少女の手を取り、梅流はまっすぐに見つめた。
「ありがとう……貴女のおかげで……蔵馬に……会えたよ……」
「……どういたしまして」
梅流にゆっくりと返した少女は、もう一つの言われたことを……伝えなかった。 伝えるべきでないと思った。
(薔薇……貴方が伝えてね……)
きっと、伝わるから。 叶うから。
「あ、そうだ」 思い出したように、梅流が問う。 「貴女の名前、まだ聞いてなかったね」 きょとんっとする梅流に、少女――瑪瑠はにこりと笑う。
「薔薇と同じ反応」 蔵馬と瑪瑠はつい最近、初めて会ったばかりだと思っていた。 「ずっと小さい頃に、会ったことあるんだ。私と薔薇。おじいさまもなんだけど、覚えてなかったみたい」 大きくなっちゃってたから、無理もないけれど。
「その時にね。薔薇も驚いてたの。知ってる子と同じ名前だって。漢字は『梅』の『流れ』だけどって」 ほうっと溜息をつく梅流。
梅流と蔵馬が出逢ったのは、今度でまだ3回目だ。 となれば、瑪瑠が蔵馬と会ったのは、一度目と二度目の間ということになる。 でも……名前だけでなく、まだ覚え始めたばかりだったはずの漢字さえも。
「その時から……一度会ってみたいなって、思ってた。会えて嬉しいよ、梅流」 出逢ったばかりのはずなのに。 まるで長い間離れていた兄弟に出逢えたような、そんな不思議な感じ。
「早く来てくれるといいね、銀色!」 答えてから、何を頑張るのだろうかと、首をかしげたのだった。
その夜。 瑪瑠の言った、「頑張ってね」の一言が、どうしても気になって。
「はあ〜。眠れないな……」 もし明日までに、銀色が間に合わなかったら、蔵馬はどうするのだろう。 それは彼のプライドを傷つけることにはならないだろうか。
「間に合ってくれたらいいんだけど……あれ?」 テラスで夜空を見上げていた梅流の視界に、見覚えのある姿が。 追われていることには気づいていないらしい彼は、海へ流れる河の中州に着陸する。
「蔵馬」 中州の奥。
「眠れない?」 ほっとする梅流。 ……一つだけだったけれど。
「梅流」 ドラゴンキッズを夜の闇に飛ばし、蔵馬は歩き出す。
「考えてみれば、少し無謀だったかな。まだ子供だったのに」 忘れはしない。
「そうでもないさ」 振り返って、ふっと笑む蔵馬を、梅流は見上げた。 「一緒に居てくれただけで……どれだけ救われたか、分からない」 蔵馬の瞳は……今まで見たことのない色をしていた。
「父さんと二人きりで、旅をしてて……父さんは確かに俺を気遣ってはくれたけど。でも頭の中は、いつも別のことでいっぱいだった。子供心に気づいていたよ。……まさかそれが、死んだと聞かされていた母さんだとは、思わなかったけどね」 苦笑気味でありながら、その言葉は真剣そのものだった。
「……寂しくても、言えなかった。1人じゃないから、逆に言えなかった。父さんが傍にいてくれたのは、確かだったから……廻りの人たちも、俺が孤独を感じていたことには、気づいてくれなかった」 「…………」
「でも、梅流は違う」 再び髪をひるがえし、こちらを見たとき。
「で、でも……私も、蔵馬がそんな風に思ってるなんて……しらなかっ…」 すっと涙がぬぐわれる。 でも、蔵馬は笑顔だった。 「それだけで嬉しかったんだよ、本当に」
……梅流がようやく泣き止んだ頃。
「梅流」 呼ばれたと同時に、腕を引っ張られた。 「こっち」 きゅっと引き寄せた腕を軽く絡ませる。
「やっぱり、こっちの方がいいな」 「後ろよりも、隣。この方がいい」 そう告げた蔵馬が、うっすら頬を赤くしているのに気づいた。
「!」 恋心に鈍感な梅流でも、分かった。 それはつまり……。
察した途端、かあっと頬が熱くなる。 今までの……これまでの不安で、行き場のない、宙ぶらりんな感情が、何だったのか。
それは、蔵馬と、同じ想い。
「梅流」 蔵馬は絡ませた掌をぎゅっと握りしめる。
「傍にいてほしい。隣にいてほしい。これからもずっと」
「……ありがとう……ございますっ……」
今度流れた涙は、とてもあたたかだった。
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