12.告白

 

 

 

「え? 何で私の名前……あ、蔵馬から聞いたの?」

 梅流の問いかけに、少女はこっくりと頷いた。

 

「うん……薔薇には全部話したから。彼も教えてくれたの。本当の目的」
「そうび?? あ、蔵馬のことだったね。そっか、貴女も蔵馬のこと、薔薇って呼んでるんだね」

「うん。ちょっとだけ、ややっこしいね」
「へ? 何が?」

 苦笑気味に言った少女の言葉に、梅流はきょとんっと首をかしげた。

 

「あぁ、あなたたちが『銀色』って呼んでる人も、『蔵馬』っていうの」
「え!?」

 これには梅流も驚いた。

 差ほど多い名前ではない。
 むしろ、梅流は彼以外にその名を持つ人を知らない。

 なのに、こんな偶然。
 世界は広いのか狭いのか。

 ぽかんっとしてしまった梅流に、少女は一呼吸置いてから言う。

 

「私も最初はびっくりしたよ。薔薇も驚いたんだって」
「そっか……そうだよね」

「それで、私は銀髪の『蔵馬』のことを、蔵馬って名前で呼んでるから、どうしたらいいって聞いたら、薔薇でいいって。彼がそう呼ぶことにしたからってね」
「そうだったんだ」

 

 

 

 ひとしきり驚いた後、梅流は少女に誘われ、テラスでお茶を御馳走になった。
 無論、他の人の耳に聞こえないところで。

 

「それで……薔薇は、始めてうちに来た時、私には全部話してくれたの。銀髪の『蔵馬』に頼まれたって」
「代わりに指輪を貰うっていうのを?」

「うん。その時に言ったの。「誰にも言わない、『梅流』以外には」って」
「私以外には……」

 その言葉が……何故かものすごく嬉しかった。
 どうしてだか、分からない。
 ただ、蔵馬にとって、自分が特別な存在であることが分かったから。

 蔵馬自身からも、信じていたと伝えられたけれど。
 こうして、第三者から教えられて、なお嬉しくなった。

 

 

「「誰?」って聞いたら、私と同じ、白狐の血をひくお兄さんがいるって言ってたから。もしかしたら、街に前来た人なんじゃないかなって」
「あ、それ、汀兎兄と麓兄だよ。会ったんだね」
「うん、ちょっとだけだったけど。優しいお兄さんたちだね」
「うん!!」

 身内を褒められて嬉しくない人はいない。
 梅流とて、例外ではなかった。

 

「じゃあ、貴女なんだね。蔵馬に私の居場所、伝えてくれたの……」
「確信はなかったけど、そうなんじゃないかなって。だって、薔薇から聞いた『梅流』と、お兄さんたちの話してた『妹』って、話だけでも、そっくりだったから……え?」

 微笑む少女の手を取り、梅流はまっすぐに見つめた。
 潤む瞳が、止められない。

 

「ありがとう……貴女のおかげで……蔵馬に……会えたよ……」

 

「……どういたしまして」

 

 梅流にゆっくりと返した少女は、もう一つの言われたことを……伝えなかった。

 伝えるべきでないと思った。
 自分からではダメなのだ。
 第三者からでは。

 

(薔薇……貴方が伝えてね……)

 

 きっと、伝わるから。
 報われるから。

 叶うから。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ」

 思い出したように、梅流が問う。

「貴女の名前、まだ聞いてなかったね」
「あ、そういえば。えっとね、私、瑪瑠だよ」
「へ? める??」

 きょとんっとする梅流に、少女――瑪瑠はにこりと笑う。

 

 

「薔薇と同じ反応」
「そ、そうなの?」
「うん。といっても、最近じゃないけどね」
「え? じゃあ、何時?」

 蔵馬と瑪瑠はつい最近、初めて会ったばかりだと思っていた。
 だが、違ったらしい。

「ずっと小さい頃に、会ったことあるんだ。私と薔薇。おじいさまもなんだけど、覚えてなかったみたい」

 大きくなっちゃってたから、無理もないけれど。

 

「その時にね。薔薇も驚いてたの。知ってる子と同じ名前だって。漢字は『梅』の『流れ』だけどって」
「そう…なんだ……」

 ほうっと溜息をつく梅流。

 

 梅流と蔵馬が出逢ったのは、今度でまだ3回目だ。
 最初は本当に幼い頃、次はあの冒険をした時、そして今回。

 となれば、瑪瑠が蔵馬と会ったのは、一度目と二度目の間ということになる。
 二度目に会った時、蔵馬は確かに梅流を覚えていた。
 久しぶり、と言ってくれた。

 でも……名前だけでなく、まだ覚え始めたばかりだったはずの漢字さえも。
 全部覚えていてくれたのだ。

 

 

 

「その時から……一度会ってみたいなって、思ってた。会えて嬉しいよ、梅流」
「うん……私も、瑪瑠に会えてよかった」

 出逢ったばかりのはずなのに。
 梅流と瑪瑠は、昔からお互いを知っているように、相手を見つめた。

 まるで長い間離れていた兄弟に出逢えたような、そんな不思議な感じ。

 

「早く来てくれるといいね、銀色!」
「うん! 梅流も頑張ってね!」
「うん! ……?」

 答えてから、何を頑張るのだろうかと、首をかしげたのだった。

 

 

 

 

 

 その夜。
 梅流はなかなか眠れなかった。

 瑪瑠の言った、「頑張ってね」の一言が、どうしても気になって。
 でも、何となく意味を尋ねてはいけない気がした。
 はっきりと肯定してしまったからではない。
 本当に、何となく、だった。

 

「はあ〜。眠れないな……」

 もし明日までに、銀色が間に合わなかったら、蔵馬はどうするのだろう。
 真実を告げるのだろうか。
 だが、それでは今まで銀色が隠してきたことを、全て話すしかない。

 それは彼のプライドを傷つけることにはならないだろうか。

 

 

「間に合ってくれたらいいんだけど……あれ?」

 テラスで夜空を見上げていた梅流の視界に、見覚えのある姿が。
 慌てて上着を羽織って、外へ飛び出す。
 街道は避け、細い道を走って、後を追った。

 追われていることには気づいていないらしい彼は、海へ流れる河の中州に着陸する。
 橋がないため、石を飛んで、梅流も渡った。

 

 

 

 

「蔵馬」
「梅流……どうしたんだ、こんな時間に」

 中州の奥。
 鳥のような生き物が舞い降りたそこにいたのは、やはり蔵馬だった。
 肩に留まっているのは、飛ばしていたのだろう、ドラゴンキッズだった。

 

「眠れない?」
「あ、うん……あの、明日のこと考えてたら……」
「ああ、そのことなら心配いらないよ。こいつに周辺を探りに行かせた。銀色はすぐ近くまで来ているよ」
「そうなの? よかった!!」

 ほっとする梅流。
 これで、心配事の一つが消えた。

 ……一つだけだったけれど。

 

 

 

「梅流」
「うん。なあに?」
「覚えてる? 前にもこうして、夜に」
「うん……覚えてるよ」

 ドラゴンキッズを夜の闇に飛ばし、蔵馬は歩き出す。
 梅流も後を追った。
 二人きり、だった。

 

「考えてみれば、少し無謀だったかな。まだ子供だったのに」
「そうだね。私、結局蔵馬に守ってもらってばっかりだったもん……」

 忘れはしない。
 あの時、梅流はまだ弱かった。
 護りたくても……護って貰っているばかりだった。

 

 

 

「そうでもないさ」
「? 蔵馬?」

 振り返って、ふっと笑む蔵馬を、梅流は見上げた。

「一緒に居てくれただけで……どれだけ救われたか、分からない」
「えっ……」

 蔵馬の瞳は……今まで見たことのない色をしていた。
 すごく、切ない色だった。

 

「父さんと二人きりで、旅をしてて……父さんは確かに俺を気遣ってはくれたけど。でも頭の中は、いつも別のことでいっぱいだった。子供心に気づいていたよ。……まさかそれが、死んだと聞かされていた母さんだとは、思わなかったけどね」

 苦笑気味でありながら、その言葉は真剣そのものだった。
 向きを変え、一歩二歩と進む彼の背中が、ひどく寂しかった。

 

「……寂しくても、言えなかった。1人じゃないから、逆に言えなかった。父さんが傍にいてくれたのは、確かだったから……廻りの人たちも、俺が孤独を感じていたことには、気づいてくれなかった」

 「…………」

 

 

 

 

 

「でも、梅流は違う」

 再び髪をひるがえし、こちらを見たとき。
 梅流はぼろぼろと泣いていた。

 

「で、でも……私も、蔵馬がそんな風に思ってるなんて……しらなかっ…」
「傍にいてくれたじゃないか」

 すっと涙がぬぐわれる。
 それでも、止まらなかったけれど。

 でも、蔵馬は笑顔だった。

「それだけで嬉しかったんだよ、本当に」

 

 

 

 

 

 ……梅流がようやく泣き止んだ頃。
 蔵馬はまた歩き始めた。
 梅流もゆっくりと後に続く。

 

「梅流」

 呼ばれたと同時に、腕を引っ張られた。

「こっち」
「?」

 きゅっと引き寄せた腕を軽く絡ませる。

 

「やっぱり、こっちの方がいいな」
「なに?」

「後ろよりも、隣。この方がいい」

 そう告げた蔵馬が、うっすら頬を赤くしているのに気づいた。

 

 

「!」

 恋心に鈍感な梅流でも、分かった。

 それはつまり……。

 

 察した途端、かあっと頬が熱くなる。
 そして、理解した。

 今までの……これまでの不安で、行き場のない、宙ぶらりんな感情が、何だったのか。

 

 それは、蔵馬と、同じ想い。

 

 

「梅流」

 蔵馬は絡ませた掌をぎゅっと握りしめる。

 

 

「傍にいてほしい。隣にいてほしい。これからもずっと」

 

「……ありがとう……ございますっ……」

 

 今度流れた涙は、とてもあたたかだった。