11.サラボナの街
「うわあぁっ!! すごい!! おっきい街!!」 サラボナを目前にして。
「アルカパの何倍だろう? ものすごい街だね!」 はしゃぐ梅流の足元や肩には、たくさんのモンスターたち。 滝の洞窟では、周囲を警戒し通しで、なかなか打ち解ける間もなかったが、川を遡っているだけなので、見張りはマストてっぺんのクックルー1羽で充分。 そのため、サラボナが見えてくる頃までには、梅流は全てのモンスターたちと打ち解けていた。
「梅流はすごいね。俺以外には、なかなか懐かないんだけど」 蔵馬がそう言ったのも、大分前のことだ。 山林をこえていくよりは川を行く方が、遙かに速い。
「ねえ、蔵馬」 元気に返事をしながら、梅流は内心、 (まだだったらいいな……) と、自分でもよく分からないけれど、そう思っていた。
「どうしてだろ……もう来ていた方が、蔵馬も契約が完了できるから、いいことのはずなのに……来てない方がいいなんて……」 舵を握りながら、クックルーに声をかけている蔵馬を見て、ぽつりと呟いた。 ここのところ、自分の考えが分からないことが多い。
しかし、あまり長く悩むことは出来なかった。
「……迎えが来るのは計算外だったな」 サラボナは港町ではない。 この日、港にいたのは、管理をしている老夫婦だけではなかった。
「お待ちしておりました、蔵馬殿」 うやうやしく礼をしたのは、兵士らしい青年。 おそらくは、帰ってきたらすぐさまお連れしろ、とでも言われているのだろう。
「そういえば、ここしばらく旅人は?」 荷下ろしの途中、蔵馬がさりげなく聞いた。 「いいえ。貴方が出立されてから、婚約者志願は元より、旅人は1人も参られておりません」 ということは、まだ銀色は来ていないのだろう。 (どうするんだろう、蔵馬……) 梅流はただ彼の後ろをついていくしかなかった。
「よくやってくれた、蔵馬殿」 蔵馬にそう告げられるのを聞いて、事態がせっぱ詰まっているのは分かっているが、それよりも梅流は、通された屋敷の大きさに呆然としていた。
大きい。 そして、すごい。 もう、他に言う言葉などなかった。
何がすごいといえば、その大きさであり、豪勢さであり、立派さであり……なのに、豪邸にありがちな高慢さが全くないところであろう。 その一歩目から、全てに圧倒されている。 というより、アルカパの町と山奥の村の総面積が、この屋敷ではないだろうか?
そして、通された立派な応接室に居たのは、おそらくは大商人本人と思われる壮年の男性。 老齢の執事に、何人もの召使いたち。
……そうして。 女性の脇に立つのは、梅流よりも少し年下の女の子。 村で聞いていた通り、紛れもなく、兄たちと同じ、白狐の血の流れた容姿をしていた。 父親の姿がないのが気になったが、梅流も既に両親のいない身。
少しそわそわしているところを見ると、彼女にとっても、蔵馬の帰還は誤算だったのだろう。 ゆっくり帰ってきて欲しいと祈っていたに違いない。
(どうしよう……私に出来ること…何かないかな……) 好きな人がいるのに、他の人と結婚するなんて、絶対に嫌なはずだ。 それに梅流も……。
(……あれ? 私、どうして……あの子の心配してるだけじゃないの?)
「ところで、蔵馬殿。そちらの方は?」 ふいに話をふられ、梅流はぱっと顔を上げた。 「あ、えっと……その……」 しどろもどろなる梅流に対し、蔵馬は笑顔で言った。
「そうなの……お父様」 女性は父親に向き直り、言った。 「一日、時間を上げませんか?」 男性は少し考えたようだが、上げた目線はとても真っ直ぐだった。
「蔵馬殿。気にすることはない。私は君がとても気に入った。隠し立てしない態度も含めてな」 「「……???」」 何を言っているのか分からず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔の梅流と少女。
「では、明日」 悪いのに、言おうとしたが、 「あ、じゃあ私案内するよ!」 少女は言って、梅流の腕をつかみ、 「こっちこっち!」 駆けだしたものだから、梅流も自然と足を動かし、そのまま応接室から飛び出してしまったのだった。
「……それで、そっちがバスルームで、そのクローゼットは好きに使ってね」 離れ…といっても、屋敷のサイズが桁外れなので、それもかなり遠い場所であった。 日頃から野山を駆け回っている梅流はともかく、お嬢様のはずの少女。
「……ごめんね」 ふいに少女が言った言葉に、梅流は驚きを隠せなかった。 「え? 何で?」 何も謝れることなどない。
「その……私のことに、巻き込んじゃったみたいで……」 祖父と蔵馬の対話の意味は、よく理解出来ていない少女。
「ううん!! そんなこと! 気にしないでよ!」 その言葉に、今度は少女の方が驚きを露わにする。
「え? えっと……」 ぽんっと手を打って、梅流は周囲に誰もいないことを確認した後、それでも声を落として、 「あのね。私、蔵馬から全部聞いて知ってるの。貴女が銀色さんを待ってること」 ごくんっと息を呑んで、少女が言った。
「貴女が……梅流?」
|