11.サラボナの街

 

 

 

「うわあぁっ!! すごい!! おっきい街!!」

 サラボナを目前にして。
 甲板の手すりから身を乗り出し、梅流は叫んでいた。

 

「アルカパの何倍だろう? ものすごい街だね!」

 はしゃぐ梅流の足元や肩には、たくさんのモンスターたち。

 滝の洞窟では、周囲を警戒し通しで、なかなか打ち解ける間もなかったが、川を遡っているだけなので、見張りはマストてっぺんのクックルー1羽で充分。
 それも2羽いるため、交代交代で行っている。

 そのため、サラボナが見えてくる頃までには、梅流は全てのモンスターたちと打ち解けていた。

 

「梅流はすごいね。俺以外には、なかなか懐かないんだけど」

 蔵馬がそう言ったのも、大分前のことだ。

 山林をこえていくよりは川を行く方が、遙かに速い。
 といっても、下るのではなく、流れに逆らって上るわけだから、そうやすやすとはいかない。
 数日をかけて、安全かつ最短のルートを選んでいった。

 

 

 

 

「ねえ、蔵馬」
「何?」
「もう来てるかな、銀色さん」
「時間的には無理がない程度だけどね。もしまだのようなら、数日は港で待機かな」
「わかった!」

 元気に返事をしながら、梅流は内心、

(まだだったらいいな……)

 と、自分でもよく分からないけれど、そう思っていた。
 そんな自分に、はたと気づいて、溜息をつく。

 

 

「どうしてだろ……もう来ていた方が、蔵馬も契約が完了できるから、いいことのはずなのに……来てない方がいいなんて……」

 舵を握りながら、クックルーに声をかけている蔵馬を見て、ぽつりと呟いた。

 ここのところ、自分の考えが分からないことが多い。
 それも全て、蔵馬絡み。
 何故、彼のこと限定なのか……。

 

 しかし、あまり長く悩むことは出来なかった。
 何故ならば……、

 

 

 

 

 

「……迎えが来るのは計算外だったな」

 サラボナは港町ではない。
 故に、港といっても小規模で、そもそも商業用でなく、個人が所有する船のためといっていい。
 おそらく、件の大商人のものだろう。
 だから通常、港といっても活気らしいものはなく、静まりかえっているはずなのだけれど。

 この日、港にいたのは、管理をしている老夫婦だけではなかった。

 

「お待ちしておりました、蔵馬殿」

 うやうやしく礼をしたのは、兵士らしい青年。
 特別、蔵馬を強く意識しているわけではないらしく、仕事のために来ましたという雰囲気であったが、それが逆に厄介だった。

 おそらくは、帰ってきたらすぐさまお連れしろ、とでも言われているのだろう。
 荷下ろしの手伝いに連れてきたらしい、下働きの者たちもかなり急かしている。

 

 

 

「そういえば、ここしばらく旅人は?」

 荷下ろしの途中、蔵馬がさりげなく聞いた。
 青年は淡々と返す。

「いいえ。貴方が出立されてから、婚約者志願は元より、旅人は1人も参られておりません」
「そうか……」

 ということは、まだ銀色は来ていないのだろう。
 予想外の展開だが、蔵馬はあまり焦った様子はない。

(どうするんだろう、蔵馬……)

 梅流はただ彼の後ろをついていくしかなかった。

 

 

 

 

 

「よくやってくれた、蔵馬殿」

 蔵馬にそう告げられるのを聞いて、事態がせっぱ詰まっているのは分かっているが、それよりも梅流は、通された屋敷の大きさに呆然としていた。

 

 

 大きい。
 とにかく大きい。

 そして、すごい。
 とにかくすごい。

 もう、他に言う言葉などなかった。

 

 何がすごいといえば、その大きさであり、豪勢さであり、立派さであり……なのに、豪邸にありがちな高慢さが全くないところであろう。
 モンスターたちは外で待機させているが、梅流は人間のため、同伴を許され、蔵馬と共に屋敷へ足を踏み入れた。

 その一歩目から、全てに圧倒されている。
 アルカパにも、山奥の村にも、当然こんなところはなかった。

 というより、アルカパの町と山奥の村の総面積が、この屋敷ではないだろうか?
 それほどまでに広い広い屋敷だった。

 

 

 そして、通された立派な応接室に居たのは、おそらくは大商人本人と思われる壮年の男性。
 娘だろうか、妙齢の美しい女性。

 老齢の執事に、何人もの召使いたち。
 無論、屋敷の至る所にもいたし、入り口では兵士たちががっちりと門を守っていた。
 屋敷に到達するまでの庭では、犬師と庭師がこちらに気づいて頭を下げ、ペットなのだろう子犬がはしゃいでいるのも見えた。

 

 ……そうして。

 女性の脇に立つのは、梅流よりも少し年下の女の子。

 村で聞いていた通り、紛れもなく、兄たちと同じ、白狐の血の流れた容姿をしていた。
 どうやら、祖父からの遺伝らしい。
 壮年の男性も、妙齢の女性も、同じ容姿をしている。

 父親の姿がないのが気になったが、梅流も既に両親のいない身。
 何となく見当はついた。

 

 少しそわそわしているところを見ると、彼女にとっても、蔵馬の帰還は誤算だったのだろう。
 予定では、銀色が戻ってくる頃合いを見計らうはずだったのだ。
 港に迎えが行ったことは知っていたかもしれないけれど、だからといって連絡手段などない。

 ゆっくり帰ってきて欲しいと祈っていたに違いない。
 残念ながら、届かなかったようだけれど。

 

 

 

(どうしよう……私に出来ること…何かないかな……)

 好きな人がいるのに、他の人と結婚するなんて、絶対に嫌なはずだ。
 見せかけと分かっていても、きっと。

 それに梅流も……。

 

(……あれ? 私、どうして……あの子の心配してるだけじゃないの?)

 

 

 

 

 

「ところで、蔵馬殿。そちらの方は?」
「えっ……」

 ふいに話をふられ、梅流はぱっと顔を上げた。
 視線の先には、妙齢の女性。
 柔らかい声を裏切らない、穏やかな微笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。

「あ、えっと……その……」
「水門を開け、水の指輪を探す手伝いをしてくれたんですよ」

 しどろもどろなる梅流に対し、蔵馬は笑顔で言った。
 ……その言葉が、内容に反して、驚くほど優しいものだったことに、気づいていないのは少女二人だけ。

 

 

「そうなの……お父様」

 女性は父親に向き直り、言った。

「一日、時間を上げませんか?」
「……そうだな、快瑠」

 男性は少し考えたようだが、上げた目線はとても真っ直ぐだった。

 

「蔵馬殿。気にすることはない。私は君がとても気に入った。隠し立てしない態度も含めてな」
「ありがとうございます」

「「……???」」

 何を言っているのか分からず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔の梅流と少女。
 しかし、蔵馬はほっとしたように息をついて、立ち上がった。

 

 

 

「では、明日」
「ああ。宿屋には話をつけてある……そちらのお嬢さんは、うちの離れに泊まりなさい」
「え、でも……」

 悪いのに、言おうとしたが、

「あ、じゃあ私案内するよ!」

 少女は言って、梅流の腕をつかみ、

「こっちこっち!」
「え、え、え??」

 駆けだしたものだから、梅流も自然と足を動かし、そのまま応接室から飛び出してしまったのだった。

 

 

 

 

 

「……それで、そっちがバスルームで、そのクローゼットは好きに使ってね」
「う、うん」

 離れ…といっても、屋敷のサイズが桁外れなので、それもかなり遠い場所であった。
 それでも、二人とも馬車や馬など使わず、走って到着できてしまったが。

 日頃から野山を駆け回っている梅流はともかく、お嬢様のはずの少女。
 白狐だからという理由だけでなく、かなり鍛えられた足を持っているらしい。
 蔵馬は行儀見習いの修行だと言っていたけれど、それだけではなかったのかも……。

 

 

「……ごめんね」

 ふいに少女が言った言葉に、梅流は驚きを隠せなかった。
 隠す気もなかったが、理解は出来なかった。

「え? 何で?」

 何も謝れることなどない。
 むしろ、こちらがお礼を言うべき立場なのに。

 

「その……私のことに、巻き込んじゃったみたいで……」

 祖父と蔵馬の対話の意味は、よく理解出来ていない少女。
 けれど、そこに梅流がいることだけは確かだったから。

 

 

「ううん!! そんなこと! 気にしないでよ!」
「でも……」
「だって、好きな人と一緒になりたいのは、当たり前の気持ちだもん! 私が役に立てるなら、全然いいよ!」

 その言葉に、今度は少女の方が驚きを露わにする。

 

「え? えっと……」
「あ、そっか」

 ぽんっと手を打って、梅流は周囲に誰もいないことを確認した後、それでも声を落として、

「あのね。私、蔵馬から全部聞いて知ってるの。貴女が銀色さんを待ってること」
「銀色……あ、じゃあ、まさか」

 ごくんっと息を呑んで、少女が言った。

 

 

 

「貴女が……梅流?」