10.街へ

 

 

 

 その後、滝の洞窟の奥深くで、目的のものは無事に見つかった。

 梅流は、エルフの飲み薬を。
 蔵馬は、水の指輪を。

 

「綺麗な指輪だね。それに、すごく……そう、澄んだ感じがする」
「そうだね」

「でもどうしてこれが、闇の世界との繋がりになるのかな?」
「さあ……だが、神聖なものであればあるほど、逆の力に関わる可能性は高い」

 そう言って、蔵馬は慎重に指輪を袋に入れた。
 なくさないように、丁寧に。

 梅流も大切な飲み薬を同じように、懐へしまった。

 

 

 

「じゃあ、帰ろうか」
「……うん」

「どうかした?」
「ううん。何でもないの」

 そう、何でもない……はず。
 だってこれで、兄の病は治るのだ。

 考えれば考えるだけ、不安になり心配になるからと、薬を手に入れるまで、話題には出さないようにした。
 蔵馬も言わないでいてくれた。

 薬を手に入れて、すごく安心した。
 もう心配になることなど、何もない。

 ……だから、何でもないはずなのに。

 

(……でも……どうして、こんなに心の中がもやもやするんだろう)

 洞窟を出たくない。
 なぜだか分からないけど、そんな気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

「じゃあ、行こうか」
「え?」
「リレミト……ルーラ」

 短い呪文の後、目の前が真っ白になり、そのことに驚く間もなく、別のことに驚いた。

 

「ええっ!!?」

 白くなる直前、梅流の目の前には確かに洞窟の壁があった。
 水の流れる幻想的な。

 なのに、今はどうだろうか。
 両親と共に移り住み、兄たちと暮らしてきた、今は故郷とも呼べる村。
 その入り口に、梅流たちは立っていたのだ。

 

 

「く、蔵馬。一体これは……」
「転移魔法だよ。それより早く、お兄さんのところへ」
「あ、うん!!」

 駆け出そうとして、梅流はぴたりと足を止めた。

 

「く、蔵馬……」
「…………」

 おそるおそる振り返ると、蔵馬は言いたいことを指したのか、ふっと微笑んで、

「待ってるよ。今は、お兄さんたちにも挨拶したいと思ってるからさ」
「! う、うん!」

 約束はしない。
 けれど、信じてる。

 梅流は一目散に我が家へ向かって駆けだした。

 

 

 

 

 

 ……麓の病は治った。

 今までのことが嘘のように。
 綺麗さっぱり、完治した。

 こんな薬があるなんて……と、村中の皆で驚いたものである。
 ただ、元々の量が少なすぎたために、もう1滴も残っていないけれど。

 

 そして、

「久しいな、蔵馬……」
「ああ。麓も元気そうで……いや、さっき元気になったばかりか」
「そういえば、例の薬、お前が教えてくれたそうだな。感謝する」
「礼なら、梅流と知らせてくれた汀兎に言えばいいさ。俺は情報提供したに過ぎないから」

 3兄妹の家にて、向かい合って、にっこり微笑みあう長兄と蔵馬。
 が、その間に妙な空気が流れていることに、梅流は気づかず、汀兎はハラハラしていた。

 

「? 汀兎兄、どうかしたの?」
「……ううん、何でも……」
「???」

(この空気に気づかないでいてくれて、ありがとう、梅流……)

 内心で溜息をつきながら、妹の横顔を見つめる汀兎。

 少しでも長く見つめていたかった。
 おそらくもう……一緒にはいられないから。

 

 

 

 

「ところで、蔵馬。お前、サラボナの花婿候補らしいな」
「麓も知ってたのか」
「既に村中、全員知っている。大体、赤毛で緑の瞳など、この辺りにはいないからな」
「噂は広まるの早いな」

 くすくす笑う蔵馬に、麓は真面目な視線を投げかける。
 いや、睨んでいるといってもいい。

 

「本気……なのか?」
「…………」

「あ、あのね、麓兄……」

 言いかけて、梅流ははっと口をつぐんだ。
 誰にも言わないと約束したのだ。
 兄であっても例外ではないはず。

 慌てて両手で口をおさえるも、全員の視線が梅流に集中する。

 

 

「梅流?」
「何だ?」
「あ、ううん……えっと…その……」

 どうしようかと、おろおろする仕草に、蔵馬が吹き出す。

 

「梅流。お兄さんたちなら構わないよ。むしろ言ってくれても」
「……そう?」
「ああ。梅流のお兄さんなんだから、口もかたいだろう?」

 最後の方は、兄たちに向けた言葉だった。
 他言無用、言外にそう語っていた。

 

「「…………」」

 一度視線を交わした後、麓と汀兎は頷いた。
 誰にも言わない、男の瞳だった。

 それに満足し、蔵馬は梅流に頷いて見せた。
 梅流はほっとして、契約のことを語る。

 黙って聞いていた兄たちは、聞き終えて、

「「……なるほどな」」

 言葉と同時に、ふか〜い溜息をついた。

 

 そこあったのは、強い確信。
 ここ数日で予感し、そして蔵馬の姿を見て確証を得て、聞かされた真実と……それを語る梅流の表情で、確信を得た。

 

 ああ、もう一緒にいられないんだ……と。

 

 

 

 

 

「蔵馬。お前はこれからどうするんだ?」
「契約通り、指輪をサラボナへ持っていく予定。銀色も近くまでは来ているはずだから」
「そうか……梅流」
「え? 何?」

 蔵馬の言葉にあからさまに、ショックを受けながら、黙って聞いていた梅流に、麓が声をかけた。

 

「お前、サラボナへ行ったことはなかったな?」
「え? うん、ないよ」
「丁度いい機会だ。行ってこい」
「いいの!?」

 驚きながらも、声は弾んでいる。
 表情からは歓喜が溢れていた。

 

「村の皆から、買い物がないか聞いてこい」
「分かった!」

 叫んで、梅流は飛び出していった。

 モンスターが徘徊する森を通らねばならないため、一番近いといっても、サラボナまでは危険な旅である。
 腕に自信がある者のみが、年に数回、こうして村中の買い物を引き受けることになっていた。

 実際には、つい数十日前に行ったばかりだから、まだ早いのだけれど。
 そんなことにも気づかないくらい、梅流は浮かれていたのだ。

 

 

 

 

「蔵馬」
「何?」
「森よりも船の方が安全だ……構わないな?」

 汀兎が向けた言葉は、もちろん蔵馬だ。
 彼は苦笑気味に頷いた。

 梅流のことではない。
 兄たちの……特に、己に真っ直ぐな視線を向ける、この男にだった。

 

(恋敵にお膳立て、か……男だな、君は)

 決して、逃げたわけではない。
 現実からも、梅流からも。

 ……受け入れたのだ。

 梅流が未だ気づかぬ、彼女の恋心を。

 

 

「ああ」
「泣かせたら……許さない」

「分かってる」

 

 

 

 

 

*注意*

 実際には、山奥の村へルーラでは行けません。
 ご注意下さい。