9.銀色

 

 

 

「え、えっと。それで、その表向きの婚約が、どうして銀色さんとの契約なの?」
「まあ、話すとそこそこ長くなるんだけど……結論を言うと、銀色は件の女の子の恋人なんだ」
「へ? 恋人?? 恋人がいたの、その子? ……って、その銀色さん、男の人なの?」

 何となく、女の人だと思いこんでしまった。
 しかし、思い返してみれば、蔵馬は一言も「女性」とは言っていない。

 

「ああ。俺より少し年上かな。最も、銀狐の寿命が人間と同じなのかは分からないけど」
「そうなんだ……」

 また、ほっとした。
 これで何度目だろうか。

 蔵馬の言葉に一喜一憂……というほどではないけれど、苦しくなったり心が軽くなったりしている。
 こんなこと、今まで誰と話していてもなかったのに。

 

 

 

「じゃあ何で、白狐の女の子は、結婚相手を探すなんてことしてるの?」
「……どうやら、親に恋人のことを話せずにいるらしい」
「どうして? まさか……銀狐だから?」

 つい昨日、白狐という理由だけで、婚約が大変だとおばさんに聞いたばかりだ。
 しかし、その白狐でさえ、銀狐だからと遠ざけようとするのだろうか……。

 

 

「違う違う。問題なのは、種族じゃなくて、職業」
「職業……って、吟遊詩人だってこと? 悪いことなの?」

「いや、詩人は表向きの職だよ。本業は盗賊だってさ」
「え」

 流石の梅流も一瞬かたまった。
 どんな職業であっても、差別があってはいけないと梅流は思っている。
 しかし、果たして『盗賊』というのは、職業といえるのだろうか……?

 

「もちろん、本人だって自分のことが善人だとは思っていないよ。むしろ悪党だってね」
「じゃあ、どうして止めないの? 悪いことだって分かってるなら、止めなきゃ」
「捜し物があるらしいよ。それを見つけるには、裏家業の方が効率がいいとかでね。内容については聞いてないけど」

 それは無言で聞いてくれるなと言っているのだと、梅流にも分かった。
 全てが納得できることではないが、それでも人の生き方は様々だ。
 会ってもいない人の生き方を否定するような真似はしたくない。

 

 

 

「どうやら、女の子の方は親に話したいようなんだけど、銀色から口止めされてるようでね。そうこうしている間に、見合い話が持ち上がり、今回の花婿試験が持ち上がった。銀色は自分は参加出来ないし、する気もないらしい。試されるようなことは嫌いなんだって」
「ふうん」
「もちろん、恋人を諦める気もね。全くない」
「そっか」

 ならば、意志の強い男性なのだろう。
 梅流も少し好印象が持てた。

 

「強引にでも迎えに行く。だが、その前に誰かと結婚しては元も子もない。そこで、俺が花婿候補になって、悪い虫がつかないようにしておく……そんなところかな」
「でもじゃあ、何で銀色さんはすぐに来ないの? 蔵馬と会ったのは、サラボナじゃないんでしょ?」

 花婿が云々かんぬん始まる前に、迎えに来ればいいのに。
 梅流の疑問は最もだった。

 しかし、蔵馬は首を振る。

 

 

「俺が会った時には、大怪我していて、動ける状態じゃなかったんだよ。まあ、命に別状はなかったけれどね。すぐには行けない。だから、俺が先に来て、時間稼ぎすることに……」
「怪我……大怪我って、大丈夫なの!?」

 怪我と聞いては、穏やかではいられない。
 例え、会ったこともない他人だとしても。
 梅流には到底聞き流す事など出来なかった。

 

「心配いらないよ。多分、俺がサラボナに戻る頃には、そこそこ近くまで来ているだろうしね。あれで結構嫉妬深いようだから、契約だろうと振りだろうと、他の男が傍にいるのは、我慢ならないだろうから。白狐の女の子も、他の男の傍は嫌だろう」

 何処か楽しそうに言う蔵馬に、梅流はまた胸が少し痛んだ。

 

(何で? 何で……蔵馬が他の女の子の話をすると……苦しくなるんだろう)

 もやもやとしたものが、体中にあふれている。
 しかし、上手く消化できなかった。

 

 ……その中に、苦しいだけでない想いがあることなど。

 梅流は全く気づけなかったのだった。

 

 

 

 

 

「梅流?」
「え、あ、ごめん。あ、そうだ。その契約ってことは……蔵馬も、何かメリットがあるの?」

 人助けではないらしい。
 となれば、蔵馬にも何かしらの利点があってこその契約だろう。

 

「俺は花婿選びに使われる指輪をもらえることになっているよ」
「指輪?」

「ああ。銀色は世界中を旅して回っているらしく、物知りでね。闇の世界に繋がる指輪の話を聞いた」
「それが花婿選びに使われてるの? どうして?」
「闇の世界に繋がっていたのは、もう随分前の話で、装飾品として世に流れたらしい。その後、南の火山と滝の洞窟で、儀式に使われたそうだ。それも昔の話だけれどね」

「火山!? 蔵馬、火山にも行くの!?」
「いや、もう行ってきた」

 さらりと言うが、梅流は血の気がひいた。

 

 

「怪我は!!? 怪我しなかった!!?」

 がばっとつかみかかり、肩を揺さぶる。
 その様子に、蔵馬は少しの間、ぽかんっとしていた。
 が、すぐに立ち直り、頷く。

 

「ああ。何ともないよ」
「そっか……よかった……あ、ああっ! ご、ごめん!!」

 思わず掴んだところから、肩紐がずれ落ちていた。
 慌てて直そうとするが、手が滑って上手くいかない。
 それよりも、僅かに露出した蔵馬の胸元を見ただけで、妙にどぎまぎしてしまった。

 

(へ、変なの……小さい頃なんか、一緒の部屋で着替えたことだってあるのに……)

 赤くなりながら、もたもたしているのを、蔵馬が楽しそうに見下ろしていたことに、彼女はもちろん気づかなかった。

 

 

 

「え、えっと……あ、モンスターの皆も怪我はない?」
「ああ。皆頑丈でね。俺たち一行はほぼ無傷かな。してもかすり傷程度で、薬草くらいで治せたし」
「よかった」

「ただ……かなりの脱落者が出ていたけどね」
「…………」

 それだけで、梅流にも分かった。

 怪我がなかったのは、蔵馬たち一行だけ。
 他の参加者の中には、怪我人もたくさんいたのだと。

 しかし、蔵馬の横顔が差ほど暗くないことから、死者が出なかったことは察しが付いた。
 だからといって、ほっとすることなどできないけれど。

 

 

「白狐の女の子のこと……好きな人たちだよね?」
「そうだね。あそこまでするくらいだから」
「可哀想……」

 恋する人のために何かをする……それは、梅流にはまだ分からない。
 分かっていないつもりだった。

 けれど、たった一つ。
 頑張ったことが実らない辛さは、何となく分かる。

 

 

 しゅんっとなった梅流に、蔵馬は淡々と語りかけた。

「その子はこの世に一人しかいない。そして、あの子の好きな人は決まっているし、多分今後も変わらないだろう……諦めることも、人生には必要だよ」

「…………」

 梅流は何も答えられなかった。

 けれど、半端な慰めでなかったのは、少しでも、確かに救いになっていた。