9.銀色
「え、えっと。それで、その表向きの婚約が、どうして銀色さんとの契約なの?」 何となく、女の人だと思いこんでしまった。
「ああ。俺より少し年上かな。最も、銀狐の寿命が人間と同じなのかは分からないけど」 また、ほっとした。 蔵馬の言葉に一喜一憂……というほどではないけれど、苦しくなったり心が軽くなったりしている。
「じゃあ何で、白狐の女の子は、結婚相手を探すなんてことしてるの?」 つい昨日、白狐という理由だけで、婚約が大変だとおばさんに聞いたばかりだ。
「違う違う。問題なのは、種族じゃなくて、職業」 「いや、詩人は表向きの職だよ。本業は盗賊だってさ」 流石の梅流も一瞬かたまった。
「もちろん、本人だって自分のことが善人だとは思っていないよ。むしろ悪党だってね」 それは無言で聞いてくれるなと言っているのだと、梅流にも分かった。
「どうやら、女の子の方は親に話したいようなんだけど、銀色から口止めされてるようでね。そうこうしている間に、見合い話が持ち上がり、今回の花婿試験が持ち上がった。銀色は自分は参加出来ないし、する気もないらしい。試されるようなことは嫌いなんだって」 ならば、意志の強い男性なのだろう。
「強引にでも迎えに行く。だが、その前に誰かと結婚しては元も子もない。そこで、俺が花婿候補になって、悪い虫がつかないようにしておく……そんなところかな」 花婿が云々かんぬん始まる前に、迎えに来ればいいのに。 しかし、蔵馬は首を振る。
「俺が会った時には、大怪我していて、動ける状態じゃなかったんだよ。まあ、命に別状はなかったけれどね。すぐには行けない。だから、俺が先に来て、時間稼ぎすることに……」 怪我と聞いては、穏やかではいられない。
「心配いらないよ。多分、俺がサラボナに戻る頃には、そこそこ近くまで来ているだろうしね。あれで結構嫉妬深いようだから、契約だろうと振りだろうと、他の男が傍にいるのは、我慢ならないだろうから。白狐の女の子も、他の男の傍は嫌だろう」 何処か楽しそうに言う蔵馬に、梅流はまた胸が少し痛んだ。
(何で? 何で……蔵馬が他の女の子の話をすると……苦しくなるんだろう) もやもやとしたものが、体中にあふれている。
……その中に、苦しいだけでない想いがあることなど。 梅流は全く気づけなかったのだった。
「梅流?」 人助けではないらしい。
「俺は花婿選びに使われる指輪をもらえることになっているよ」 「ああ。銀色は世界中を旅して回っているらしく、物知りでね。闇の世界に繋がる指輪の話を聞いた」 「火山!? 蔵馬、火山にも行くの!?」 さらりと言うが、梅流は血の気がひいた。
「怪我は!!? 怪我しなかった!!?」 がばっとつかみかかり、肩を揺さぶる。
「ああ。何ともないよ」 思わず掴んだところから、肩紐がずれ落ちていた。
(へ、変なの……小さい頃なんか、一緒の部屋で着替えたことだってあるのに……) 赤くなりながら、もたもたしているのを、蔵馬が楽しそうに見下ろしていたことに、彼女はもちろん気づかなかった。
「え、えっと……あ、モンスターの皆も怪我はない?」 「ただ……かなりの脱落者が出ていたけどね」 それだけで、梅流にも分かった。 怪我がなかったのは、蔵馬たち一行だけ。 しかし、蔵馬の横顔が差ほど暗くないことから、死者が出なかったことは察しが付いた。
「白狐の女の子のこと……好きな人たちだよね?」 恋する人のために何かをする……それは、梅流にはまだ分からない。 けれど、たった一つ。
しゅんっとなった梅流に、蔵馬は淡々と語りかけた。 「その子はこの世に一人しかいない。そして、あの子の好きな人は決まっているし、多分今後も変わらないだろう……諦めることも、人生には必要だよ」 「…………」 梅流は何も答えられなかった。 けれど、半端な慰めでなかったのは、少しでも、確かに救いになっていた。
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