「こんなところに洞窟があるなんて……」 梅流は驚きと感嘆の息を吐いた。 見上げる天井は、岩のはずなのにきらきらと輝いているように見える。
「長くあの村に住んでたけど、全然知らなかった」 サラボナは、あの村と違って、数多くの冒険者や旅人が足を運ぶ。
「綺麗だね。来られてよかった」 「あはは。お兄さんは心配していたみたいだけどね」
8.滝の洞窟
当初、蔵馬はモンスターたちと共に、自分らのみで行こうとしていたのだ。 しかし、 「私も行く!」 蔵馬に絶句され、汀兎にも止められたが、梅流の決心は揺るがない。
「……分かった」 兄妹の声は、かたや歓喜で、かたや驚愕。
「自信があるんだね?」 蔵馬の元まで一人で来ただけでも、その証明であった。 なのに、梅流は翌日に、たった一人で来てしまったのだから。
「汀兎兄。麓兄のことお願いね」 2対1。 それに……二人の間に流れる、この空気は……。 折れないわけにはいなかった。
「蔵馬……梅流のこと、頼む」 何処か半泣きで汀兎は叫び、最愛の妹を見送ったのだった。
「でも、本当すごいね。最初はどうなることかと思ったけど」
……蔵馬が足を向けた方角。 「滝……」 呆然と見上げる梅流だったが、蔵馬は全く驚いた様子を見せない。
「ちょ、ちょっと蔵馬!」 舵を握り、絶妙なタイミングで滝の裏側へ。 「この洞窟の奥だよ」 滝の裏に何かがあるのは、時々聞く話だ。
「ねえ、蔵馬」 梅流の村の人々は元より、サラボナの住人でさえ、ほとんど知らないとなると、それより遠くの国の人が知っているとも思えないけれど。
「教えて貰ったんだよ」 答えになっていない。
「? どういう意味??」 ますます分からない、と首をかしげる梅流。
「その人って……誰なの?」 「自称だけどね。俺は『銀色』って呼んでる」
どくん。 『狐』……その言葉に、梅流の鼓動が高鳴る。 不安によるものだった。
忘れていた。 蔵馬に会って、嬉しくて、同時に不安になりたくなくて。
「梅流?」 急に黙った梅流に、蔵馬は立ち止まって、彼女の顔を覗き込んだ。 「あ、うん……蔵馬、あのね……」 聞くな聞くな。
「噂……聞いたの……」 「その……サラボナの大商人の『狐』の女の子が……お婿さんを探してるって……それで……その候補に……」 反射的に見上げた先で、蔵馬は……
「?」
梅流の心の暗雲が霧散するほど、イタヅラっぽい笑みを浮かべていた。
「あ、えっと……蔵馬?」 楽しそうにクスクス笑う蔵馬。 「もう、蔵馬! 分かんないよ、ちゃんと教えて!」
少しふくれて蔵馬を見上げる。 「教えるよ。ただ、他の人には黙ってて欲しい」 梅流は迷わず頷いた。
「じゃあまず、最初に。俺にこの場所を教えた『狐』は、結婚相手を探している大商人でもなければ、婚約を迫られている女の子本人でもないよ」 それだけで、少しほっとした。
二人は話しながらも、洞窟を進んで行く。 五感の鋭いモンスターたちを先頭に、防御力の高いモンスターを後方に配置し、警戒は怠らない。 流石に人が踏みいらない秘境、モンスターもなかなかに手強い。 しかしおかげで、梅流は蔵馬の、蔵馬は梅流の実力のほどを悟ることができたのだった。 この10年で……強くなっていた。
そして、梅流は言わなかったけれど。 やはり感じていた。 蔵馬と一緒に戦うと、凶悪なはずのモンスターたちが、消える瞬間、とても綺麗になっていく。 蔵馬が傍にいる。 それだけで、モンスターたちは、とても綺麗に消えていくのだった……。
「じゃあ……誰なの? 『狐』って『白狐』じゃないの?」 名前だけは梅流も聞いたことがある。 それもそのはずで、銀狐は白狐より更に遙か昔に滅んだと言われる血族なのだ。 白狐がかろうじて血を残せたことに対し、銀狐は完全に滅んだというのが、通説だ。 だが、蔵馬は末裔ではなく、生き残りと言った。
「本当に言い伝えの通り、美しい容姿に、流れる銀色の髪をしていてね。それで『銀色』って呼んでる。あっちもあっちで、俺のこと、薔薇みたいに赤い髪だから『薔薇(そうび)』って呼んでいるしね」 「サラボナの大商人が募集している花婿に立候補し、その資格を得ること……といっても、表向きにね。梅流? どうかした?」 蔵馬の言葉を聞いて、何故か胸が苦しくなって、眩暈がした。
(何だろう……私、昨日から、変だ……何処か悪いのかな? でも、今は何ともないし……蔵馬、気がつかないでいてくれるかな) 知られたくない。 ただでさえ、今は大変な時なのに。
しかし、梅流の内心とは裏腹。
(脈あり……なのかな)
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