7.信じてた
「あ、そうだ。蔵馬」 しばらく、お互いの近況などを語り合っていた時だった。
「あの……あの子、どうしてる? ほら、蔵馬と一緒にお化け城に行った時に会った……」 言いながら、蔵馬は船を振り返り、口笛を吹く。
梅流の目前に着地したそれらは全て、モンスターだった。 「やっぱり、あの子だったんだ」 梅流が笑みを向けたのは、犬ほどの大きさのモンスター。
……あの頃と大きさは違うけれど、やはりそうだった。 梅流を見上げる瞳に、昨日の敵意は見られない。
「久しぶりだね、リオちゃん。覚えてる?」 梅流の問いかけに、モンスターは――リオはこくりと頷いた。 あの時に巻いたリボンは、昨夜は暗くてよく見えなかったけれど、今でも首にしている。
「梅流なら気づいてくれると思ってたよ」 わざわざ偵察に行かせただけでなく、あえて村人の前に姿をさらした。 梅流だけが、探しに来ることを予想して。
「……梅流の家族が、俺と父さんのことを恨んでないとは言い切れなかったから。ラインハットの真実がここまで届いている保証もないしね」 でも聞くまでは、分からなかった。 それはそうだ。 ましてや、蔵馬が梅流の家族と一緒にいたのは、ほんの短い時間。
「でも……じゃあ、どうして私を呼んだの?」 獣の姿を見せて、梅流だけが追ってきてくれるように、し向けた。 それはつまり。
「信じてたから」
「!」
「他の誰も信じられなくても……梅流だけは信じられたから」 「奴隷として扱われて10年。世の中に悲観することも少なくなかったよ。昔のことも、記憶からそぎ落とされていって……でも」 一度言葉を切って、蔵馬は真っ直ぐの瞳で告げる。
「梅流のことだけは、ずっと信じてた」
その後、蔵馬に手伝って貰って、梅流は口実であった薬草集めを終え、一端村へ戻ることにした。 「ね。蔵馬も行こうよ」 少し難しい顔になる蔵馬。
「大丈夫だって。ラインハットのことはもう知ってるから!」 きょとんっとした梅流の様子に、蔵馬は深く溜息をつく。
サラボナで聞いた兄たちの様子からして、此処10年で変わったとは到底思えない。 サラボナへ来た時、妹への手土産選びに、実に6時間も費やしたのだと……そこからも、買っていったものが綺麗な髪飾りだったことからも、既に彼の感情が『兄』としてのものでなくなっていると推察するのは容易だった。 最も、この様子では、当の本人は全く気づいていないようだが。
「まあ、その方がありがたいけど……」 「何でもないよ。それより、モンスターはあまり村に入れない方がいいだろうから」 閉鎖社会の村には珍しく、他民族で構成されたあそこには、ドワーフなどの異種族だけでなく、モンスターもちらほらいる。
蔵馬は少し考えたが、此処しばらくずっと船に乗っていた。 何より、出来るなら……もう少し梅流の傍にいたかった。
「じゃあ……」 お邪魔しようかな。
「!」 突然、リオの耳が立ち、しっぽが二倍にふくれあがる。 「何か……来る?」 蔵馬も腰の剣に手をかけた。
「梅流―――っ!!!」
遠くから聞こえてきたのは、紛れもなく、兄・汀兎の声。 「汀兎兄だ。どうしたんだろ」 梅流の言葉に、蔵馬も剣から手を離し、モンスターたちを静める。
やがて、藪の奥から兄が転がるように走り出てくる。 「梅流!! 大変なんだっ!! ……って、誰?」 梅流の横に立つ蔵馬を見て、汀兎の瞳が丸くなる。
「汀兎兄。蔵馬だよ! 覚えてない?」 やっと分かったが、それが尚驚きを増長させた。 「何で此処に??」 問われて、汀兎ははっとする。
「そうなんだ! 梅流、大変なんだよ! 麓兄が!!」
……汀兎によると、それは急変としか言いようがない速さだった。 朝には起き上がって梅流を見送ったはずの長兄が、突然倒れたのだ。 しかし、今度はかなり危険な状態だった。
「そんな……」 思わず絶句する梅流。
「とにかく梅流。すぐに家に……」 汀兎の言葉を遮って、蔵馬が言う。 「お、おい。蔵馬……」 咎めようとした汀兎に、蔵馬はきっとした視線を送って、制する。 そして、蔵馬は梅流を見つめる。
「俺が此処へ来たのは、この先の入り江にある洞窟へ行くためだ。そこにあるモノを取りに来たが……あそこには確か、エルフの飲み薬がある」 名前からしてすごく効力がありそうだが、実際どんなものか知らない梅流には、手放しには喜べない。 「魔法使いの力を最大限に高めるほどの力を持っている。ほとんどの病気の治療も容易いそうだ」 叫んで梅流は水門の入り口へ駆け込んだ。
*注意* 本来、エルフの飲み薬はそういう使い方はしません。
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