6.再会
翌朝。 昨日のモンスターのことが、どうしても気になったからである。 あの毛並み、あの瞳。
「確か……こっちのはず」 無論、確認したかった…というそれだけの理由で村を出るのは、皆許してはくれないだろう。
……最も梅流は気づいていないけれど、兄たちはそれが口実なのだと気づいていた。 そして、何となく感じ取っていた。 それでも2人はあえて止めなかった。
「気をつけてな」 兄たちの様子に、きょとんっとしながらも、梅流の頭は半分以上、昨日のことで埋め尽くされている。
先に用事をすませるべきかとも思うが、もう半日経過している。 足跡はうっすらと残っている程度だったが、それでも何とか追えた。 どうやら、あのモンスターは最初の内こそ走って逃げているが、後からはゆっくり歩いたらしい。
「このままだと……川に出ちゃうな。水門の方みたい」 あの村が作られたそもそもの理由である水門。 長い間使われていなかったせいか、少々さびついていたが、動かそうと思えば動かせた。
「あれ?」 ふと、視界が開けたところで、梅流は妙なものを見つけた。 しかし、今日のそこは違った。 船があった。
「おっきい……」 遠目からでも分かる。 といっても、幼少時は町育ち、今は山奥で生活しているため、船というのにはあまり縁がない。
「でも、何だろう? こんな山奥に船なんて……あ、もしかして海に出たいのかな?」 水門を超えれば、大きな湾に出る。
「だったら、水門開けてあげた方がいいよね」 誰が管理しているわけでもない。 梅流はひとまずモンスター捜しを中断し、坂を駆け下りていった。
……視線を外した足跡が、まさに船の方へ向かっていることにも気づかずに。
「…………」
目の前の光景に、梅流の顔から表情が消えた。 忘れるわけない。
何か言わなければならないはずなのに。 何も出てこない。
ふと頭をよぎる光景。
絵本に夢中になっていて、やけに遠くで聞こえた扉の音。 絵本の世界から急速に引き戻され、なのに現実の中にいても、混乱は止まらず。
あの時と同じ、 「久しぶりだね、梅流」 そう、その言葉も。
でも……あの時と何か違う。 嬉しくないわけではない。 なのに、どうしてこんなに息が苦しいのだろうか。
分からない。 けれど、それでも。
「うん…うん! 久しぶりだね! 蔵馬!」
それから、しばらくの間。 色んな意味で。
彼との……蔵馬との再会で、動揺と興奮による涙がようやく落ちついてからも。 ……彼の今までのことを聞かされて、また泣いてしまった。
「酷い……」 その言葉だけで、後はずっと泣いていた。 本当に、悲しくて……心が痛くて泣いたのだ。
「ごめん。言わなければよかった」 知らなかったら、それはそれで辛かったはずだ。
10年前の真実。 しかし、真実は噂以上に残酷だった。
あの日、蔵馬の目の前で、王子は誘拐されたのだ。 蔵馬と父親は、王に知らせるより前に、すぐさま後を追った。
裏で糸をひいていたのは……闇の世界。 あまりに強大な力を前に、蔵馬の父は、なすすべなく殺された。 正確には、幼かった蔵馬をタテにされ、抵抗することも出来ずに、殺されたのだ。
そして10年。 ついこの間、機会を得て、ようやく脱出。
そうして今……父の遺言に従って旅をしている。
「遺言……って、何だったの?」 「ほ、本当!?」 蔵馬の母のことは聞いたことがない。
「俺もずっと亡くなったものだと思っていた。だが違った。攫われたそうだ……父さんを殺した、闇の住人らに」 笑みを浮かべながらも、顔は真剣そのものだった。
「そうだったんだ……」 「……俺たち親子のせいで、町を出て行かざるを得なかったんだろう?」 驚きを隠せない梅流。 なのに。
「な、何で……」 「…………」 違う。 でも、蔵馬にだけは。
「本当に……すまなかった」 頭をさげられ、梅流は彼の肩をつかんだ。
「あ、ご、ごめん……」 思わず謝り、手を離す。 手が……熱い。
「で、でもね。私、蔵馬に謝って欲しくなんかないよ」 『最後』の言葉に、蔵馬は一瞬目を見開いて、でも理由は問わなかった。
「あのね。この間、村に来た旅人から、ラインハットの話聞いたの。私、嬉しかったよ。蔵馬のお父さんが無実だったことが証明されてて。麓兄も汀兎兄もほっとしたって。それに……」 それに……ではなく、本当は。 蔵馬の父の無実よりも、それが証明されたことよりも。
「蔵馬が生きてて……蔵馬に会えて……よかった……」
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