6.再会

 

 

 

 翌朝。
 梅流は早くから、村を出発した。

 昨日のモンスターのことが、どうしても気になったからである。

 あの毛並み、あの瞳。
 大きさはまるで違うけれど、でも……。

 

 

「確か……こっちのはず」

 無論、確認したかった…というそれだけの理由で村を出るのは、皆許してはくれないだろう。
 何と言っても、危険な世界なのだから。
 なので、いちおう口実として、森に自生している薬草取りを買って出たのだった。

 

 ……最も梅流は気づいていないけれど、兄たちはそれが口実なのだと気づいていた。

 そして、何となく感じ取っていた。
 もう一緒にいられなくなるのでは、と……。

 それでも2人はあえて止めなかった。

 

「気をつけてな」
「怪我しないようにね!」

 兄たちの様子に、きょとんっとしながらも、梅流の頭は半分以上、昨日のことで埋め尽くされている。
 彼らの心境に全く気づくことなく、出発したのだった。

 

 

 

 

 先に用事をすませるべきかとも思うが、もう半日経過している。
 探すなら、早い方がいい。

 足跡はうっすらと残っている程度だったが、それでも何とか追えた。
 森の中、ほとんど隔絶された村での生活で、野生動物やモンスターの習性も自然と覚えてしまっている。

 どうやら、あのモンスターは最初の内こそ走って逃げているが、後からはゆっくり歩いたらしい。
 藪なども超えず、他の大型の獣が使用していると思われる獣道をひたすら南西へ進んでいた。

 

 

「このままだと……川に出ちゃうな。水門の方みたい」

 あの村が作られたそもそもの理由である水門。
 今では近づく者もほとんどいないけれど、梅流は行ったことがある。

 長い間使われていなかったせいか、少々さびついていたが、動かそうと思えば動かせた。
 もちろん、そんなことを勝手には出来ないし、する必要もなかったから、やめておいたけれど。
 これ以上さびないように、磨いてはおいたし、構造も何となく把握した。

 

 

 

「あれ?」

 ふと、視界が開けたところで、梅流は妙なものを見つけた。
 そこからは件の水門がよく見える。
 森の緑と、川と海の青。
 その中で異質な灰色の水門……それが常の風景。

 しかし、今日のそこは違った。

 船があった。

 

 

「おっきい……」

 遠目からでも分かる。
 梅流が今まで見たことのある船の中でも、なかなかの大きさだ。

 といっても、幼少時は町育ち、今は山奥で生活しているため、船というのにはあまり縁がない。
 此処への移住も、馬車と徒歩だった。
 大陸を渡る際には船も使ったが、本当に小さな港から小さな船で出港したため、あんな大きな船はやはり始めてだった。

 

「でも、何だろう? こんな山奥に船なんて……あ、もしかして海に出たいのかな?」

 水門を超えれば、大きな湾に出る。
 そこから外洋に出られるかどうかは、梅流にはよく分からないけれど。

 

「だったら、水門開けてあげた方がいいよね」

 誰が管理しているわけでもない。
 水門を開けたところで、村との高低差からして、村へ水が流れ込むわけでもないから、特に誰かの許可を得る必要もない。

 梅流はひとまずモンスター捜しを中断し、坂を駆け下りていった。

 

 ……視線を外した足跡が、まさに船の方へ向かっていることにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 目の前の光景に、梅流の顔から表情が消えた。
 なのに、心臓はどくんどくんっと強くうっている。

 忘れるわけない。
 その人なのに。

 

 何か言わなければならないはずなのに。

 何も出てこない。

 

 

 ふと頭をよぎる光景。
 こんなことが前にもあった。

 

 絵本に夢中になっていて、やけに遠くで聞こえた扉の音。
 反射的に振り返った先にいた彼。

 絵本の世界から急速に引き戻され、なのに現実の中にいても、混乱は止まらず。

 

 あの時と同じ、

「久しぶりだね、梅流」

 そう、その言葉も。
 それに答えられずに、呆然としてしまっていた。

 

 

 でも……あの時と何か違う。

 嬉しくないわけではない。
 会えて嬉しいという気持ちは、確かに、ある。

 なのに、どうしてこんなに息が苦しいのだろうか。
 心臓が破裂しそうなくらいに脈打っているのだろうか。

 

 分からない。
 分からない。

 けれど、それでも。
 答えは最初から決まっているのだ。

 

 

 

「うん…うん! 久しぶりだね! 蔵馬!」

 

 

 

 

 

 

 それから、しばらくの間。
 梅流の涙は止まらなかった。

 色んな意味で。

 

 彼との……蔵馬との再会で、動揺と興奮による涙がようやく落ちついてからも。

 ……彼の今までのことを聞かされて、また泣いてしまった。

 

 

 

「酷い……」

 その言葉だけで、後はずっと泣いていた。
 昨日から泣きっぱなしだったけれど。
 今の涙は今までのものとは違う。

 本当に、悲しくて……心が痛くて泣いたのだ。

 

「ごめん。言わなければよかった」
「ううん……私が……教えてって…言った…から……」

 知らなかったら、それはそれで辛かったはずだ。
 彼の悲しい過去を知らぬままでは……いたくなかった。

 

 

 

 

 10年前の真実。
 昨日聞いたラインハットの噂は本当だったのだ。

 しかし、真実は噂以上に残酷だった。

 

 あの日、蔵馬の目の前で、王子は誘拐されたのだ。
 城に侵入してきた山賊共に。

 蔵馬と父親は、王に知らせるより前に、すぐさま後を追った。
 そして、山奥のほこらで山賊を追い詰め、撃退……しかし、彼らはただの賊ではなかったのだ。

 

 裏で糸をひいていたのは……闇の世界。
 凶悪なモンスターのトップに立つ……。

 あまりに強大な力を前に、蔵馬の父は、なすすべなく殺された。

 正確には、幼かった蔵馬をタテにされ、抵抗することも出来ずに、殺されたのだ。

 

 

 そして10年。
 行方不明となっていた王子と蔵馬は、闇の住人に攫われ、奇妙な神殿作りのため、奴隷として働かされていたのだ。

 ついこの間、機会を得て、ようやく脱出。
 王子と共にラインハットへ乗り込み、皇太后になりすましていたモンスターを撃退したのだという。

 

 そうして今……父の遺言に従って旅をしている。

 

 

 

 

「遺言……って、何だったの?」
「いまわの際に教えてくれた……母さんは生きてるって」

「ほ、本当!?」

 蔵馬の母のことは聞いたことがない。
 だが、亡くなった両親が、他界したと言っていたはず。

 

「俺もずっと亡くなったものだと思っていた。だが違った。攫われたそうだ……父さんを殺した、闇の住人らに」
「!」
「だから俺は今、父さんの敵討ちと母さんを見つけるために、旅をしているよ」

 笑みを浮かべながらも、顔は真剣そのものだった。
 元より、嘘などとは思ってもいないけれど。

 

 

 

 

「そうだったんだ……」
「ああ。手がかりを得て、サラボナまで辿り着いて……梅流たちのことを知ったよ」
「え……」

「……俺たち親子のせいで、町を出て行かざるを得なかったんだろう?」
「!」

 驚きを隠せない梅流。
 だって……そのことを知っているのは、今では兄妹だけのはず。
 アルカパの人たちだって、ラインハットの目があるから、余計なことは言わないだろう。

 なのに。

 

「な、何で……」
「……ラインハットへ行く前、アルカパへも行ったんだよ。でも、梅流たちはいなかった……そのことだけで予想はしていたけれど、サラボナで山奥の村の話を聞いた。白狐の兄妹が住んでるって。こんな山奥に移り住まざるを得なかったのは……俺たちのせいだろう?」

「…………」

 違う。
 そう言えたら、どれだけよかったか……。

 でも、蔵馬にだけは。
 嘘はつきたくなかった。

 

 

「本当に……すまなかった」
「く、蔵馬! やめてよ!!」

 頭をさげられ、梅流は彼の肩をつかんだ。
 10年ぶりに、彼に触れた。

 

「あ、ご、ごめん……」

 思わず謝り、手を離す。
 何故だろうか。
 ただ肩に触っただけなのに。

 手が……熱い。

 

 

 

「で、でもね。私、蔵馬に謝って欲しくなんかないよ」
「梅流……」
「お父さんもお母さんも、蔵馬のお父さんのこと、信じてたよ。最後まで」

 『最後』の言葉に、蔵馬は一瞬目を見開いて、でも理由は問わなかった。
 あえて問わずとも、彼には分かったのだろう。

 

「あのね。この間、村に来た旅人から、ラインハットの話聞いたの。私、嬉しかったよ。蔵馬のお父さんが無実だったことが証明されてて。麓兄も汀兎兄もほっとしたって。それに……」

 それに……ではなく、本当は。
 それが一番嬉しかった。

 蔵馬の父の無実よりも、それが証明されたことよりも。
 何よりも。

 

 

 

「蔵馬が生きてて……蔵馬に会えて……よかった……」