4.もう一つの噂
「あ、それでもう一つの噂話って?」
しばらく泣いた後。 女性は何がどうなっているのか分からないままだったが、深く尋ねようとはしない。 ふわりと上げた梅流の表情が……今までにないくらい、晴れやかなものだったから。
「もう一つっていうのはね。ここから南へ行ったサラボナ、分かるかい?」 山をいくつも超え、大きな川を渡らねばならないと聞いている。
だが、どんな場所かは知っている。 とてもとても大きな街だという。
「そう。それで、そのサラボナの大商人には、孫娘とやらがいるらしいんだよ。しばらく外へ修行に行ってたらしいが、今年帰ってきたとかでね」 「あっはっは! 違う違う。修道院で教育を受けてきたって意味だよ」 何となく納得したような気もするが、そもそも修道院に縁がない梅流には、よく分からない世界だった。 女性だって、分かったように言っているが、実際は半分くらいしか分かっていない。
「それで、今度その孫娘の花婿を選ぶことになったって話さ」 「え!? なのに、もう結婚しちゃうの!?」 確かに、姉たちは今の梅流と同い年くらいで嫁に行った。
けれど……確かに、彼女の言う通りかもしれない。 梅流も兄たちも、もう幼子では…ない。
(でも、麓兄が結婚しないのは、前に来た冒険者のお姉さんと約束してるからだし……汀兎兄は何でなんだろう?) まさか、自分に惚れているから……とは夢にも思わない梅流だった。
(私は……やっぱり、まだ早いよ) 何故結婚しないのか。 だってまだ……誰にも、恋していないはずだから。
「でもねえ。大変そうだよ、その子」 言われてみれば、そうなるような気もする。
「しかも、白狐の血が濃いっていうから、尚更……」 「白狐の血が濃い? って、麓兄たちみたいな?」
『白狐』
それは、獣の耳と尾を持つ少数民族。 現に、サラボナを訪れた兄たちは感嘆しながら帰ってきたものだ。 自分たちと同じ人がいた、と。
そう、両親は共に白狐の末裔だった。 梅流だけが人間の耳を持ち、尾のない姿。 幼少時は、そのことを時折寂しく思ったこともあったが。
「外見がちょっと違うだけで、梅流は梅流だ。俺たちの妹だからな」 そう言ってくれたことが嬉しくて。
「でも……白狐だからって、何か問題あるの?」 アルカパ時代、冒険者の間では『白狐の宿』として有名で、特に問題を感じたことはなかった。
「腹が立つことだけどね。白狐っていうだけで、嫌な目をする連中はいるらしいよ」 梅流は悲しくなった。 なのに……それを分かってくれない人がいる。
「あたしだってそう思うがね。嫌なヤツってのは、何処にでもいるもんらしいよ」 心底嫌そうに言う彼女に、梅流はどう言っていいか分からなかった。
「けどね。そこら辺はやっぱり世界に名を馳せる大商人だねえ。しっかり考えてるようだよ」 「金目当ての連中は、命をかけることはしない。つまり、命をかけた勝負をさせるって噂さ」 これには流石の梅流も声を張り上げた。
「ちょ、ちょっとやりすぎなんじゃ……」 それならば納得がいく。 勝ち負けは二の次で。
ほっとしたのも、つかの間。
次の瞬間、梅流の頭に雷が落ちたような衝撃が走った。
「その求婚者の中にね。さっき言った、赤毛の男がいるって噂なんだよ。まあ、国を救った英雄みたいなもんだ。真面目なんだろうがね」
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